第2話 後輩ちゃんとシュテレンガーのスカート

「先輩ー。ほらほら、これなんてどうです?」


 後輩ちゃんが上目づかいに僕を見て甘い声を上げる。


 僕は黙ったまま、最初につかんだトランプを取り上げた。

 後輩ちゃんが「ああっ」とうめき声をあげて天を仰いだ。



 放課後。ゲーム同好会では、いつものように後輩ちゃんと僕の二人きり。

 持ち込んだ宿題も終わったので、二人ババ抜きをやっている最中である。


 後輩ちゃん。人を惑わすようなことをよくする割に、ゲーム中は顔に出やすいから、分かりやすい。

 なんてこと思いながら、対になったトランプを机の置こうとしたら、誤って一枚、机の下に落としてしまった。



「んーしょ」


 僕は椅子から降りて、身をかがめるようにして机の下に落ちたトランプを探す。

 えーと……あった。後輩ちゃんの足元だ。上履きが見える。


 僕が手を伸ばそうとすると、後輩ちゃんが、さっと両脚を閉じた。

 机の下に降りてきた手が、すそを抑えるように、スカートの上に乗っかる。



「あ、ごめんっ」


 僕はさっさとトランプを取って、慌てて顔を上げた。

 そういうつもりはなかったし、実際見えなかったけど、後輩ちゃんのスカートの中を覗き込むような感じになってしまったんだ。



「い、いやっ、良いんですっ。すみません。先輩がそういうつもりじゃないのは分かってるんですけど、つい何となく……」


 後輩ちゃんが慌てた様子で、ぱたぱたと手を振る。

 女性からあまりに自意識過剰な態度をとられると傷つくけど(エスカレーターでスカートを抑える等)、今回は別に普通の対応だと思う。ああやって覗き込まれたら誰だって反射的に隠そうとするだろう。


 それにしても普段は結構アレな性格だけど、これが素の後輩ちゃんなのかな。



「……でも先輩も男の子ですし、実は後輩ちゃんのスカートの中が、気になったりします?」


 あ、やっぱりいつもの後輩ちゃんだ。


「いや、別に」

「ええっ!」


 僕の即答に後輩ちゃんがショックを受けたような顔をした。


「あ、別に後輩ちゃんが、というわけじゃなくて、全体的な意味で。だって学校の女子って、普通スカートの下に体操着を履いてるでしょ」


 別にそこまでパンツ見たいわけじゃないけど、ふとスカートの中が見えてしまったときそれが体操着だったがっかり感は、世の男子諸君なら分かってくれると思う。

 その予防線で、パンツなど見られないと思うようにしているのだ。


「あー。そういうことですか」

 後輩ちゃんがうなずく。


「でも、あたしも体操着履いてることありますが、別に毎日ってわけじゃないですよ。体育が無くて暑い日とか、その日の気分やらなんやらで、そのままの日もありますし」

「へぇ。そうなんだ」

「はい。そうですっ」


 女子の後輩ちゃんがそういうのなら、そういうものなんだろう。


 じゃあ今日の後輩ちゃんはどっちなのかな。

 流れでそんなこと考えてしまったら、まるで僕の思考を読んだように、急に後輩ちゃんが、ぱっと椅子から立ち上がった。

 そしてくるりと身体を回転させて、ふわりとスカートを翻し、僕を悪戯っぽく見て、言ったのだ。


「――先輩。今日のあたしは、どっちだと思います?」




  ☆☆☆



「先輩ー。ほらほら、これなんてどうです?」


 後輩ちゃんがウキウキとした様子で、スカートのすそを軽く持ち上げている。

 もちろんその先は分からない程度だけど、普段見えない露わになった白い太ももを、僕に見せつけるようにしている。


 女子の制服は、濃緑のチェック柄のプリーツスカートだ。校則は知らないけど、だいたい膝丈より少し上くらいの長さの子が多い。普段の後輩ちゃんはそれよりちょっと短めくらいだ。

 もちろんそれくらいの長さでは、中が見えることはない。

 後輩ちゃんだってそれが分かっているから、下着のままって日もあるのだろう。


「いやぁ。先輩も憎いゲームを考えてきますねぇ。先輩の答えが正解か不正解か伝えるためには、どっちみち見せなくちゃいけないじゃないですか。あたしがただ口で言うだけじゃ、シュテレンガーのスカートになっちゃいますからね」

「言い出したのは後輩ちゃんじゃ……ていうかシュレーディンガー」

「で、先輩。どっちだと思います?」


 無駄に身体をくねくねさせている後輩ちゃんに速攻でツッコミ入れるけど、どこ吹く風。


 まぁ確かに後輩ちゃんの言う通りで。

 口ではどうともいえるので、確実な正解を示すためには、見せるしかない。


 んー。そう考えると、スカートをめくりあげても無害な、体操着を履いている可能性が高いかなぁ。


「ええ。さすがにパンツ見せるのはあたしも恥ずかしいですけど、ルールじゃ仕方ないですよねぇ」


 とはいえ、さっきトランプ落としたときの後輩ちゃんの反応を見ると、履いていない可能性もある。ていうか、後輩ちゃん「パンツ見せるの」って言っちゃってるし。

 まぁそれは言葉のあやだとして、実際は体操着履いてても、反射的に足を閉じちゃう場合もあるだろうし……


「本当にちょっとだけですよ。一瞬ですからね。あ、それとも先輩。嫌パン的な感じがお好みですか? あ、嫌パンというのは、嫌な顔をしながらパンツを見せるという……」


 あー。なんか面倒くさくなったから、どっちでもいいか。


 なぜか後輩ちゃんは、めっちゃ乗り気だけど。

 結果的に、僕がどっちを選ぼうと、後輩ちゃんはスカートをめくりそうだ。


 だとしたら答えは、体操着履いてる、の方がいいだろう。

 パンツと答えて体操着履いていたら、後輩ちゃんから笑われそうだし。



 というわけで。


「じゃあ、僕の答えは――」


 と言おうとしたとき。

 無駄にぴょんぴょんしながらスカートを翻していた後輩ちゃんの動きが、ぴたりと止まった。

 そして、何かを思い出したかのような表情に変わる。


「……後輩ちゃん?」

「あ、えっと、その。やっぱナシですっ。今回のゲームはナシで!」

「え?」

「そうですっ。パンツ見せるなんてえっちです。えっちなのはダメなのです」


 別に見えはしないのに、スカートのすそを抑える後輩ちゃん。なんか、反応がさっきまでと正反対なんだけど。


 えーと。これはあれか?

 体操着履いているので余裕だったけど、実は履いていないことに気づいて慌てだした、ってやつかな?


 でもそれってあるかなぁ。履いているかどうかなんて普通は分かりそうだし。

 仮にそうだとしても、後輩ちゃんは、スカートの上から手で触って確認しようとはしなかった。

 何かを思い出したっぽいけど。


「というわけで、後輩ちゃんは用事が急にできましたので、今日は帰ります。今度ゲームするときは、ちゃんとパンツ見せてあげますから、そういうことでっ」


 そそくさと帰り支度を始める後輩ちゃん。

 言っていることが支離滅裂なんだけど。

 今日はダメなのに、今度はちゃんと、って……



 あ。


「――もしかして、キャラもの?」



 返事はなかった。

 けど、髪の毛の隙間から覗いている後輩ちゃんの耳が、赤く染まっていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

後輩ちゃんとシュテレンガーのおっぱい 水守中也 @aoimimori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画