第9話 他の転生者を探してみた

翌日の休日、海波かいは蓮輝れんきと繁華街のハンバーガーショップの二階から外を眺めていた。


「いない……よね? それにしても思ったより魔力探知の距離が出せないね……」

「そうだな。だいたい100メートルが良いところだな……」

「え? そんなに? 僕は30メートルくらいだよ。すごいねぇ」

「蓮輝、気配が出てしまっている。もうちょい魔力を体に押し込める感じで……威力を間違えるな」

「む、難しいよぉ、あんまりそういう訓練してなかったから……」

「やるんだ、相手に先に発見されてしまうぞ? 出来ないのなら約束通り家に帰ってもらうぞ?」

「うう……頑張る……」


二人は朝早くに落ち合い、軽く魔力コントロールの練習をした後に街に繰り出し、魔力の強い人間を探し、他の転生者を見つけようとしていた。


「それで、警察とかはいるの?」

「いないな、ここ数日で確認した顔は……このあたりにいない」

「……さすが元便利屋で斥候……」


海波は会話の流れで、便利屋で斥候……という事にしておいた。どうしても魔力を利用した訓練が、探知、索敵、忍び込む……など、裏稼業に特化しすぎていたために隠すのも面倒になってきていたのだった。


「僕も本格的に戦闘系の強化魔法を覚えておけばよかったな……魔力の身体強化がこんなに難しいとは思ってなかったよ。成績は「優」だったんだけどなぁ……」

「……学校の授業内容は知らないが、体を動かしながら魔力を使うのはかなりの訓練が必要だ……暇な時に付き合うぞ?」

「ありがとう……この力、中学の時に目覚めてれば……とは思うよね」

「……確かに、突然だったものな……」


海波は高校での顛末を蓮輝に話していた。話をすると終始申し訳なさそうにしていた。

海波がいじりと言うより「いじめ」のターゲットを肩代わりしてくれた形になっていたので、蓮輝は恩義を感じすぎて盲目的に何でも協力するような雰囲気になっていた。


「見つからないねぇ……ゲームみたいに「鑑定」とかできればいいんだけど……」

「……なんだ? それは?」

「ほら、人の上にステータス画面……レベルとか能力とか表示されるやつ」

「……ああ、現代のゲームか……術式組んだらできるかもしれないが……神の領域の力が必要そうだな」

「だよねぇ……魔力探知も現実的には、サーモグラフィ見てる感じだもんね……」

「サーモグラフィ……ああ、たしかにそう見えるな……さすが蓮輝。頭がいい」

「でへ……そんな事ないよ。あ、次の新作、そろそろ出るね」

「……家、貧乏だからな……バイトしないと、ハイエンドゲーム機や‘ゲーミングPCは買えない……」

「そっか……確か……お父さん亡くなって……あ、行方不明なんだよね……」

「ああ……」

「……この能力使って金稼ぎ出来ればいいんだけど……アイディア浮かばなくてごめんね」

「潜入したり……迷宮や墳墓を荒らすには良い能力だったんだが……」


海波は前世の世界を思い描いてみる。たしかに斥候やスカウトとしての能力をこの世界で生かすには……裏稼業くらいしか思いつかなかった。

山岳ガイドなどのレンジャー的稼業も考えたが、この世界の生態に詳しいわけでもない上、今の住所からは山までの距離がありすぎて現実的ではなかった。


「……この世界ではまっとうな便利屋稼業は無いものね……」

「地道に街の不良どもから金を巻き上げるか……」


海波は全く表情を崩さないで話をしていたので、蓮輝は冗談とは思えなかった。さすがに慌てて止めようとする。


「……報復があるからやめておいた方が良いと思う……あと、今の僕たちの力じゃ手加減間違えると殺人になるよ??」

「……たしかに、回復魔法使える転生者がいるといいんだが……」

「それ使えればひと財産だもんね……『加護』持ちだよね、それ……神の奇跡がこの世界でも使えるのかな? それにしてもいないねぇ……」


海波は壊しても治してくれる人と言う感じで話をしていたのだが、蓮輝は回復魔法単体で使うだけで儲かる……少しずつの常識の違いから話がずれている状態だったが、普段は割とボケボケな二人は気が付くことがなかった。


「ねぇ、海波君。ふと思ったんだけど……能力に目覚めたら……普通は隠すものかな?」

「……そうだな。安全を確保できると判断するまでは隠すだろうな」

「……だよね、ここまで見つからないと……相手も隠しているからわからない……って事なのかな?」

「あとは絶対数が少ない……俺と蓮輝の出会いは偶然だった……か」

「そうすると……僕ももう少し隠す訓練をした方が良いってことだね」

「そうなるな……」


二人はしばらく雑談をしながら魔力探知を続けていたが、成果が上がらなかったので、もう少し本格的に魔力の訓練をしようと場所を変えることにした。



§  §  §



それから二人は訓練のできそうな、魔力を使ってもバレなさそうな空地に向かって街を歩いていた。

突然、海波の魔力探知に引っかかるほどの魔力の持ち主が道の角を曲がってくる。


(魔力持ち……無警戒だな……探そうとしないと出くわすのか)

(え? あれ? 見覚えが……)


蓮輝が向かって歩いてくるギャル系女子に気が付き、手を振って挨拶をする。


「あれ? 紅華ちゃん? やっほー」

「え? 蓮輝! ……と白波? ……げ……おまえらも……か」

「……貴志田……確か……」


向かってくるギャル系女子は、二人に気が付くと驚いた表情をした後、いやそうな表情をする。


そんな彼女の顔を見て海波は中学時代を思い出していた。


貴志田紅華きしだこうか


女子力が高くお洒落な感じがする女子。たしか蓮輝と仲が良くて……彼に一方的に惚れていたような記憶があったが……付き合っては無かった……と、だいぶ虚ろになって来た「白波海波」としての記憶を思い出していた……それが強い魔力を纏っている……のと、反応が明らかにおかしいので転生者だとすぐに判明した。


「紅華ちゃん……君も……覚醒、「思い出した」の?」

「え? な、何の事かしら? あたしちょっと用事が……」


目が泳いで慌ててその場を立ち去ろうとする紅華の腕を、海波は目にも止まらない速さで鷲掴みにして立ち止まらせる。


「え? はやっ! あ、あの……ちょっと……」

「さぁ、こっちに来てもらおうか……」

「紅華ちゃん……ちょっとお話……いいかな?」

「ちょ、ちょっと、白波、その威圧抑えて……まじで怖いんだけど! ……わかったよ……ああ、平和な生活が……平穏な女子ライフが……嫌な予感はしてたんだよね……占いも最低だったし……」


貴志田紅華は天を仰いで、力なく海波に腕を引かれるがまま連行されていく。


(まさかこんな近くに……しかも知り合いが転生者なんて……)

(まだ不確定だが……何かありそうだな)

(あちらの世界の人みんな転生してきたんじゃないの?)

(こちらの世界の方が人間が多いから……可能性はあるな)

(……あ、そうか……そうなるのか……)



§  §  §



海波は二人を先導するように目的地に向かって歩いていた。

監視カメラが無く、騒いでも注目されない路地裏の空き地に向かっていた。

この数日の不良達への制裁に向かう最中で、町の監視カメラの位置や、使えそうな場所などの目星は着いている感じだった。


(なんか罪悪感があるんだけど……物凄いおびえてるし……そんな子じゃなかったと思うよ)

(ああ、快活な感じの子だったな……先ほど獲物に向ける感覚で魔力を向けてしまった)

(……なるほど、それで……あ、それなら気を紛らわせる方法あるかも)



「あ、あの……どこへ……」

「まぁ、いいから。海波君は悪いようにしないよ」

「……だけどさぁ……その、手……」

「これは逃げ出さないためじゃない? 多分。僕も少し疑問だけど」


海波の後ろを歩く二人はまるで恋人の様に手を絡ませて握って歩いていた。海波は紅華が逃げ出さない上、「悪い気がしない」方法を選択したつもりだった。嫌がりながらも満更じゃない感じがする紅華を見て作戦が上手くいっている事を確認する。



「さて、転生に気が付いた時間と、使える能力、ギフトを教えてもらおうか?」


「……嫌」

「ダメかなぁ……多分、今後僕らみたいな転生者が来たら相談できるし、海波君だったら相談に乗ってくれると思うよ? 便利屋やってたんだって」


紅華は「便利屋」の言葉に反応し、しばらく考え込む。


「……便利屋……そうか……そうだよね、魔術師もいるとしたら……魔力探知されたらばれちゃうんだもんね……」

「魔力のコントロールでこの世界の普通の人間くらいに抑える練習なら付き合える」

「え?! 本当? そんなことできるの?? 今からでも普通の生活を送れる??」

「ほら、僕もなんかできてるでしょ?」


魔力を抑える練習をしていた蓮輝が魔力をデフォルト状態まで開放して高めた後、魔力を徐々に抑えていく。紅華は驚きに目を見開く。


「案外すごいのね……分かった……それ、練習させて。まるで盗賊みたいな事出来るのね……」

「海波君は斥候だったんだって」

「……ほんとにぃ?」


疑いの表情を海波に向けるが、彼は無表情でどこ吹く風と言った感じだった。


(……なんかバレてない?)

(そうだな、おそらく外の世界とかかわりのある住人だったのだろう)


紅華は海波の事を中学時代はこんな冷静なやつだったっけ? と疑問に思いつつも先ほどの質問の返答に渋々と答えていく。


「っと、転生に気が付いたのは三日前、そのギフトは……固くするの。モノを……」

「……?」

「物質を硬化させるのかな? 何の職業についてたの?」

「……言いたくない」

「うーん、結構重要なんだけどなぁ、なんかやばい職業とかじゃないよね?」

「……堅気の仕事だよ……白波と違って」

「……」


容姿のわりに現実主義者的な貴志田紅華は「白波海波」の纏う雰囲気から、堅気じゃない人間だと判断していた。彼女の発言にも全く動じないところを見て、疑惑は確信に変わっていた。


「まずいのに目を付けられちゃったな……」

「え? なんでまずいの?」

「……なんと言うか……やっぱりあんたお人よしななんだね……」


紅華が蓮輝を見てため息をつきつつも、そんなところが好きと言う視線を送る。

もちろん天然気質の蓮輝は気が付いていない。海波はそんなやりとりを見て内心イラつく。


(いつもこうだったよ……思い出した……)

(なにがだ?)

(蓮輝はいつも、なんと言うか女子達に……人気が……)

(なんだ……嫉妬か……このモヤモヤした感じが嫉妬なのか)

(……う……冷静に言われるとなんだか……ゼフ、君は恋愛を……)

(しないことにしている。運が無いからな……)


海波の頭の中には「ゼフ」の時代の彼女らしき娘達が死んでいく姿がフラッシュバックしていた。

(……この世界だと大丈夫だと思うけど)

(……俺と関わると運がなくなる。そう受け取ってくれ)



紅華は少し考えながら歩いてむき出しの土がある場所まで移動する。


「まぁ、見てみて」


紅華は足で地面の土を軽く山の様にして、座り込んで念じる様に土の山に向かって魔力を放ち続ける。土の山が小さくなり陶器のような感じになっていく。


「……小さくなった?」

「圧縮されたのか?」

「魔力を帯びている様な?」

「そうだな……ん? 魔力が減っていく? 消えていくのか?」

「魔力は無くなったのに形は維持されているね、どうなっているのこれ?」


子供の様に興味津々で熱い目を二人に向けられて紅華が、説明しにくそうに答える。


「あたし……固くなる……イメージしかないんだけど……ごめん、良くわかってないかも……固くなるのよ、うん、固く……」


「検証が必要か……」

「そうだね、僕の力もコントロールできるようになったら、検証した方がよさそうだものね」

「そうだな……」


海波君が固くなった土を持ち上げくるくると回す。そして、かなりの魔力を込めた指でデコピンをする。固くなった土は吹き飛びとんでもない威力で壁にぶち当たる。


ドコォオン!!!


石が壁に打ち付けられた激しい音がする。固まった土は砕けることもなく壁にめり込んで貫通し、大きな穴をあけていた。


(……驚いた……想像以上の硬さだ)

(……ちょっと! こんな大きな音出したらやばいって!!)

(ああ、そうだな……すまない、遅かったかもしれん……)


「……す、すごいね……」

「ああ、すごい硬さだな……形が維持されるとは……」

「……あ、あたしには……あんたのデコピンの方が怖く見えるんだけど……」


かなりの音がしたので、遠くの方から人が近づいてくる音がする。ビルの階段のドアを開けて音の出どころを確認する人がいたが、ガラの悪い集団が近づいてくるのを発見して慌ててビルのドアを閉じて中へと戻っていく。


「……あ、すまない、二人とも隠れてくれ……」


「え?」

「わかった、えっと、じゃぁ、あそこに。紅華ちゃん、こっちに」

「な、なに?」


「お客さんだ」


海波は堂々と空き地の中心に仁王立ちして到着を待っていた。


(やっぱり……さっきから遠巻きに観察されていたのは……裏社会の人間だったんだね……)

(その様だな)

(穏便にやっておけば……)

(穏便にやった結果がアレだったんだろう?)

(そう言われると……)

(止めを刺せないのは……本当に面倒だ……)

(……頼むから殺さないでよ……)

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