(3-2)
◇
期末試験が終わって結果も帰ってきた。
前回とあまり変わらない平均レベルの成績だったけど、前回よりも科目数が多い中で赤点はなかったので上出来だろう。
上志津さんも同様だったそうだ。
花火大会の時に立て替えておいたお金は、お母さんの手紙と一緒に下駄箱に入っていた。
《晶保をこれからもよろしくおねがいします》
どうやら、お母さんのお眼鏡にはかなったらしい。
こちらこそ、精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします。
夏休みに入っても、僕らは毎日登校していた。
赤点補習はないけど、図書館で自主的に勉強していたのだ。
本来は三年受験生向けだけど、夏休み中も笹倉高校の図書館は全生徒に開放されている。
空調は効いているし、課題は山積みで出されていたから、家でやるくらいなら二人で協力し合った方がはかどるというものだ。
まあ、半分はデート目的だったんだけどね。
ただ気になることがあった。
奇妙な現象がまだ続いていたのだ。
八月初日の今朝も下駄箱を開けて中を見たら手紙が入っていた。
いつもの封筒から見慣れたレター用紙を取り出す。
《今、そちらへ行きます》
――まただ。
なんだよ、これ。
待ち合わせの場所にこれから行くという意味にしては、手紙で先に届くのは時間の前後が矛盾している。
じゃあ、そちらってどこに行くというのか、そもそも僕に宛てた手紙なのかすら怪しい。
《晶保》と署名も入っているし、文字も彼女のもののようだけど、内容のつじつまがまるで合わない。
手の込んだ誰かのイタズラだとしても、いったい何が目的なんだろうか。
「あ、ショウワ君、おはよう」
昇降口に入ってきたのは野村さんだった。
彼女はギリギリ赤点を回避して、無事にバスケ部の練習に参加しているのだった。
僕は下駄箱に手紙を残したまま自分の上履きを取り出した。
「今日も部活?」
「うん、そう」
「補習じゃなくて良かったね」
「あはは、いやもうヤバかったのよ。英語三十一点。首の皮一枚よ」
一時期気まずいこともあった野村さんだけど、試験を無事に通過してからはクラスメイトとして普通に接してくれるし、こちらもあまり気をつかわないで話せる関係にもどっている。
二人で話しているところに、ギターを背負った池田もやってきた。
「よう、今日も暑いな」
「あれ、バンドの練習って学校でやってるの?」
野村さんがたずねると、池田は鼻の頭をかいていた。
「九月の文化祭でライブやるんだ。参加申請したら教室貸してもらえるんだよ」
「へえ、そうなんだ。音聞こえてこないけどね」
「バスケは屋内でボールの音バンバンうるさいじゃん」
「あはは、そっか」
「よう、森崎」と、池田が親指を立てた。「俺たちの文化祭ライブ見に来てくれよ」
「えっ、僕が?」
「無料だし、出入り自由だからよ」
ああ、賑やかし要員ってことかな。
上志津さんはどうだろう、行くかな。
音痴だけど、聞くのは嫌いじゃないらしいからな。
「まあ、行ければ行くよ」
とは答えたものの、池田は最初から僕に期待していたわけではないようで、とっくに野村さんの方を向いていた。
「あ、あのさ……」と、言葉を濁す。「の、野村さんもライブ来ない?」
「あたし?」と、自分を指さす。「べつにいいけど」
そして、チラッと僕に視線を向けてから池田にたずねた。
「あ、もしかして、晶保も誘って行けばいいの?」
「ち、ちげ……っくて。野村さんも来ないかなって聞いてみただけだよ」
「じゃあ、クラスのみんなに言っておけばいいのね」
「あ、ああ……まあ、頼むよ」
池田はこめかみのあたりに垂れてきた汗を指でぬぐうと、「お先に」と、僕の肩を軽く押して去っていった。
そんな背中を見送りながら野村さんが僕にささやく。
「晶保狙いなんだろうけど、脈がないって知ったらガッカリするだろうね」
そうかなあ。
池田のやつ、野村さんを誘いたかったんじゃないのかな。
登山合宿のころは僕も池田が上志津さんを狙っているんだと警戒していたけど、どうも違うらしいのだ。
山で二人に写真を頼んでいたのも、上志津さんを目当てにしていると思わせておいて、実は野村さんを狙っていたんだと、今なら分かる。
だから、違う意味で脈がなくてガッカリしてるんじゃないかな。
野村さんも、男子がみんな上志津さんを狙っているわけじゃないって言ってたくせに、自分に向けられた好意だとまるで鈍感なんだもんな。
あんなに情報分析能力に優れた名探偵なのにね。
「じゃ、あたしも練習行くね。晶保にも聞いておいて」
「うん、分かった」
上志津さんとの交際が始まってから、予定や約束がどんどん増えていく。
小さなものから大きなものまで、優先順位や時間軸も様々で、だけどどれも一つ一つ大切な未来のかけらだ。
そんなかけらを組み合わせた僕らのパズルはまだ穴だらけだけど、完成したらどんな風景を見せてくれるんだろう。
期待に満ちた毎日を過ごす幸せをくれた彼女に会いに行く。
飛び飛びで隙間だらけのピースをたどるように、僕は図書館へ続く廊下へと軽やかに足を踏み出していた。
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