第14話 乱闘と再会
ヤクザ達がどうみてもただの女性の紅華に一斉に襲い掛かる。
が、持っていた五十センチのトタン製の棒で迫ってくる順にテンポ良く叩きつけ、腹を突き刺し、一振りするたびに一人が痛みに悶絶しながら脱落していった。まるで訓練された騎士の様な無駄のない洗練された動きだった。
一陣目が一瞬にして戦闘不能にされると、取り巻いていたヤクザ達が及び腰になり、次に誰が襲い掛かるか、逃げるかを目配せしながら探りあっていた。
「お、おい……こいつも異能者じゃないのか?」
「だよな……どう見ても……」
「紅華ちゃんすごい! かっこいい!」
「え? そ、そう?」
(紅華は大丈夫なようだな)
(すごい動きだ……映画の殺陣みたいだ……)
(ん? 高い魔力の反応? 魔力を練っているのか?)
海波は転生者の一人が何かのギフトを発動させているのを察知し、ユキナを束縛する手を緩める。
「仲間の元へ行け。ただし振り返ることは許さん」
「……わかった……」
ユキナは顔を青ざめさせ、機械のようにコクコクとうなずくと、全力でその場から仲間の元へと脱兎のごとく離脱し始める。それを見守る事も無く海波は蓮輝に近づこうとする。
紅華が照れている間に、スキをついて残った転生者がロープの先端に球状のおもりを取り付けた狩猟用のボーラを二人に投げつけてくる。
紅華が持っていたトタン製の棒で上手にからめとり跳ね飛ばそうとするが、予想以上の重量が加わって武器を巻き取られ吹き飛ばされてしまう。戦闘訓練を受けたことのない蓮輝はどんな武器か理解することができないまま見事にボーラにからめとられてしまう。
「いたっ!! あ、あれ? これって……」
「くっ、(重量操作!?)しまった!」
紅華が一瞬戸惑いを見せた瞬間、ボーラを投げた転生者が二つのナイフを取り出し、紅華へと投げつけ、残った手に持ったナイフを構えながらボーラの重量で座り込んでしまった蓮輝へと近づく。
転生者が投げたナイフは紅華の腕に当たったかの様に見えた。が、紅華は当たったことを気にせずに服を硬化させてまとめて払いのけ、転生者へと高速で近づき、フルスイングの回し蹴りをヒットさせる。
転生者は驚きながらも魔力を込めた腕でブロックしたが、かなりのダメージを負って大きくよろめき、体勢を崩す。
「え……ぐ、ちょ、ちょっと、待っ……」
「あったしの! 男に手を出す……なっ!!!」
紅華は容赦なくかなりの魔力のこもった足をサッカーキック気味に振りぬく。重量操作の転生者もたまらず自分にギフトを使用して体を軽量化させて威力の軽減を図る。二人の力の相乗効果で転生者の体を数十メートルも吹き飛ばし、林の奥の方に消えていく。
「す、すごい! 紅華ちゃん、漫画のキャラみたいだね! かっこいい!!」
「……え? そ、そう?(蹴った感じが薄かったな……体を軽くして逃げられちゃったかな?)」
その場のほとんどの人間が尋常じゃない紅華のキック力を見て、唖然としてしばし動きを止めてしまう。
「……んな、ばかな……」
「人間がサッカーボールみたいに吹き飛ぶなんて……」
ヤクザで拳銃を持っていた数人が慌てて懐に手を入れて拳銃を取り出すと、拳銃だけが構えた瞬間に粉へと変わっていく……
「え?」
「何が起きてんだ?」
「お、おい、能力者って……体がちょっと強くなるとかだけじゃないのか?」
「……」
ヤクザのリーダー格と幹部を残して、恐怖に包まれた若衆たちがこぞって逃げ出す……が、一瞬、海波の姿が見えたと思った瞬間に、体をくの字にして順番に悶絶していく。
あまりに素早く流れる動きに、その場に残された人間は誰もついていくことができなかった。
「あ、おい、どうなって……グホッ!!」
「『瞬間移動』? ……本当に見えないじゃないか……ガハッ!!」
「一撃で……殺され……ドホッ!」
「お、おい、あれ……もう一人の能力者が……いない……ヘグッ!!」
頼みの綱の能力者が一網打尽と戦闘離脱で一人もいないことに気が付いたヤクザのリーダーは絶望で足がすくんでしまう。
「あ、あ……こんなはずじゃ……」
「安心しろ、ただの腹パンだ。死にはしない。……多分」
海波は彼らの目の前をゆっくりと歩いていき、恐れで動けなくなったヤクザ達に順に腹パンを決めていった。
§ § §
召田宗麻は廃工場がギリギリ見えるかどうかの位置から双眼鏡を使って様子を見ていた。
彼も前世の記憶をかなり取り戻していたので、魔力探知で発見されなさそうな距離をとって観察をしていた。
(やっぱり転生者! 能力者だったんじゃねぇか! くそっ!! 俺の方が先に目覚めていれば!!!)
彼のいる距離から乱闘の現場が離れすぎていて、双眼鏡だけでは誰が何をやっているかは少々わかりにくい状態になっていた。
(……ギフトまではわからないな……とんでもない魔力強化だけなのはわかる……俺の召喚術だけでは太刀打ちできないな……前衛か囮が必要だな……あの逃げたやつらをうまく利用するか?)
召田宗麻が考えながら見ていると、ふと、仮面をかぶった海波と目が合った気がした。
(まさか、この距離で気が付く?? あの強化レベルならありうるか……ちっ、ここまでか)
召田宗麻は双眼鏡をしまい、魔力を抑えて逃げ出した人間たちに接触を試みることにした。
§ § §
その場に沈黙が訪れ、紅華が力なく地面に座り込む。
「はぁ、平穏な暮らしが……」
「だ、大丈夫だよ、顔は見られてないんだし……」
「思いっきり名前を呼び合ったじゃない? 大声で……」
「あ! そうか……どうしよう?」
「『記憶を消す』ギフト持ちがいればすぐに解決なんだが……」
「そんなのいるの?」
「あ~確か……いたと思う。戦争のあととかに使う場合が多かったような気がする」
「さすが戦闘系の訓練してるだけあって詳しいんだね!」
「あ、う……」
蓮輝は純粋に紅華のことを褒めていたが、暴力的な女性と思われたと考えている紅華は意気消沈していた。
海波は前回同様、財布をまさぐり、中を確かめようとしていたが……
「ん? 持っていないな……」
「どうしたの?」
「財布、スマホ……その他の身分……場所を知るものを持ってない」
「ねぇ、もしかして……前回も全部持って行ったとしたら、持ってこないんじゃないの?」
「くそっ、対策が早いな……あ、こいつだけ持ってる」
ヤクザのリーダー格のみが、スマホと財布を持っていた。運転免許証から名前だけはわかるが、住所はこの地域ではない場所が記載されていて役に立たない状態だった。
「少しだけ現金も持っているか……もらっておくか……」
「ねぇねぇ、それって盗みじゃないの?」
「とられたものを取り返しているだけだ」
「……はぁ、なんか悪事の片棒担ぐのは嫌なんだけど……これじゃ警察に捕まるのはうちらだよ」
「なに、この財布とスマホは警察に届けておく」
「うわ~海波君、えぐいね……警察巻き込むんだ」
「白波……もう少し自重を……」
「そうだな……平和になれば自重をするつもりだ。とりあえず、時間稼ぎはしておくか……」
海波はヤクザ達の靴を片っ端から『物質を粉に変える能力』で粉に変えていく。
「え、うわ、上手に靴と靴下だけ粉に……」
「え、この山道をはだしで帰るの??? 痛そう……」
蓮輝と紅華は海波のギフトのコントロールに驚くと共に、あまり整備されていない山道をはだしで帰る事になるヤクザ達に同情をしていた。
海波は作業を続けていたが倒れている人間に、先ほど目をつけていた転生者の一人がいないことに気が付いた。
(ねぇ、相手の転生者は最初五人いたよね、三人が離脱して、一人が貴志田さんに吹き飛ばされて……あと一人はどうやって姿を消したの?)
(そう言えば……離脱した気配は無かったな……まだ潜んでいるのか?)
(姿を消す「ギフト」とかはないの?)
「……そうか……ギフトか……一人足りない……」
「え?」
「ああ、魔力の高い人間が五人いたはずだ……」
「うーん、何も感じないなぁ……逃げてしまったんじゃないの?」
「いや、離れていく感じが無かった。突然、消えた感じだな……」
海波は目を閉じて精神を研ぎ澄ます。相手に居場所がバレるくらいに魔力を高めて探知範囲を広げてみる。
「いた……」
海波は魔力で強化された力を足に集中して爆発する様に跳躍する。
木の木陰で気配を消して様子を見ていた人物の横まで高速で移動をする。
移動した瞬間に相手も異変に気が付き、すぐさま魔力で身を守るが、海波は魔力を込めた足をガード目掛けて振りぬき、紅華がいる方へと吹き飛ばすように蹴飛ばす。
吹き飛ばされた人物は魔力をコントロールし、上手に着地をするが、蹴りの威力が強すぎてかなりの距離をすべって体勢を崩してしまう。風圧でかぶっていたフードの中が見えるようになる。そこにとどめを刺さんと言わんばかりに海波が腹パンをしようとするが、その手がピタリと止まる。
(!!!
(……ぐっ……頭が……割れる様だ……)
「え?
紅華が吹き飛ばされて目の前に来た女性の名前を思わずつぶやいてしまう。
海波は彼女の顔を見て激しい頭痛と共に過去の記憶がフィードバックしていく。
§ § §
海波は「白波海波」の中学時代を思い出していた。
ショートヘアで体育会系の快活な女子。保育園時代から一緒で何となく波長が合い仲が良かった。クラス委員長をやることも多いくらい正義感が強く、召田宗麻から蓮輝をかばう形になり「いじり」のターゲットとなっていた海波を本気で心配していた。
「ねぇ、海君、困ってるんでしょ、なんとかするから……相談してよ……頼ってよ……」
「だめだ……気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとう、僕にかかわっちゃだめだ……」
「そんな……先生に言えば……」
「蓮輝の事も見て見ぬふりしていたんだ……動くわけないだろう」
「それじゃ、どうすれば……」
「高校も別なんだ……あまり関わらない方がいいと思う……」
「海君も同じ高校になっちゃうんでしょ? もっと、勉強……手伝うから……」
「うちは……金ないから無理だよ……」
「……あ、そっか……そうだよね……」
ちょうど公立高校の学区の問題で、偏差値の開きが大きい地区だったため、行ける高校が限られていた。親の稼ぎが普通以下で大多数の「普通」くらいの勉強ができる人間が行ける高校は一つしかなかった。
召田宗麻達の「ふるまい」のおかげで、その年は周辺の私立高校の人気が「かなり」上がっていた感じだった。
海波は後ろ髪を引かれながら、心配してくれる瑠衣に本気で感謝をしていた。この時の海波には抗う力もなく、すでに母親の裸の写真を握られていたので、母親を守るためにも言うことを聞くしかない……と思い込んでいた時代の話だった。
§ § §
「白波海波」の気持ちを海波は記憶として思い出し、いろいろな感情が渦巻いていた。と、同時に激しい頭痛がして思わず頭を抱えてしまう。
「ぐっ……」
海波があまりの頭の痛みに立ち止まっているうちに、瑠衣が警戒しながらもマスクとサングラスをした不審な女子に問いかける。
「……その声は……紅華ちゃん? どう言う事?」
「政所さん……ヤクザと絡みがあったんだね……」
「え、違う……見張ってたんだけど……もしかして、蓮輝君?」
「え? あれ? 声でわかっちゃうの?」
「蓮輝! なにやってんの! もう!」
「紅華ちゃんが先に名前言うから! バレてなかったんじゃない?」
「え? あ、たしかに……そうだった……ごめん……」
瑠衣が警戒を解き、目の前の一番危険な存在が手を出してこないことを悟ると、戦闘態勢を解除し、身だしなみを確認しながら質問に答える。
「私は情報があったから……偵察に来ただけなんだけど……この倒れているチンピラ達とは関係も、面識もないよ」
蓮輝がうめき声をあげて起きそうなヤクザに気が付く。
「とりあえず場所を変えない? ここにいると目覚めたヤクザ達に情報をつかまれるし」
「そうだよね、ちょっと……あれ? 白波? どうしたの頭痛い?」
「そう……だな。かなり痛い……」
紅華が頭に手をやって壁にもたれかかり動けないでいる海波に近づき、心配そうに話しかける。その様子を見ていた瑠衣が驚いて目をぱちぱちとさせる。
「……え? カイ君……なの?」
§ § §
全員がその場を離れた後に一人の女性、
(あの化け物ピエロ仮面……白波海波……あいつだったの……冗談じゃない……あんな強い魔力の持ち主……私どうすれば良い?)
礼音のギフト『風景同化』を使って存在を消し、すべてを見聞きしていたが、相手のあまりの強さに今後の身の振り方を考え直すことにした。
(こいつらは……起こさないほうがいいか? ……それにしても、『ギフト持ち』があの時の、中学の時のクラスメイトばかりって、なんかおかしくない??? コーカとか、レンキって、十中八九あいつらだろうし、委員長までって……どうなってんの?)
礼音はジャージのフードをかぶり、紐を強く結んであたりの惨状を見まわす。とてもじゃないが一人でほとんど片付けたと思えない人数がのされていた。
(とりあえず
§ § § § § § § § § § § §
☆☆☆ や ♡ などを入れていただけると、執筆のモチベーションとなって大変励みになりますので是非ともよろしくお願いします。
感想などお待ちしております。
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