第71話 邪神の門の先で

§  §  §


ここではない世界。


言預美来ことよみくはラケシスの目線で見た懐かしい自室の風景を見ていた。

ベッドに横たわり、悲しみに包まれている……何度も繰り返してみた夢。


中世貴族の様な装いをした母親が泣きそうになりながら横で父親に抗議をしている。


「婚約破棄なんてあんまりです!」

「仕方がないだろう……もう子供を作れない体なんだ……生き残れただけで奇跡なんだ」


当時のラケシスは絶望に包まれていた。

魔物の襲撃で腹を食いちぎられた時に護衛の騎士の助けが来た。まさしく死のうとした時に神の加護に目覚め自身の体を修復した。ギフトに目覚め、彼女の思惑と全く違う未来を予見した。

だが、当時の彼女が思い描いていた将来は閉ざされた。


「レイナー様はなんて……」

「……家同士の事だ。子供の君が口をはさむことではない……」

「……そう……ですか」


ラケシスは婚約者である王国騎士団幹部のレイナーとのやり取りを思い出して涙を流していた。

彼からは家同士の結婚とは思えないくらい愛を感じていた。

ぎこちなかったが照れながらも優しく気遣ってくれる彼が好きだった。

彼女は幸せな生活へのはしごを突然外され、絶望にひしがれていた。


その様子を見た母親がまた父親に抗議をする。

彼女は母親の声が遠く聞こえるように感じた。



それからしばらくして、彼女は書置きを残し家を出た。

彼女は目覚めた加護の力とギフトを使い、邪神軍との最前線、女神に仕える神職となっていた。


§  §  §


言預美来ことよみくは目覚めた。

(……ここは? 連れ去られたのね……)


魔術のせいか動かしにくい状態になっていることに気が付く。

首と目を動かして状況を確認する。

傍らには座り込んだ間空提子はざまぞらていこが何かにおびえる様で美来みくを見ていない様だった。

続けて目線を変えると、前世で邪神の神官せん滅作戦の時に見たデザインと似た巨大な岩の扉があった。かなり巨大な空間にいるようだった。

嫌な気配を感じ首を頑張って動かすと、巨大な黒い魔石が彼女のすぐ後ろにあり、薄紫色に鈍く光っていた。


「目覚めたか。女神の巫女」

「……勘九かんく君……何故……ああ、あなた……取りつかれていたのね……」


勘九かんくは地面に魔法陣をかき続けていた。

美来みく勘九かんくから漏れ出る黒い触手を見て判断する。


「いや……ただ、前世を完全に思い出しただけだ……これでいいのですね? 神よ……」

「……どうするつもり? 魔法陣を使用した調査やテストはもうしたと聞いていたけど……」


「ああ。魔法陣だけではだめだったんだな……鍵のコレが無ければな……」


勘九かんくは海波の父親の書斎の金庫から奪い取った「時の止まった心臓」を取り出す。


「!……それは……『飢える魔王』の心臓!? なぜあなたが!?」

「やはり『飢える魔王』のものか……すごいものだな。魔王の心臓がこの世界の庶民の家にあるとは……」


すると、突然勘九かんくは『魔王の心臓』をあらぬ方向に投げ捨てる。

「えっ??」

「……くっ……またか。邪魔しおって……」


勘九かんくは一瞬体が動かない様に見えた。体中に黒い触手を這わせるとまた普通に動いていく。


(もしかして……勘九かんく君と別人格……前世の人格と別になったの?)


「ねぇ、あなた……前世はなんだったの?」

「貴族だ。お前らとは比べ物にならんくらい高貴な人間だった」


美来みくは女神の加護を使って自身の体を治療しようとするが、何かに邪魔をされて加護が発動する感じが無かった。

(これは……ソベーレの加護? ああ、やはりそうだったのね……提子さんが……加護持ちだったのね)


勘九かんく美来みくが身をよじって何とかしようとしているのに気が付いた。

「ああ、力は封じてある。暫くは人質として大人しくしていろ……」


勘九かんく美来みくに近づいてきてギフト『感覚操作』で彼女の体の動きを封じる。

「体が……」

「素晴らしい魔力だ……加護があったら手が付けられない相手じゃな……」

「提子さん、この加護を解除して……」


視線を感じた間空提子はざまぞらていこ勘九かんくにおびえながら後ずさる。

「ごめ……ごめんなさい……痛いの嫌……イヤ……」

「ふん。転生しても扱いやすい性格で助かる。リアノよ」


間空提子はざまぞらていこの顔が一瞬苦痛でゆがむ。

「い、痛い!! わかったからやめて!!」


「……リアノ……リアノちゃんなの……なんてこと……」

「なんだ知り合いか……ん? ……リアノを知っている女神の巫女……予見の力を持っていたのか……なるほど。通りで良いようにやられた訳か……」

「え?」

「久しぶりだな……ラケシス。まさか転生してまでも私の邪魔をしてくるとはな。まさか予見の……予知のギフトだとは知らなかった」


「……邪魔……貴族……あなた、ドロスカル……なの?」

「正解。なるほど、前世での悔いを改める機会を与えるための転生……と言っていたがその通りの様だな。あの時の無念、晴らせるようだな……なるほどなるほど……ククッ」


「……助けは直ぐに来るわ……」

「それは予見? それとも希望かな? ……ん? あのゴキブリが来るのか? ……急がなければ……」


勘九かんくが描画された魔法陣を横切って『魔王の心臓』を持って巨大な黒い魔石へと近づいていった。

そのすきを見て美来みくは提子に声をかける。


「リアノちゃん……お願い。加護を抑えて……今なら間に合うわ」

「ごめんなさい。ごめんなさい……」


間空提子はざまぞらていこは完全に怯え切っており、美来みくから視線をそらして邪神の加護を使い続けていた。


(この子、直ぐに逃げて殻に閉じこもる子だったわね……困ったわ……どう打開すれば……)


美来みくは予見は当たりそうなのはわかったが、『魔王』がらみの何かの儀式を止められる気がしなかった。


(はぁ……肝心のところを予見させないギフトって……本当に神の試練って難しいわね……)


勘九かんくがまた『魔王の心臓』を投げようとするが、今度は寸前に逆の手で止められる。

怒りの表情になった勘九かんくは絶叫する。

「いちいち邪魔しおって!! 何が悪徳貴族だ!! 私は正しい事をしている!! 貴様の魂と私の魂は同じなのだ!! 私に従え!!!」


(邪神の力で性格が分離しているのね……女神の巫女が来てくれれば……ゼフ……お願いだから女神の巫女を連れてきて……)


勘九かんくは一歩一歩、自分自身と戦う様に『魔王の心臓』を持ったまま魔石のコア部分に近づき、『魔王の心臓』を黒い魔石に突き立てる。すると黒い手が大量に出てくると同時に魔法陣が鈍い紫色に輝き、何やら巨大な力が発動した。

その力は巨大な門を超え、周囲に散っていった。


「ははっ!!! これで……ん? なんだと?」


勘九かんくは『魔王の心臓』を持った手が離れないことに気が付く。

「くそっ!!なんだこれは! ちょっと待って……う、うあああああ!!」


勘九かんくは二人が見守る中、黒い魔石と『魔王の心臓』から出てくる黒い触手に飲み込まれていった。


§  §  §


白波浪音しらなみなみねは研究室の仮設ベッドから飛び起きた。

悲鳴や破壊音などが施設内に鳴り響き、仮眠からたたき起こされていた。


「何が起きたの?」

「主任! どうやらそこら中から魔獣が出現している模様です!」

「あと、調査していた魔獣の骨も動き出しました!! 死霊術のスケルトンってやつじゃないですか?!」

「黒い触手みたいなものも大量に!!」


転生者に交じり、あちらの世界を経験していない人間たちが本気でパニックを起こしていた。


「黒い触手……『飢える魔王』の力が復活したの?! 邪神の魔石に近づいた者を確認! 何かしている様だったら阻止を!!」

「はいっ!!」


浪音は魔力感知を行い、施設内の対抗戦力が不十分なのを知る。

(困ったわね……賢者の予測していたパターンの「最悪」の方に来ている気がするわね)


「司令部に通達を! 援助要請を! 技術者、研究員達は訓練通りに退避を!」

「承知しました!」

「了解ですっ!」


浪音は手持ちのタブレットに緊急用で組んでいた主要メンバーのグループに現状を打ち込み援護を要請する。


(え?)


浪音は何か嫌なものを感じ振り返る。すると閉じられた巨大な邪神の扉から漏れ出るくらい強力な邪気を感じていた。


(あの中の魔石が暴走している? 中には入れないハズなのにどうして……)


浪音は急いで邪神の扉の方へと向かいたかったが、魔力を持たない人間が数多くいる上に動けないでいるのを見て彼らを助ける事を優先させた。


§  §  §


召田宗麻しょうだそうま鼓動正史こどうまさしに先導されて爆心地の門の下へと向かっていた。巨大な魔獣の骨らしきものが襲ってくるが、鼓動正史こどうまさしが手をかざすと、彼らがいなかったかのように振る舞い、違う獲物へと襲い掛かっていった。


「うおっ!! ……すげぇな! 恐竜の骨が動いてるのか?」

「静かにしろ。もう少しでつく」


「俺の召喚術がなくてもすげぇじゃねぇか……」

「今はただ魔石が暴走しているだけだろうな。お前の力が必要だ」

「へへっ……そうか。やっと俺の活躍の場がくるんだな」


鼓動正史こどうまさしはニヤリとする。彼らは何もない岩場の行き止まりへと到着する。

「なんだ? なにもねぇじゃねぇか?」


鼓動正史こどうまさしが手をかざし、黒い触手が湧き出ると、岩が突然扉へと変化し開いていく。

「さぁ、こっちだ」

「……あ、ああ。すげぇな……」


言われるがまま召田宗麻しょうだそうまはあとに続いていく。



丸亀礼音まるかめれおんは開け離れた扉に気配も無く追従して中に入る。

(……しくじった……あのおじさんの力が強すぎる……邪神の加護持ちだったなんて……止めるチャンスをうかがうしかないか……)

彼女は蓮輝からもらった魔法の薬の残量があと少ししかないのを見て焦りの表情を浮かべていた。


§  §  §

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