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第7話 使用人と花
花はきれいだし、部屋に飾ってあれば心が華やぐ。
しかし今日見た花束の一輪一輪全ての種類と形状を、はたして十年後に覚えているだろうか。
いつどこで誰から贈られたのかという、花束を手に入れる過程のほうが記憶に残っているだろう。
グロリアにとって使用人とはその花束のようなものだ。
枯れたら取り換える花のように、使用人とは使えなくなったらいつの間にかいなくなり、新しく補充されるものである。
よほど特殊な技術を持っているか、有力な貴族家から教育を頼まれた者しか記憶に残らない。
カイラの欠勤に気づいたのは、その娘のケイトに裏切られ殺されたという前世があったからだ。
そのケイトがここ最近大人しいことにも、違和感を覚えた。
近々、教会が主催する孤児院のバザーに公爵家も慈善事業として参加する予定がある。そのバザーに寄付するハンカチへ刺繍をしながら、グロリアはこちらをチラチラと気にしながら刺繍糸を整理しているケイトの様子をうかがう。
使用人のことなど、A子が披露する「エビの内臓は頭にある」という豆知識くらいどうでもいい。
しかしあからさまに事情を聞いてほしそうにするケイトを無視するのもよくないだろう。とりあえず学園卒業までは、グロリアを信頼しきったケイトを駒として手元に置いておく必要がある。
聖女や王太子たちは、ケイトをグロリアの情報を得るためのスパイとして使った。聖女に心酔していたケイトはさぞかし使い勝手が良かったに違いない。
グロリアはケイトをかわいがっていた。グロリアなりに。
平民だが公爵家のメイドが務まるように手元に置いて鍛えた。貴族に仕えるための分別を手ずから教えてやったのだ、彼らにとっては痒い所に手が届くような存在であっただろう。
王太子と結婚したら王城へ連れて行こうと思っていたくらいだ。見事に裏切られてしまったが。
「何があった?」
仕方なく刺繍の手を止めて問いかけると、ケイトは途端にどんぐりのような茶色い目から涙をあふれさせた。
「お、お嬢様ぁ……っ」
逆行転生前には駄目なところを厳しく躾けた。しかし屈服させて躾けることよりも、これからグロリアがするべきなのは前世で聖女がして見せた〝懐柔〟である。
ということは、主の問いに対して自分の感情を優先させるような使用人をこのまま飼い続けることになるのだ。
ほとほとうんざりした。
「カイラに何かあったのか?」
知りたいのは気持ちや感情に引きずられた体の反射ではなく、「お前の母親はどうしたのか」という情報である。
問い直すと、ケイトはしゃくりあげながら答えた。
「お母さん、病気になっちゃった……! 咳がすごくて、熱もあって……ずっと目を覚まさないの!」
なるほど。と、小首を傾げながら、どこかで聞いたことのあるセリフだとグロリアは記憶を掘り起こす。
(あー、えっと、今話しかけていい? 緊急事態というか、これ、ゲームのやつ!)
焦ったように言葉を発したのはA子だった。
(ヒロインとケイトの出会い編でちょろっとあった、ケイトが悪役令嬢を心底嫌うきっかけになったエピソード! これをうまく乗り切らないと、ケイトは〝お助けキャラ〟って役割でヒロイン陣営の子になっちゃうから……)
グロリアはその言葉と一緒に脳内へ展開された映像に、なるほどと納得した。ケイトの聖女心酔のきっかけが、それだったとは。
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