後輩ちゃんとシュテレンガーのおっぱい

水守中也

第1話 後輩ちゃんとシュテレンガーのおっぱい

「先輩、シュテレンガーの箱って知ってますか?」


 放課後。いつものように部室で適当に過ごしていると、後輩ちゃんが唐突に話題を振ってきた。



「えっと。たぶん、シュレーディンガーの猫、のことだよね」


 いろいろ間違っているけど、後輩ちゃんが言いたいことは、何となく理解できた。

 どうやら僕の推測はあっていたみたいで、後輩ちゃんがそのまま話を続けてくる。


「あれって、箱の中に猫を入れて、そこに毒ガスを流しても、猫が生きているか死んでいるかは、箱を開けるまで分からない、って話ですよね」

「ていうか、毒ガスは出たか出てないかが分からない状態で、って話だけど、まぁその認識であってると思うよ」


 毒ガス噴出前提じゃ、さすがに猫死んじゃうだろうし。

 ま、僕も専門じゃないから、適当な認識だけど。


「箱を開けるまでどっちか分からないってことは、要は2分の1ですよね。つまりSSR1%のガチャも、回すまでは50%の高確率理論っ!」

「それは適当な認識の僕でも、違うと言えると思うよ」


「とまぁ、冗談はさておき、シュテレンガーにちなんで」

「だから、シュレーディンガー」

「――ひとつゲームしてみませんか?」


 後輩ちゃんが上目遣いに、いたずらな笑みを僕に向けた。



 僕と後輩ちゃんは、ゲーム同好会に所属している。

 ゲーム同好会といっても今はやりのeスポーツではなく、レトロなボードゲームや、道具を使用しないゲームを楽しむ部活だ。

 本家のeスポーツ部があることもあって、こっちは閑古鳥な同好会。

 幽霊部員――じゃなくて会員?も何人かいるはずだけど、部室にいつもくるのは、僕と後輩ちゃんだけだ。


 ちなみに「後輩ちゃん」。もちろん彼女の名前は知っているんだけど、本人からそう呼んで、と言われているので、そう呼んでいる。僕は「先輩」だけど、逆に後輩ちゃんは僕の名前を知らないのかもしれない。



「ところで聞きますが、先輩って、まだ女の子と付き合ったこと、ないですよね?」

「うん。まぁ……」


 唐突な質問だったけど素直に答えた。見栄を張りたいところだけど、事実なので仕方ない。

 彼女どころか、クラスの女子ともあまり接点がなく、会話を交わす女の子と言ったら、後輩ちゃんくらいだ。


 後輩ちゃんを「彼女」とか「付き合う」とかそういう風に意識したことはないけれど、とはいえやっぱり異性なので、いろいろ目が行ってしまう。

 ふわりとした黒髪のボブカット。ばっちりとした瞳が印象の愛らしい顔立ち。全体的に華奢で小柄だけど、そこは年頃の女の子。ちゃんと制服の上からでも胸の膨らみが――


「ということは、女の子のおっぱいも、触ったこと、ないですよねぇ?」

「ぎくっ」


 後輩ちゃんがにやりと笑った。まるで僕の思考を読んだかのタイミングだ。


「そんな先輩にプレゼントです! なんと、あたしのおっぱい、触ってもいいですよ」

「……なにそのエロ展開?」


 思わず冷静なツッコミが口から出た。

 おっぱいの魅力より、うさん臭さが勝った。


 ――とはいえ僕も思春期男子なわけで。

 なんとなく視線が後輩ちゃんの胸元に向いてしまう。


 女子の制服は、白いブラウスに紺のニットセーターという組み合わせだ。

 制服の上からは、巨乳というほどじゃないけど、じゅうぶんに柔らかそうな魅惑の丘が見える。今は後輩ちゃんがこれ見よがしに胸を反っているし。


「ただし、先輩には、目隠しをしてもらいます」

「目隠し? 見えなくても……あ、そういうことか」

「はい。そういうことです」


 おっぱいの感触を嬲るように味わうだけなら、視覚が遮られても問題ない。

 けど後輩ちゃんは、「ゲームをしてみませんか?」と言った。そして先ほどのシュレーディンガーの話。


 つまりはこういうことだ。


「目隠しをした状態で後輩ちゃんのおっぱいを触る。けどそれは、必ずしも後輩ちゃんのおっぱいとは限らない、ということだね?」

「そうです。さすが先輩。飲み込みが早いです」


 後輩ちゃんがにこりと笑ってうなずいた。


 目隠しをしていたら感触はあっても、それが本当におっぱいなのかは、断言できない。目隠しをとって自分の手の先にあるものを見て、初めて真実を知ることができる。

 まさに、箱を開けるまで生死が分からない、シュレーディンガーの猫状態なのだ。


 後輩ちゃんのおっぱいだと思って、僕がぐへへと揉んでいるモノは、実はぬいぐるみか何かで、そんな僕の様子を後輩ちゃんが笑いながら見る。

 それが後輩ちゃんの狙いだろう。


 まさか本物を触らせてくれるとは思えないし。

 はっきり言って、負け確のゲームだ。

 とはいえ。


「先輩。やりますか? やりませんか?」

「もちろん、答えはYESだよ」


 ゲーム同好会である以上、受けて立つしかない。

 僕は後輩ちゃんから、アイマスクを受け取った。



  ☆☆☆



 僕がアイマスクを装着して椅子に座っている間、後輩ちゃんがなにやら準備を始めた。

 当然だ。ダミーを用意しなくちゃいけないからね。

 衣擦れの音が聞こえるけど、さすがにそれが何かは分からない。


「はいっ。準備できました。それじゃどうぞ」

「どうぞ、って言われても何も見えないから、何を触っていいか分からないんだけど」

「あ、そうですね。それじゃ失礼して」


 後輩ちゃんが僕の両手を手に取った。

 もちろんシュレーディンガー的には、その手が後輩ちゃんじゃなくて別の誰かの手である可能性もあるわけだけど、そこは面倒なので考えない。

 後輩ちゃんが僕の手をぐぅっと引っ張る。


 そして、なんとなくパーの形にしていた僕の両手が、柔らかい「何か」に触れた。


「指、動かしても良いですよ。ただ、あんまり大きく手を動かしちゃだめです」

「う、うん」


 あくまで感触のみで判断。

 手探りで形を探るのはNGというわけか。


 それにしても後輩ちゃんの声がかなり近くから聞こえて、ちょっとドキッとしてしまった。


 服っぽい布地の先の感触は、驚くほど柔らかかった。

 こんなに柔らかかったら、服で押しつぶされちゃうんじゃないだろうか。

 もしこれが本当に後輩ちゃんのおっぱいだとしたら、だけど。


「指、動かすよ」

「良いですよ。……んっ、ふぅ」


 僕が「それ」に触れたまま、指を動かすと、それに合わせて、後輩ちゃんがくすぐったそうな声を上げた。たぶん演技(アフレコ)だろうけど。


 大きさは手のひらに収まる程度。小柄な後輩ちゃんの体格と、男子である僕の手の大きさを考えると、こんなものか。

 形は……本物触ったことないから分からないけど、それっぽい。

 この質感、ぬくもりも、人の身体っぽい。

 なにより僕の耳元にかかる後輩ちゃんの吐息の距離の近さから考えると、後輩ちゃんの身体に触れているような気がするけど。

 ――えっ、もしかして、まさか。これって、本物?


「んっ、んぅぅ。先輩、揉みすぎ……♪」


 ――いやいや。まったくの別物の何かを、にやにや揉んでいる僕を、間近から後輩ちゃんに見られているとしたら、恥ずかしすぎる。

 指先の感覚に集中!

 

 まずは直接手に触れている布地。これはニットの感触に間違いない。

 その下にもう一枚布地を感じる。ブラウスだとしたら、後輩ちゃんが身に着けていた女子の制服だ。

 そしてその先にある、柔らかくて暖かい何かは、果たしておっぱいなのか?


 ――はっ!

 僕は重大なことに気づいた。


 ニット。ブラウス。そして肌。

 一つ足りないのだ。――そう。ブラジャーである!


 おっぱいを触ったけど、ブラの固さが気になった。

 という都市伝説を聞いたことある。いま触っているこれは、柔らかすぎるのだ。

 まさか後輩ちゃんが、学校でノーブラはないだろう。

 つまり僕が揉んでいるこれは、柔らかな何かを制服っぽい物で包んだ、おっぱい以外の何かだ!


 ふぅ。危ない危ない。だまされるところだった。

 まぁ偽物と分かっても、せっかくだし、その感触を楽しんでおこう。

 シュレーディンガー的には、半分はおっぱいなわけだし。


「あ、あのっ、先輩……」


 むにむに。

 もみもみ。

 さわさわ。


 うーん。それにしてもよくできているなぁ。

 なんて指をさわさわしていると――不意に指先に固いものが当たった。



「ひゃ、んぅっ!」


 あれ? これ何だろう?

 おっぱいの位置から考えると……これって。

 ぐりぐりすると、ん? なんか、大きくなっている?


「んんっ、――おしまい!。先輩、もう終わりですっ!」


 ばしっと手をはたかれてしまった。

 時間切れのようである。


 結局答えは何だったのか。僕ははたかれた手でアイマスクを外す。

 復活した視界の先に見えたのは、背を向けるようにして立っている後輩ちゃんの姿だった。胸を抱えるようにしているけど、そこに正解のモノがあるのかな。


「って、勢いでアイマスク取っちゃったけど。で、正解はどっちだったの?」

「そ、それは秘密ですっ。答えを言ったらシュテレンガーじゃなくなっちゃうじゃないですか」


 後輩ちゃんが背を向けたまま答えた。


「ま、それもそうか」


 分からないほうが幸せな時もある。

 後輩ちゃんのガチャの話じゃないけど、宝くじだって楽しみなのは、買ったあとの当選を待っている間だし。



「はい。そうです。誰も死んだ猫は見たくないのです」


 後輩ちゃんがくるりと振り返って笑顔を見せた。

 どこかに隠したのか、その手にはダミーらしきものは無かった。


「――ちなみに、先輩はどっちだと思いました?」

「その答え、そのまま返すよ」


 そんな僕の答えが不満だったのか、後輩ちゃんがむぅって頬を膨らませた。

 なぜに?



 それはそうと。

 部屋の奥に置かれた後輩ちゃんの鞄から、ピンクのブラジャーっぽいものが見えたけど……たぶん気のせいだろう。

 



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