第3話

 外へ出たのは良いものの、何処を探せば良いのかカイは早速途方に暮れた。カイは完全室内飼いで今まで外に出たことはなかった。外の世界のことなんてまるで分からなかった。


 ただあの日、アイは学校へ行こうとしていたはずだ。アイはいつもどこを通って学校へ行っていたんだろう。


 とりあえず玄関の方に回り、通りをキョロキョロ見渡した。

 左は川と田んぼだった。ということは右だろうとカイは勘を頼りに歩き出した。


 一番最初の丁字路まで来たとき、突然塀の上から声をかけられた。


「オイ、てめえどこのもんだ」

 カイが驚いて声のした方を見上げると、塀の上から汚れた毛並みの、白と茶色のぶち模様の猫が睨んでいた。たぶん野良猫というやつだ。

 カイはリク以外の猫と話すのも初めてだった。

 何だか恐ろしげな風貌と態度だが、この辺の野良猫ならアイのことを見たことがあるかもしれない。カイは背中の毛を逆立てながらも勇気を出して聞いてみた。


「俺の飼い主がいなくなったんで探してたんだ。見つかったらすぐ帰るから」

 ぶち猫はカイをジロリと見ながら聞き返した。

「飼い主?」

「アイって言うんだけど、知らない?」

 ぶち猫はフンと鼻をならして素っ気なく答えた。

「人間の名前なんか知るかよ」


 その時、角の向こうからまた別の猫が現れた。背中側が黒くてお腹と足の先は白い。狩りをしてきたらしく、口に雀を咥えたままモゴモゴ喋りだした。


「あーコイツ見たことあるわ。庭にデッカイ柿の木と紫陽花のある家にいるヤツだよ。すぐそこの」

 俺を知っている猫がいたんだ。カイはそれが少し嬉しかった。

「そうそう。それ俺の家」

「あーあそこか。そこの家から出てくる女によく食べ物貰ったな」

 ぶち猫にそう言われ、カイはアイがいつもポケットに猫用のおやつを入れていたのを思い出した。

「それ多分アイだ。どこに行ったか知らない?もう一週間帰ってきてないんだけど」

 白黒の猫はフランクな性格のようで、初対面のカイにも友達かのように親しげに話した。口にはまだ雀を咥えている。

「その女ならちょうど一週間前その先の道路で見たぜ。道の真ん中で倒れてて、えらい血が出てたな。あれは死んだんじゃねえかな」

「死んだって?」

 白黒の猫はべっと地面に雀を落としてこう言った。

「この雀と同じさ。もう冷たくなって動かないってこと」

 カイは目を閉じたまま動かない雀を不思議そうに見た。

「ずっとそのままか」

 白黒の猫は何を言ってるんだコイツは、という表情をして言った。

「死んで生き返った雀は見たことないね」

「雀はそうかもしれないけど人間はまた違うんじゃないのか」

 白黒の猫はいささか困り気味に答えた。

「同じだと思うけどねえ」

 でもこれはかなり有益な情報だ。カイは白黒の猫にさらに質問した。

「その道路って、どこ?」

「ここを右に曲がってずっと真っ直ぐ行って、デッカイアロエのある家を左に曲がったところさ。今日通ったら横断歩道に花束がいっぱいあった」

 いつもはないんだけどな、と白黒の猫が首を傾げた。カイは野良猫たちに感謝した。

「ありがとう。取り敢えずその道路に行ってみるよ」

「好きにしな。探し終わったら早く帰れよ」

 ぶち猫はまた素っ気なく言って塀の上で居眠りを始めた。

「飼い主見つかるといいな。これ半分食うか?」

 白黒の猫が雀を咥えてカイに突き出した。カイは雀を食べたことがなかったので

「ううん大丈夫。親切にありがとう」

 と丁重に断った。白黒の猫は良いってことよ、と言ってどこかへ歩いていった。


 アイは沢山血を流していたと白黒の猫が言っていた。きっと具合が悪いのだろう。それで家に帰れないでいるに違いない。早く見つけてあげなくちゃ。


 カイはそう思い、急いで白黒の猫に教えて貰った道路へ向かった。



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