第5話 川の水が流れるように
A子の知識では、砂糖は麻薬と同じくらいの強い中毒性があるのだという。
疲労回復に菓子を食べると良いといわれるのはこちらの世界でも同じこと。疲れた身体を癒す砂糖のように、弱い人間にはその弱さすら肯定する聖女の甘い態度はたまらなく心に染みただろう。
断罪されないためにA子が立てた計画の中で、ことさら「人に優しくする」と言っていたのは、それが簡単に心に響くからだ。
「足りないものを埋めるために努力せよ」という正論は聞くことすら苦痛だが、「あなたの長所は他にあるのだから、嫌なことはしなくていい」という優しさに従うことは川の水が上から下に流れるように易しい。
思うに優しさとは〝特別扱い〟のことなのだろう。〝特別に人間を駄目にする扱い〟のことなのだ。
(全然ちがーう! 〝優しさ〟って言葉辞書で調べて!)と、脳内で抵抗するA子を無視して、入室したあと困惑して立ち尽くすカイラへ問いかけた。
「どうして私はこんな昼間に寝ていた?」
「あ、お嬢様は、乗馬の練習で、草むらから飛んできた蜂に驚いた馬に振り落とされて頭を打たれたのです」
「……ああ」
母が亡くなった直後にそんな事故があったことを思い出した。
馬場の整備と馬の調教を怠った庭師と馬丁を解雇した覚えがある。
そして一度目の人生も、今も、雇い主の娘が怪我をしたのに、貴族出身の侍女たちは様子を見に来なかった。きっと意識のない人間を見舞うことを面倒くさがって平民のカイラに押し付けたのだろう。
職務怠慢を罰するべきだ。そして一度目の人生では間違いなくそうしたのだが、グロリアは怒りをぐっとこらえた。
「そう……」
平民と親しく口をきくなど虫酸が走る。だがこの女の娘は、一度目の人生にグロリアのことを裏切ったケイトなのだ。
だからグロリアは怒りを飲み込んで口を開いた。
「私の様子を見に来たのは、お前だけだったの……」
見舞いが下級メイドだけだったからといってグロリアは悲しくもないし、感謝する気も全く起きない。ただ、この場合は泣くべきだろう。
「ありがとう」
生ぬるい砂糖水のような聖女の態度を手本に瞳を涙で潤ませ、健気にみえるよう微笑んだグロリアに、カイラは胸を突かれたように息を飲んだ。
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