第11話 事務所に乗り込んでみた

§  §  §



あるヤクザの事務所では親分らしき人間が、一人の眼鏡をかけた冴えない叔父さんを座らせて凄んでいた。


「だから、耳をそろえて返してほしいのね? わかる?」

「は、はぁ、でも、無いものは無いと言うか……期限が違うような……」

「あん? 無かったら作ればいいだろう? 違うか?」

「ですから、もう少し待っていただければ用意できますって何度も……」

「だ、か、ら、ほら、期限、これ、これなのよ? もう過ぎてるの! わかるだろ?」

「……困りましたねぇ……」

「困ってんのはこっちだっつーの! 土地でもなんでも売ればいいだろ? ああぁん?」


冴えない叔父さんの方はどこ吹く風で飄々としていたが、取り囲むヤクザの組合員たちは親分のガチギレっぽい声に萎縮しながらも、冴えいない叔父さんが逃げない様に道をふさぐように取り囲んでいた。

すると、部屋の外からかなりの人数の乱れた足音が聞こえてくる。


バン!


ドアを乱暴に開くと、痛そうに腹を抱えながら慌てて部屋に入って来る若い衆たちが部屋に流れ込んできた。

親分らしき人物は突然の出来事に流石に驚き、動揺しながら質問をする。怪我をしている様に見えず、腹を抱えている人間ばかりだったので状況判断が出来ない様だった。


「……どうした? ……悪いもんでも食べたのか?」

「……兄貴……ち、違います。やばいやつに……やばいやつに手を出して……」

「? 何を言っているんだおまえは?」

「……あの、俺たち……その……ボコられて……」

「……その人数でか? 規模は? 俺の知らない半グレ組織か?」

「それが、その……一人で……」


慌てて弁明しようとする若い衆たちの後ろから、音も気配も無く入ってきたピエロの仮面をかぶった男に、兄貴分は注目をする。


「……そいつにか?」

「え?」


そこには、ドン・キホーテで買った白いピエロ風のお面をかぶった海波が気配も無く立っていた。


「なるほど、ここがアジトか」


海波とは似ても似つかない、どすのきいた機械のような声を発する。魔力で声を震わせて別人のような声音を作っていた。異様な声音でヤクザ達はさらに混乱をする。


「な?」

「え? な、なんだこいつ?」

「……さっきの奴?……声が……ボイスチェンジャーでもつかってんのか?」

「あ、あ、あいつだよな? ま、待ってくれ、俺はもう抜けるから……勘弁してくれ!」


隣の部屋まで逃げるもの、トイレのドアを開けて中に入って鍵を閉めるもの、狭い部屋から逃げようと窓を開けて逃げようとする者もいたが、三階だったため外に出るのを躊躇していた。


「……なんの事だ? 私は……道化仮面だ」


あまりに現実離れした雰囲気に一同が硬直してお互いの顔を見合わせて動揺してしまう。


「……気が狂った人間か?」

「ピエロ仮面じゃねーのか?」

「こ、声が違うけど奴じゃないのか??? 奴だよな? 見逃してくれ!!」


先ほどのヤクザ達は雰囲気と振る舞いから仮面の中の人が海波だとすぐにわかってしまった。海波はせかっく変装したのに、雰囲気でバレバレな事に今更気が付く。


(……次はしゃべらない方がいいね……声が違っても発音でバレちゃったみたいだけど……本当に大丈夫?)

(……困ったな……まぁ、ボコった後に考えるか)


「まぁ、大丈夫だろう……さて、狩りの始まりだ」

「へ? カリ? ゴホッ!!」


言葉を発すると同時にヤクザ達の兄貴分は悶絶の声を上げることになった。



§  §  §



海波は部屋にいる人間や逃げ出そうとしている人間をあらかたのしてしまうと、例の如く戦利品の回収にいそしんでいた。運転免許証や証拠になりそうなものをスマホで撮影した後、「落とし物」袋に入れてひとまとめにしていた。


(……デジタル化を恨むな……現金が全然無い……)

(金庫がこれ見よがしに置かれているけど……盗らないの? 君の能力だったら鍵なんて無視できるじゃない?)

(全財産を持っていったら憎しみが増す……適度に搾り取って絶望させる方が良い)

(……え? この人たちから搾取……するの?)

(定期的な搾取はしない。盗賊たちはここまでやられたら、ふつうはアジトを変える。この町から撤退するだろうな。ただ、資金がゼロになれば死に物狂いでこちらに襲い掛かってくる可能性がある。それは避けなければいけない)

(……そこまで考えていたのか……)

(街のごろつき共と抗争した経験からだな)

(……ものすごい経験だね……)


途中で海波は何かを思いついたらしく、事務所の名刺を「落とし物」袋に入れて、ピストルなども弾倉を器用に取り出して弾を全部抜き出して「落とし物」袋に追加で入れたりした。


(君の記憶によると、確か「銃刀法違反」があったはずだ。これで上手いこと潰してくれないか……)

(ああ、ピストルの弾を送り付けられたのがニュースになるくらいだからね……)

(警察も本気で動かざるを得ないだろう……)


海波には悪い笑みが浮かんでいたが、仮面に隠されて外からはよくわからなかった。



その様子を眼鏡をかけた冴えない叔父さんは呆気にとられながらもまじまじと観察していた。

海波は作業を一通り終えると、一人立ち向かって来ないで、座ったままの冴えない叔父さんに問いかける。


「叔父さんは……部外者だな? なるべくなら話さないでくれると嬉しいのだが」

「そうだね、話さないで置くよ。それにしても、すごい強さだね。叔父さんビックリだよ」

「……俺はオジサンがこの状況でそこまで驚いてないのにビックリなのだが」

「……まぁ、人生いろいろ長く生きていると、色々あるからね。あ、助かったよ。ちょっと無理難題言われて土地を奪われてしまうところだったよ。本当に助かった」

「……やることがどこの世界も変わらないな……どれだ? 証文とかあるのだろう?」

「しょ、証文? 随分古い言い回しだね……ああ……そこに散らばっている……え? 消えた……」


「これで大丈夫か? それでは。あ、口外しないことをお勧めする」

「ありがとう……助かったよ。必ずどこかで恩を返すよ。道化仮面さん」

「……」


海波は振り返ってお面越しに微笑み、窓を開け窓の上部に手をかけると、そこから階上へと飛んで行った。


冴えないおじさんはその姿を見守っていたが、眼鏡をかけなおしながらぼそりと呟く。


「異能者……転生者? 「ギフト」持ちは確定だな……また新たに街に現れたのか……」


(……今度は悪さをしないと良いんだが……調査が必要か……誰に頼むか……とりあえず「賢者様」と鼓動君に連絡か……あの感じだと政所さんと同じ年代か?)


冴えないおじさんは周囲を気にしながら、残された権利書などを探し、原本などを見つける。すると、開けられた三階の窓から「この世界の人間」では再現不能な身のこなしで軽々と跳躍し、外へと逃げ出した。



§  §  §


あの事件以来、部屋に引きこもっていた召田宗麻は唐突に前世を思い出していた。


(ああ、なるほど……そう言う事だったのか!)


宗麻はかぶっていた布団を吹き飛ばして立ち上がる。


興奮に満ちた表情で体にみなぎった魔力をコントロールし、現在の自分の力を確認する。

自分の「異世界の魔力」が手足に行きわたったのを見て満足をし、自然に笑みがこぼれる。

彼はふと思い立った感じで前世のギフトを使ってみる。

何も無い空間が引き裂かれ、中から小さなネズミが出てくる。


(使えた! ギフトが使えた! やったぜ!! あれ? ネズミ? 一角ウサギを呼んだのに? 契約してないのになんでだ?)


宗麻がネズミに対して、ギフトの力を使って宙返りをしろと念じてみると綺麗にネズミが反応してくるっと宙返りをする。


(大丈夫だな……ちゃんとコントロール出来てる……やはり召喚術は生きているのか……この世界基準で書き換えられているのか?)


宗麻がしばらくネズミを操作していると、海波にのされた時のことを思い出し、今のギフト、魔力……異世界の力……などの情報が宗麻の頭で繋がり理解をした。


(海波の野郎、あの時か! あの時目覚めやがったのか!)


突然海波が反抗的になり、信じられない強さになり……スマホだけでなく持ち物も衣類もすべて粉に変わっていた……そう考えると合点がいった。


(……海波は騎士か何かだったのか? やたら強かったもんな……あの「ギフト」……破壊のギフトか……ものすごく厄介だ……この力だけじゃ足りないな……色々と実験してからだな、共通魔法は使えるのか?)


素晴らしい「異世界の過去の記憶」からの情報を整理するために、頭を掻きむしりながら布団以外何も無い部屋をうろうろとし出す。


(やっぱり仲間が必要だな。あちらの記憶がある転生者を……ギフトを持つ魔力持ちを……)

「待ってろよ! 海波! 後悔させてやる! 絶対に殺してやる!」


宗麻の母親はちょうど夜ご飯を用意しお盆に乗せて部屋の前に立っていた。

部屋から聞こえる息子の危険な絶叫を聞いて絶望感に包まれていた。


召田宗麻の家の庭には、黒く鈍く紫色に光る石がいつの間にか存在していた。

石の周りには時折「黒い手」のようなものが出現し、何かを探しているようだった。


§  §  §

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