第6話 青き竜は再度運命を拾う
川の上空で、青い空をうねりながら其れは近づいて来ていた。
鹿のような二本の角に牛のような耳。駝に似た頭に、項は蛇で腹は蜃。二本の掌は虎のように逞しく、鋭い爪は鷹のよう。身体を覆う鱗は鯉のごとく、長い二本のひげは鯰のそれだ。
青い鱗に真っ赤な二粒の目を持った婉しい竜だった。
竜は頭から谷に突っ込み、強力な結界を突き破って川に沈んだ。
川の中に沈んだ竜は何かを探すように頭を左右にぐるりと動かした。
群青の背景に白い水草のような紙が揺れている。ゆうらゆうらと妖しく揺れる紙の間から見え隠れしている毛糸車の中に目を閉じて横たわる娘を見つけた。
竜は水を掻いて近づこうとしたが、目の前に 蛟が現れて行く先を塞がれてしまった。
『汝は青竜ではないカ。邪心を抱キ、穢れを孕んで邪竜に成り果てたと聞いていたガ、何も変わらぬではないカ』
蛟はどこか親し気に竜に話しかけた。
「彼女を返せ」
しかし竜はまるで何も聞いていないかのように返した。
『ホウ。この娘を狙って来たのカ。この娘は清く美しいからナァ。汝も穢れを吐く毒の器として欲しているのカ』
「違う」
『では汝はこの娘を何とすル。この娘はこの地の穢れを取り込んだ我の毒を受ける器として人間共から捧げられたのダ。人間共の界では用無しも同義。我が花嫁以外の道はなかロゥ』
「黙れ。彼女を冒涜するな。彼女を返せ」
『返すものカ』
「では奪うまで」
竜は尾で水を叩き、蛟に襲い掛かった。白と黒の鱗が泡のように飛び散る。蛟は紫色の目を光らせて応戦し、二匹は複雑に絡み合った。
掻きまわされた水から泡が湧いて視界が悪くなる。蛟の視界が大きな泡で塞がれた頃合いを見計らって竜は蛟から離れ、真っ直ぐに碧緒の元へ泳いだ。
『穢れた竜メ! 我が花嫁に触れるナァ!』
蛟は急いで水を掻いたが、竜はすでに碧緒に手の届く距離にいた。
竜が腕を伸ばす。すると虎のような掌がたちまち人の手に変わり、強引に結界を解いて碧緒の冷えた身体を抱き寄せた。
途端、爆発したような衝撃が起こり、凄まじい速さで白く長い紙が螺旋を描きながら天に昇っていった。
ぐるぐると円を描きながら、白い紙がより細く、筋のように伸びて絡まっていく。
そうして谷川に一本の巨大な白い樹が立った。白樺のように真っ白で美しい樹だが、形は齢何千年も迎えた屋久杉のようである。ただ幹はあれど枝は伸びておらず、代わりに頂点では蔓を巻き付けたように白く細いものが絡み合っていた。
しばらくすると絡み合ったものがひとりでに動き出して四方八方に伸びていき、中から人が現れた。
男だった。青みがかった黒髪の先から水を滴らせ、艶めく唇を真一文字に結んでいる。腕には青白い肌をした碧緒を抱えていた。
男、東方青竜一門当主、東方 竜臣は、ぐったりしている碧緒の気道を確保してその青くなった唇に自分の唇を押しつけた。ほどなくして碧緒はごぼごぼと水を吐き、自分で呼吸し始めた。
竜臣は碧緒の胸に耳をつけ、目を閉じて鼓動を確認した。
「足垂 竜樹」
赤い瞳が近寄って来ていた竜樹を捕らえる。
「この娘、捨てるのならば俺がもらう。良いな?」
低く、地を這うような声であった。
竜樹は男をじっと見つめたまま、答えなかった。
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