第6話 炎上案件とまずい紅茶

 カイラとの会話で、グロリアの二度目の人生は母が亡くなった直後の十歳から始まったことがわかった。


 前世では落馬事故後、娘を心配したふりをした父が「傷心の娘には家族が必要だ」と言って愛人とその息子、アランを家に連れてくる。

 そして嫡女として教育を受けていたグロリアを差し置き、アランを公爵家の跡継ぎに据えるのだ。


 グロリアはペンを置いて手鏡を手に取った。


 「お前の世界では、こういう出来事を〝炎上案件〟というのでは?」


 グロリアが手鏡の中の亡霊A子に問いかけると、彼女はとまどったように答えた。


 (そうだけど……そっか、悪役令嬢ってある意味被害者なのね……かわいそう)


 「……止めよ、不愉快だ」


 手鏡を伏せて机の上に置く。


 一日中喋り続けるA子に辟易したグロリアは、二人の間にルールを作った。


 人がいるときに話しかけない。

 会話はグロリアが鏡を使っている時だけ。


 伏せた手鏡をさらに机の端に追いやって、グロリアは手紙の続きを書きだした。


 宛先は叔父のホレイシオ・フォン・コードウェル伯爵である。


 ルールを守って黙ったA子のいう〝逆行転生前〟ではその当時、父の所業を止められなかった。


 十歳のグロリアは全てを自分でできなければ貴族失格なのだと思っていた。本当はそちらのほうが貴族としてふさわしくないということに思い至れなかったのだ。


 たとえばグロリアは馬に蹄鉄を取り付けることはできないが、むしろそんなことができる令嬢はおかしいだろう。それは使用人の仕事だ。自分ができないことは人にやらせればいいのだ。


 だから父より優秀と評判の叔父に、さっさと内情を知らせた。

 それが父にとって一番嫌なことでもあると知っていたからだ。


 叔父はすぐに飛んできた。


 妻の死の直後に平民の愛人を後妻とする体裁の悪さや、隣国の王女であった妻の名誉を汚せば隣国との同盟関係にもヒビが入ることを大嫌いな弟に噛んで含めるように言われた父は、「言われなくても百も承知だ」と猛反発し、愛人と会うことすらやめてしまった。


 今書いているのは、おかげで醜聞を免れたことの叔父へのお礼状であった。


 「休憩しましょう、お嬢様!」


 茶器をカチャカチャ鳴らしながら、ケイトが部屋に入ってきた。

 無作法さに眉をひそめそうになるが、それではカイラに優しくした意味がない。


 あのあとカイラには、〝母の死と愛人に夢中な父のせいで落ち着かず、人とうまく接することができない〟のだと涙とともにほろりとこぼしてみせた。


 唯一お見舞いに来てくれたあなたに私と同い年の娘がいるのなら、大事にするから話し相手になってほしいと手を取ったら、わかりましたと言ってカイラはなぜか泣いた。


 ケイトは本来なら小間使いとして公爵家に雇われ始めた頃で、グロリアの専属メイドになるのはもう少し先だ。

 前世より早く専属メイドとなったが、幼いので全く役に立たない。が、ケイト本人は「かわいそうなお嬢様のために特別に選ばれた」と張り切っているらしい。


 そう仕向けたのだから仕方がないが、ケイトの馴れ馴れしい態度はたまに頬を叩きたくなる。


 「王都で一番人気のお茶です!」


 音を立てて置かれたカップには濁った紅茶が湯気を立てている。その揺れた水面に、歪んだグロリアが映る。


 (ね、ケイトはこんなに無邪気に懐いてるのに、復讐なんか本当にするの?)


 水面を鏡扱いして話しかけてきたA子に、グロリアは断頭台から見上げた光景を突き付けた。

 刃に首をさらすグロリアを見下ろし、せいせいするとでも言いたげなケイトの顔を。


 「ケイトも座るといい。一人だとつまらないからな」


 心にもないことを言うと、少女はパッと顔を明るくして正面に座った。

 グロリアはカップに口をつけながら思う。


 もしもこの世に神がいるなら、それは絶対に復讐の神だろう。

 でなければ世界を呪って死んだグロリアを、どうして生き返らせるのだ。


 「おいしい」


 にこりと笑って、グロリアは渋くて香りがしない紅茶を飲み干した。

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