第4話 家に帰って考えてみる

§  §  §


海波は夜遅くに不良少年少女達、全部の家の証拠隠滅の仕事を終えていた。

彼は一旦高校の校舎に戻り、召田宗麻達を「退治」した場所に来る。

すでに彼らの姿はそこにはなかった。


(……さすがに場所は移動しているか……どうやって帰ったかは見物だな。明日が楽しみだ……)

(何でここに戻るんだい? まっすぐ家に帰ればいいじゃないか?)

(あれだ、監視カメラを利用する)


海波は、校舎裏からアリバイ作りのためにわざと監視カメラに映るように家へと歩いて帰宅する。が、現代の記憶がかなりあやふやになっていた。スマホを取り出し地図を確認する。


(似たような家が多すぎて……わかりにくいな……)

(君のいた街も似たようなものだと思うけど……たしかに日本の町はどこも同じ家ばかりだ……あ、そっちじゃなくてこっち……)

(すまない、助かる……頭がごちゃごちゃだ……)


たどたどしい現代の記憶とスマホの地図、「白波海波」のガイドを頼りに自分の家へと帰る。

海波の家は不良達の家に比べるとかなり手狭なアパートの様だった。

すでに部屋の明かりは点いており、中に人の気配がした。


(あ、母さん……もう帰ってるよね……この時間じゃ……)


(……なんだ……この感情は……)


海波の母親が家に帰って居間の椅子に座って待っているようだった。

彼はドアを開ける瞬間に、今日の夕ご飯当番だったのを思い出していた……

それと共に、「白波海波」としての記憶が頭の中に大量に流れ始める。


(ぐっ……これは……一体……なんだこれは?)

(ああ、そうだった……本当にごめん母さん……心配かけさせちゃって……)


「……ただいま……ごめん……」

「おかえりなさい……心配したのよ……既読もつかないし……」


(既読……何のことだ? それにしても……この感情はなんだ?)

(……スマホのアプリの話だ……)


「……ちょっと……立て込んでてさ……」


海波は母親を直視して混乱してしまう。

息子が帰ってきて安心した表情の母親の顔を見ると一気に、「白波海波」として生きてきた記憶が、走馬灯の様に頭に駆け巡っていく。


それと同時に前世の記憶も大量に流れ始める。記憶と意識、感情が混濁し、どちらが本当の自分か一瞬わからなくなってしまう。


前世の「ゼフ」としての人生では、記憶もおぼつかない頃から孤児院にいて、そこからストリートチルドレンになり、やっとの思いで大人まで生き延び、悪いことにも手を染めて生き抜いてきた人間だった。仲間との信頼や愛情などはあったりしたが人生において「親の愛情」などは受けたことがなかった。


転生してから初めて純粋に「親の愛」の存在を知ることになった。


「白波海波」としての父親、母親と妹との楽しかった記憶、父親と妹が「消失事件」にまきこまれてからの悲しみに包まれた記憶……「白波海波」と「ゼフ」の人生の記憶が次々とすさまじい速さで順に、強制的に見せられていた。


(なんだ……なんなんだ……なんだこの感情は!!)

(……ひどい……なんて厳しい人生を……)


海波は「ゼフ」と「白波海波」の記憶と感情が入り乱れ、耐え切れずに思わず目から涙を流してしまう……

「ゼフ」にとっては前世では感じられなかった感情だった。

「白波海波」にとっては厳しく、辛く、悲しい人生の記憶だった。


「……ごめん、母さん……」

「……いいのよ、そのうち話をしてくれれば……ちょっと温め直すね」

「……あり……がとう……」


ラップに包まれた夕飯をキッチンに持っていって行く母親の後姿を見守る海波。


(心が落ち着かないな……)

(そうだね……情報が多すぎるよ……頭が痛いね……)


母親が海波の視線に気が付き軽く微笑んだ後に、電子レンジから温めたご飯を取り出してお盆にのせていく。


(……あいつら……ほんと汚いやつらだったな……母さんを……)

(しかし……美人な母親だな……前世だったら……)

(僕の母さんだ! 何を考えているんだ!??))

(そうだったな……俺の母親でもあるのか……)

(……君の母親? ……そうだな、君の母親……か)


海波は前世と現世の記憶の混濁が起きて人格が揺れ動いていた。

遅い夕飯を食べながらも時折、頭に手をやって悩ましい表情をする海波の事を母親は心配するような優しい目で見守っていた。海波も母親の温かい視線に気が付いていたが、犯罪的な行為をした自覚もあり、いたたまれない気分になっていた。


(俺は……どうなっているんだ?)

(僕は……どうなってしまうんだ?)



§  §  §



海波は部屋に戻り、ベッドに寝ころびながら記憶を整理していた。


とりあえず不良達の部屋からは目ぼしい現金が回収できなかった。

彼らの性格柄、景気よく遊びに使ってしまったのだろう。


彼らに「白波海波」が愛する母親の事で脅されて「お小遣い」を渡すために家の金に手を付けて総額50万円を「白波海波」は持ち出していた。とりあえず、それはおそらく「白波海波」の将来の学費か、この家の家賃とか……そう言うものだろう……先ほどの母親の様子から、貯めていた金を持ち出している事は知っている印象を受けていた。


(そうか、やっぱり母さん、知ってたか……)

(そうだな、客観的に見ても……そうなるな)

(……ありがとう。言い切ってくれて……罪悪感がさらに強くなったよ……)


(それにしても、もうちょっと上手いこと出来たはずだな……)

(ごめん、多分、あいつらをぶちのめしたあの力……あれは僕の「怒り」だったんだね……ゼフ、君だけならもっと冷静に対処できた)

(いや、俺もそこまでできた人間ではない。……俺も彼らで身体能力をテストし過ぎだな)

(途中でざまぁと思ってしまった僕も悪いか……)


彼らから脅されて取られた金を回収しようと相手の親を相手どるにしても、「白波海波」がイラついて思わず前世よりの「ゼフ」の常識で「やらかして」しまっているので、今後どうなるかはわからない……

能力さえ使わなければおそらくばれない……現代ではこの不思議な力は証明はできないだろう。

上手く立ち回れば大丈夫と言う大雑把な結論になりかかっていた。


(ねぇ、ゼフ。この力うまく使えないかな?)

(使ったとしても破壊の力……なにかを粉にする必要があるのか? この便利な社会で)

(小麦粉作るとか、米粉作るとか……道具があれば出来るか……)

(鍵を開けるときは便利だったぞ?)

(それって盗みだろ? 鍵を開けるサービスもあるけど、この力を使っているのを見たら……普通の生活が送れなさそうだね)

(そうだな。便利なギフト持ちはすぐに戦場に、国に召される。それはこの世界も同じかもしれないな)


(ばれないようにしないとね……あ、ソーマ達は……どうするんだい? おそらく親に頼み込んでまたスマホを……そうするとデータが復旧……されちゃうかもしれない)

(俺にとっては不思議な話だが……まぁ、それなら、これからも奴らの監視をしばらく続ける)

(監視して……どうする? スマホを壊し続けるの?)

(まぁ、そうだな。幸い記憶にある力を使えば……奴らの家まではものの数分もかからない短時間で見回ることはできるだろう)

(あちらの親御さんたちにはかわいそうだけど……助かるよ)


(まぁ、やつらはどうにでもなるな……それよりも金だな……五十万円……取り戻さなければな)

(僕が怒らなければ……お手数おかけします……)

(まぁ……気にするな)


海波はそれから、「二人」でどうにかして金を稼ぐ方法を思案していた。

……が、常識のベクトルが違うせいで、かなり危険な方に思考が及んでいた。


(五十万円か……さて、どうやって、戦利品を獲得しようか……)

(不良狩り? 顔がばれたりするから……それにこの世界はそこまで悪い奴がいないよ……君がいた世界みたいに)

(そうか……変装すれば大丈夫ではないか?)

(変装……そんな事もできるんだ?)

(出来なくはないが……魔法の変装道具が無いか……ならば怪物狩りを……)

(そんなのはいないよ……僕の記憶をみてるんだからわかるでしょ?)

(そうだったな……どちらが自分の世界かわからなくなるな……)

(そうだね、君の記憶が混ざって変なことになってるね……)


(それか手っ取り早く盗むか……)

(盗みは駄目だよ。君だって死ぬ間際は犯罪をしていなかっただろう?)

(それならば、犯罪を犯しそうなやつや、ガラの悪そうなやつからスリを……)

(君の記憶にある孤児院の子たちに顔向けできるの? それに捕まったら……)

(……そうだな。母親が悲しむ……か、それにあいつらとの約束……守らなければ……)


「白波海波」は元来、犯罪をしてしまったと思い悩む性格だったのだろうが、前世の「ゼフ」の記憶を取り戻し、常識が一回破壊されてしまったので、この世界で暮らしていくにしては、倫理観が少々危険な感じになっていた。

だが、「白波海波」としての人格と記憶と、前世の「ゼフ」の最後の仲間との約束を思い出し、倫理観を無視した暴走から踏みとどまることが出来ていた。


(野党とか盗賊とかいれば狩りに行くのだが……)

(そんなのいないよ。いたとしても外国の銃持ってる組織だから普通に死ねるよ)

(……この世界に懸賞首とかあるのか? 警察署に貼られているのは……あれは違うのか?)

(あれは、指名手配されてるけど、見つからなくて探してくださいってやつで、捕獲したり首を持ってくるわけじゃないよ……)

(そうか……なんだか……頭が……重くなってきたな……)

(そうだね……能力の検証……したかったね……)


色々と前世の能力のテストをしようかと思っていたようだが、目覚めた力に体力が付いていかなかった様で、電気をつけたまま疲れ果ててそのまま眠ってしまった。


息子の部屋から音がしなくなったのに気が付いた母親が部屋の電気を消し、やさしく毛布を掛けて部屋を出ていった。

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