第8話 告発してみた
§ § §
翌日の放課後、海波は職員室脇の会議室に呼び出されていた。
同時に海波の母親の
(……物々しい雰囲気だね……)
(そうか? 警官も随分と真っ当な人間に見える……)
(……あちらはヤクザの延長みたいな人が衛兵だったから……そう見えなくもないね)
(緊張が飛んだようだな)
(……ありがとう……)
「あの、海波がなにか……」
海波は部屋に入ってから挙動不審になり、オドオドとした感じになる母親を見て、やらかしてしまった感が強くなっていた。
(……ああ、母さん……すまない……僕が怒らなければ……)
(さすがにあの時は考えなしにやりすぎたか……記憶が戻った直後だから致し方ない……)
普通だったら悪いことなどをしていたら挙動不審になるものだが、表に出てくる性格や振る舞いが前世の「ゼフ」だったため、修羅場を潜り抜けすぎてきたせいか、この異常事態にまったく緊張をせず、我関せずな上に他人事状態でリラックスしていた。
教頭が海波に質問しにくい様で、言葉を選びながら質問をしてくる。
彼にもおそらく、海波を取り巻く情報などは届いている感じだった。
警察がいる手前、聞かないと駄目な状況になってしまった感じだった。ちらちらと警官を気にしすぎるところから、警察官の訪問は突然だったと簡単に推察できた。
「……ああ、なんと言うか……どう聞けば良いんだろうか……召田君、釜背君、豪利君、間空さん……の四名が、不思議な……なんと言えばいいんだろうか……家に泥棒が入った……わけじゃないのか……その……」
傍らにいた警察官が厳しい目で海波の動向、表情を見ながら、教頭の質問が質問になっていなかったので、遮るように質問をしてくる。が、こちらもかなり言葉を選んでいる感じだった。
「白波海波君……だったね。君は、一昨日の放課後……夕方四時前後だね、そのあたりでなにかやっていないかい?」
「ああ、一昨日の放課後ですが、先ほど教頭先生がおっしゃられた四名に校舎裏に呼び出されて、強制的な「格闘ごっこ」を受けて、いつも通りに「お小遣い」をねだられました」
その場にいた大人全員が、まったく予想できなかった海波の発言内容に驚き、お互いが目を合わせ、教頭や担任の先生、学年主任が挙動不審になり、その場をどう取り繕うかを目くばせしあう。
その様子を見ていた警察官がため息をしながら机をボールペンでトントンとしながら話を促す。
「ああ、そうだな。え~っと、その後の話なんだけど……」
「ええ、今まで彼らにお小遣いを「五十万円」ほどせびられて、渡しており、これ以上出せないと言ったところ、体を殴り飛ばされて校舎の壁に激突したんですかね……それ以降は記憶がありません。気が付いたら夜になっていて、慌てて家へと帰った感じです。あ、これが証拠ですね」
海波の突然の発言内容に唖然とする大人たちをしり目に、海波は服をまくり上げ、いたるところに青あざが出来た体を見せる。
「……ああ、なんてこと……」
母親の表情が悲しみに包まれ、先生達の顔がはたから見てもわかるくらいに青ざめていく。
先生達は、見て見ぬふりをしている所があったので、彼らからたかられているのを知っている感じだった。様子を見るからに黙殺していると感じていたのは正解のようだった。
「……これは……暴行事件ですね……ちょっと、署から応援呼びます……」
「海波……ああ、こんなになるまで耐えて……」
(……え? なんでこの反応??)
(海波、君を心配しているのだろう。良い母親だな)
(……そうか……そうだね……)
「白波海波」はてっきり、お金を持ち出したことを怒られるかと思っていたが、予想していたのとまったく違う反応に驚いていた。
「ごめんなさい……高校に入る前からおかしかったのは気が付いていたの……まさかこんな事になっているなんて……」
「……ごめん、金、持ち出して……」
「いいの……お金の問題じゃないわ……死なないでくれれば……いいんだから……ありがとう、話してくれて……」
母親に泣きながら抱きしめられ、海波はとまどってしまう。
彼の心の中では怒りを受け止める準備が出来ていたが、泣かれるとは思っていなかったのだ。
海波は、「白波海波」として生きてきた心、感情がかなり薄くなっていることに気が付かされていた。
それと同時に、思い通りの展開になり、内心はうまくこの場をやり過ごすことだけを考え始めていた。
(はぁ、やっぱりこんな展開になったじゃないか……)
(警察がいる状態で話すのがベストだろう? これで母親の画像がバラまかれることも無いだろう?)
(だけど、母さんが……母さんに知られたくなかった……)
(最初にしっかりと話して、大人たちに相談していればこんなことにならなかっただろうに。この世界の大人は信頼できる人間が多い様だしな)
(……そうだね……僕が抱え込んだせいで……)
それから、先生達の言い訳を聞きながら時間を過ごしていると、応援の警察官たちが到着する。教師達とは別室に連れていかれ、詳しい事情聴取が始まる。
海波は、最初の事の成り行きから、相手が母親の写真を撮って脅して来て従わざるを得なかった事、教師たちは見て見ぬふりをして相談できる状態だと思えなかったこと、いつネットに画像が上がるか分からなかったので、相談すると色々な人に迷惑がかかる……など、記憶を取り戻す前の「白波海波」として思っていた事を全部伝えた。
渦中の「白波海波」としての判断に間違いが多く視野が狭かったが、転生前の記憶と人格が戻り、客観視できたおかげでしっかり判断ができ、堂々とモノを言えるようになっていた。
すべてを聞いていた母親からはしきりに謝られ泣きつかれ、警察官達もどうしたものかと、と惑う感じだった。
(まさか全部話すとは……思わなかった……母さんが悲しんでるよ……)
(ここで全部話をしておいた方が後々を考えると良いだろう。そもそも君も母親も被害者なのだ)
(そうなんだけど……)
「あ~、これは確認になりますが、一昨日の夜に、ソーマ君になにがあったかは知らない……で良いんですよね?」
「はい、知りません。なにかあったんですか? 起きたら誰もいなかったので……」
(……君はすごいな……嘘をついてもまったく物怖じしないなんて)
(命のやり取りをしているわけじゃないんだ……そこまで緊張をする必要もないだろう?)
(住んでいる世界が違うと、心の構造も違うんだね)
(そうだな……俺もこの世界に生まれていれば……まったく違う性格だったかもな)
警察官はお互いに目を合わせて、何やら裏で話をすると、海波たちはいったん家に帰っていいということになった。
後日また、暴行、恐喝事件に関しては調査後、連絡をするとのことだった。
§ § §
海波は帰り道に母親と並んで歩いていた。
「海波……ごめんなさいね……気が付いてあげれなくて……変だとは思ってたの……」
「いいんだよ、母さん、警察が動いてくれれば、あとは大丈夫だろう?」
「私の裸ななんて、価値が無いんだから……気にしなくてよかったのに……」
「……息子としては、母親を守るのは当然でしょ?」
「……海波……ありがとう」
海波の日本人ならば恥ずかしくて言えない様な発言を受けて、母親は照れながらも感動している感じだった。
(……僕が思った事を口で言わないでほしいな……)
(伝えなけれた伝わらない事がある……それに伝えられるうちに話す方が良い)
(……経験談……あ、そうか……そうだよね……死んだら……)
(ああ、死んだら何も伝えられない……)
海波の頭の中には「ゼフ」の時の記憶、死んでいった仲間達や自分の死んだときの記憶がフラッシュバックしてくる。「白波海波」は何とも言えない気分になっていた。
「俺、夏休みにバイトするから……金が返ってこなくても……返すよ」
「そうね……ありがとう。あれ、あなたの学費の予定だったから……助かるかも」
「それじゃ……死ぬ気で働かないとね……」
母親はしばらく嬉しそうにしていたが、しばらくして真顔に戻る。
「……それよりも死ぬ気で勉強して……この前の成績……見たわよ」
「……あ、ああ……考えておくよ……」
海波はそこまで勉強が得意でないので、母親の希望には添えなさそうと思っていた。
それよりも、折角思い出した前世の力を利用して、勉強以外の何か良い人生プランが無いか本格的に考え始めていた。
§ § §
その夜、母親が寝静まったのを見計らい、アパートの前にも警察などの見張りが付いていないのを確認して抜け出した後、海波は召田宗麻の家の近くの屋上に潜んでいた。
(さてっと……)
(あ、やっぱり昨日とちがって警察が周囲を見ているね)
(……事件は把握しているが、相手がわからない感じか……俺は被疑者に入っている感じか?)
(それはわからないけど、なんか……立って周りを気にしているだけだね……あれが警備?)
(犯罪がそうそう起きない世界だ。敵が襲ってくるわけでもないからそんなものだろう)
海波は見張りに見つからないように高速で気配を消しながら移動をする。部屋のベランダに着地して窓を調べる。カーテンと言うより、シーツの様なもので部屋が塞がれていた。
(気配が複数あるな……何を大声で話しているんだ?)
(なにか言い合いをしているように聞こえるけど……)
海波は中の気配は分かったが、何をやっているかわからなかったので窓を覆っていた布の一部を能力を使って『粉』に変えて中を見える様にする。
部屋の中では布団にくるまった召田宗麻が、ドアの外で部屋に入ろうとしている母親に怒鳴り散らしている様だった。
「だから、何度も言っているだろ! やってないって!」
「明日、事情を聞きたいって……ねぇ、お願いだから部屋から出て話をして頂戴、お願いだから……」
「う、うるさいっ! 俺は被害者だっ! そ、そんな事はしてない! 何も知らないっ!」
(……なんかイライラしてきたんだけど……)
(そうか……ではやるか……)
海波は、個人的に反省の色が感じられなかったと思い、宗麻が頭から被っている毛布を端から徐々に粉へと変えていく。
「へ? う、うわっ、またっ! ひいっ!」
宗麻は慌てて毛布を投げ捨てて、部屋のドアを開けて逃げ出す。ドアの前に立っていた母親は突き飛ばされ、外を警戒していた警察が家の門へと慌ただしく移動する。
それを見ていた海波は次のターゲットへと移動を開始する。
(……あちらの親御さんがかわいそうになってきた……)
(あの子供を放置してきた罪もある。更生するまでがんばってもらおう)
(……そう言う考え方もあるのか……)
(さて、君の母親に心配されないように早めに片付けて家に帰らないとな……あとの三軒も簡単だといいんだが……)
誰に気が付かれることもなく、海波は街の灯りに溶け込んでいった。
§ § §
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