第4話 甘さの分量
ノックのあと、グロリアの返事を待ってメイドがおずおずと入ってきた。一度目の人生でグロリアを裏切ったケイトの母親、カイラだ。
姿見の前で仁王立ちするグロリアを見てぎょっとしたカイラに、感情を表情に出すようでは公爵家のメイドとしては無能だといら立った。
A子が言う〝逆行転生〟をする前の自分であれば容赦なく鞭で打つところだが、それが積み重なった結果が断頭台であったと今ならわかる。
亡霊の言うように「人に優しくしなかったから」ではない。
一罰百戒の効果を狙って、露骨に鞭を打ったのがいけなかったのだ。
グロリアは至らぬ者を自らの手で罰することが、上に立つ者の義務、貴族の責任であると思っていた。下人の失敗に対して甘い態度をとれば、増長する者が必ず出てくるからだ。
生き馬の目を抜くような社交界において、評判は家の浮沈を決めるといっても過言ではない。大勢の意識が規範遵守に向くのならば、見せしめは必要だと考えていた。
それに対して聖女は、グロリアから見れば生ぬるい砂糖水のような女だった。
くるくると表情を変え、不快も不満も口には出さず「私が悪いの……」と泣いてみせる。階級社会の頂点に等しい聖女でありながら、ことあるごとに〝平等〟を謳う貴族としては不適格な娘。
それなのに王太子たちは彼女の気持ちを汲んで、聖女を泣かせた者を罰するために動き出す。そうしてグロリアは処刑された。
聖女は砂糖のような甘い態度で自分よりも力のある者たちの心を掴み、依存させ、手足のように操った。
つまり聖女は、王太子と側近たちの精神的なご主人様だったのだ。
A子の世界では、ただの死よりも社会的な死のほうがきつい罰となることがあるという。
こちらの世界でも同じだ。それを知っていたというのに、肉体的な罰ばかりを選んでいた自分はなるほど未熟であったと、グロリアは反省した。
幸運にも巻き戻った時間軸で生き返った今、自分のそういう部分は直す必要がある。
グロリアを死に追いやった彼らを殺したいほど憎んでいるが、肉体の死だけが復讐になるわけではないのだ。
人に優しくすることで巡り巡ってより苛烈な罰を与える聖女の手腕は、そうやって陥れられたグロリアにしてみれば見習うべき点である。
自分の存在を気づかせぬよう巧妙に、それぞれの人物にふさわしい結末を与えることを、グロリアは誓った。
生ぬるい砂糖水でも、量と与え方さえ考えればちゃんと殺せる。
グロリアは身をもってそれを学んだのだから。
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