第12話 「ギフト」を考察する

翌日の日曜日、海波かいは蓮輝れんき紅華こうかの三人は街の裏山にある廃工場に来ていた。

長らく使われてきたが、割と最近放棄された感じだった。

交通が不便な場所にあり、ほとんど人通りがなく、たまに畑に来る人が通るくらいのさびれた場所だった。


「なんかあたしだけ……恥ずかしいんだけど……」

「まぁ、いいじゃない、ジャージ姿も可愛いよ?」

「えっ? ……そ、そう、ありがとう……え? マスクもサングラスもしてるのに?」


動きやすい恰好で集まる……との連絡で紅華だけがジャージ姿で来てしまったのだが、元前世女子の蓮輝が良い方にフォローする。海波はここまでの道中で二人が事ある毎にいちゃつくので、内心よそでやって欲しいと思っていた。

転生して前世を思い出し、心が擦れている感じがしても若者的な嫉妬があるのを不思議に感じていた。

紅華は運動の準備をはじめ、マスクとサングラスを外してリュックの中にしまう。


「それにしてもその姿は……逆に目立ったのではないか?」

「うーん、だってさ、あんたら、どう見てもヤクザともめごと起こしてたじゃん? 顔を知られたやばいっしょ?」

「……あ、そうか、そう考えたら僕もフードとマスクとサングラスした方が良いのか……」


「俺は一応……仮面をかぶって襲撃したから……大丈夫だ。多分」


海波の発言に二人が真顔で驚き固まってしまう。


「……え?」


「あれから……やっちゃったの? 本気? ヤクザの事務所に殴り込みとか??」

「大丈夫だ。尾行などはされていない。おまえらが今日中に魔力操作を覚えて一般人に紛れ込めれば……問題無いだろう?」


二人は顔を見合わせた後、呆れた感じになる。


「……まじかぁ……死ぬ気でやらないとだめなやつじゃん……」

「海波君ってスパルタだったんだね。エス? ドエスなの?」


「……それじゃ始めるぞ」

「聞き流された……やるしかないか……」

「はぁ、しょうがないね……頑張るしかないかぁ……だるぅ」


それから海波主導で、前世でみっちりと修業した魔力コントロールや、魔力の気配を消す方法などをレクチャーしていく。二人とも崖っぷちに立たされたおかげで、かなり真剣に技術の練習に打ち込み、ハイペースで習得していく。

紅華の方が早く魔力のコントロールが安定し、気配を抑える事が出来てきたので、彼女が一足先に彼女の「ギフト」の検証をしていく流れになった。


「ほら? 見て見て! 暗殺者!」


紅華がギフトで自分の長いつけ爪を硬化させて手近な石に突き刺して持ち上げる。


「刺さってる! 紅華ちゃん凄い! 爪の硬さを石より硬くするなんて!」

「えへへ……すごいよねぇ、このギフト……」


蓮輝が大袈裟に反応する。褒められてる紅華は満更でも無いようだった。が、爪が石に突き刺さったまま抜けなくなっていた。手を振ってみるが石は中々離れなかった。


「あ、あれ? ぬけない?」

「先ほど教えた通りに、魔力の流れを前腕の筋肉に集中させてみろ」

「前腕?」

「ここだよ、ここ」


蓮輝が自分の前腕の場所を指さすと、紅華が理解した様で魔力を前腕に集中させていく。


「あ、そこか……フンっ!」


ドコッ!


かなりの音を立てて石が砕け散っていく。

紅華は自分でやった事だったが、顔の表情が若干ひきつった感じになる。


「……うへ、これ、ちょっと、引くくらいの力だね……」

「そのギフトと魔力操作を使いこなせれば……かなり良い暗殺稼業を営めそうだな」

「……それは勘弁なんですけど……」


嫌そうな表情を浮かべる紅華とは逆に、蓮輝は訓練をしながら羨ましそうにする。


「いいなぁ、戦う力があって、僕がその能力欲しかったよ」

「戦うって……ソーマとかの件はもう片付いてるんでしょ? 何と戦うのさ?」


蓮輝はしばらく悩みながら空を見ながら答える。


「う~ん。ヤクザとか、ほかの転生者かなぁ?」

「でも、この街にはもういなさそうじゃん? 大丈夫だって。魔力で気配消せば良いんだから、一般人として暮らしたほーがいいじゃん?」

「うーん、僕は……なんかもう一般人は無理な気がしてきてるよ」

「えー普通が一番だよ? がんばろうよ~」


しばらくしてから海波が蓮輝の進捗を見るが、あまりうまくいっていない感じだった。魔力を大幅に抑えることに既に成功はしていたが、一般人レベルまで抑えるのにてこずっていた。


「そっちは……ダメそうか?」

「こんなに難しいとは思ってなかったよ。歩きながら魔力操作なんて学校でやらなかったし」

「立ち止まった時は大丈夫の様だが……」

「それって、歩いたら見つかるからだめだよね?」

「まぁ、そうなるな……」


蓮輝はウロウロと歩きながら難しい顔をしていた。彼は歩きながら魔力を限りなく一般人レベルに低くするが、歩き続けると段々と元に戻ってしまい、うまく行ってないようだった。


(やはり、前世の経験は強く影響する様だな……)

(あちらの世界だと魔力のコントロールは当たり前じゃないの?)

(戦闘をしない人間や、隠密活動をする人間以外は「魔力を消す」必要が無いからな……)

(そうすると、貴志田さんは戦闘をする方の人間だったんだね)

(そうなるな。魔力を高める方の訓練はかなりしていた様だ。戦士だったのだろう)


海波は身のこなしと、魔力コントロールの上達ぶりから、紅華が何かしらの戦闘訓練をした経験があるのを見抜いていた。

蓮輝の手前、可愛い女子と思われたい様で、隠したがっているようだったが……



「あ、そー言えば、金儲けの話はどうなったの? いいアイディアでたの?」


紅華がギフトと魔力操作の練習をしながら何気なく二人に質問をする。かなり順調そうで話しながらでも上手にコントロールができている感じだった。


「……あちらの世界だったら……色々できるんだけどな……」

「そうだよね、あっちの方が僕らの力、有効活用できるんだよね」


「ん? 例えば?」

「僕だけだったら、水をきれいにして水売れるし、紅華ちゃんだったら……城壁修理とか、色々出来るでしょ?」

「あ、そうか……水だけでも売れるね……あっちの水汚かったもんなぁ……そーいや白波のギフトって……言う気無いの?」


(彼らを仲間と認めるなら教えてあげた方がいいんじゃないの?)

(そうだな……彼らのギフトを知っていて、こちらのを知らないのは卑怯か……)

(彼らなら信頼できそうだと思うけど……)


「……ここまでくれば一蓮托生か……」


海波は拾った石を軽く投げると同時に『物質を粉に変える能力』を発動させる。投げた石が途中で砂になってきれいに拡散していく。


「お、おお! 土魔法使い?!」

「ま、魔法使えるの?」

「え? 分かりにくかったか……服が汚れないようにしたんだが……」


海波は廃工場のトタンの壁に軽く手を触れると『物質を粉に変える能力』を発動させる。

トタンの壁が映画の特殊効果の様に砂となって解けていく。


「すごい……破壊の魔法? ……破壊のギフト?」

「……あんた……なんか、なんでもアリね……」

「ああ、そんな感じだ。壊すことは出来るんだが……金儲けに直結しないのが難点だ」


海波は過去の記憶を振り返り遠い目になる。あちらの世界でもこのギフトを使って金儲けに直結しなかったのを思い出していた。


「前世では鍵を壊したりして便利だったんだが……」

「それじゃ泥棒……ね……はは。やっぱりそうなのね……」


何気ない一言で紅華は海波の前職を確信していた。蓮輝は特に何も気づく事も無く話を続ける。


「破壊の力で……解体工事請け負うとか? 地面を耕す? 更地にする? とかできないの?」

「俺も考えたが……魔力が無限にあればできるんだが……」


落ち込む海波だった。彼の現在の発想力では良いアイディアが出ていないようだった。

元々はトタン板の粉の山を見て紅華がはっとした表情をする。


「あ、思いついた! ねぇ、白波、ここの鉄の壁の板をもうちょっと壊してよ」

「ん、どれくらいだ?」

「ちょっとした山になるくらい」

「そうだな……ちょうどよいテストか……」


海波が『物質を粉に変える能力』を発動させて、トタンの壁の板を粉にしていく。

山になったトタンの粉に対して紅華が『物質を固くする能力』を発動させる。


「あ……上手くいくかな?」

「あ、すごい、棒になってく……」

「おお……そこまで自在にできるのか」

「くっ……思ったより魔力消費がすごいかも……」


トタンの山から、五十センチくらいのトタン製の棒が出来上がる。

海波が拾い上げ、棒をしげしげと眺める。


「すごいものだ……美しい円柱だ」

「ほんとに、破壊と硬化で……何か作れそうだけど……フィギュアとか?」

「そうだな。イメージ通り固められるのならば……色々できそうだ」


「ちょ、ちょっと待って、たったこれだけでこの魔力消費だと、たくさん作るのきびしーかもよ」

「質量によるのか?」

「そうかも……いつも自分か、手に持ってるものを固くしてただけだったから……」


(ねぇ、これってあちらの世界の「魔法の武器」になるんじゃないの?)

(そうだな……魔力が通りやすい鉄の棒……になっているように感じる)


海波がトタンの棒に魔力を込め始め、手近なコンクリートの壁に向かってフルスイングする。


ドコッ!!


コンクリートの壁はきれいにトタンの棒の形に抉り取られてしまう。トタンの棒には傷一つついていなかった。


「す、すごいよ! ……棒の形そのままに……貫通してるのこれ?」

「あたしの能力って、もしかして……もしかしなくてもすごい?」

「……すごいな、魔力を通しても大丈夫な物質になった……壊れる様子もない……魔法の武器のようだな」


「普通の武器とかは魔力流しすぎると劣化しちゃうんだっけ?」

「そうね、魔法の金属や術式がない武器はすぐにダメになっちゃったな……」

「紅華ちゃんすごいね。僕は街の中ばかりだったから……外の世界の事はあまり知らないんだ」

「え? あ、そうだね。……なんで知ってんだろうね……ハハハ」


海波が魔力を込めても壊れる様子のないトタンの棒をしげしげと眺めている。するとその場の空気が変わった印象を受けた。彼の魔力探知によって周囲を囲むように接近してくる人間達に気が付く。


(これって……ヤクザ……だけじゃないね。強い魔力を感じる……)

(ああ、可能性を考えていなかったわけじゃないが……同じような転生者がやはりいたのだな)

(僕らと同時期……じゃなさそうだね)

(そうだな、もう徒党を組んでいる事を考えると……先にこの世界で目覚めた者たちがいるのだろう)


「……多いな……」


海波の発言に蓮輝と紅華の二人も魔力を持った複数の人間の接近に気が付く。


「え? あれ、これって……」

「はぁ、やっぱりこうなるか……早いなぁ……」

「紅華、先ほどのマスクとサングラスを。予備のものがあれば蓮輝に」

「了解」

「え? ありがとう。さすが女の子だね」

「ん? え? そ、そう?」


紅華が自分にマスクとサングラスを慌てて着けた後、持っていたハンカチを広げて蓮輝の顔の下半分を隠すように着ける。

海波も紅華に持っていたトタンの棒を投げて渡し、荷物から先日の襲撃の際につけていた道化の仮面をかぶった。


(全員の顔を隠せてよかったね)

(そうだな、次は二人の仮面を用意しておくか……)

(そうだけど、女子二人なんだから……あ、一人だね。それにこんなダサい仮面は……)


(そうか……ダサいのか……)

(ごめん……なるべくかっこいいやつを……)

(わかった……善処する)

(次は選ぶのに協力するよ……)

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