第10話 オオカミ駆除⑥ 達成

 静まりかえった真っ暗闇の家畜小屋。


 牛や鶏の臭いが立ち込める中にケンとベルはいた。


 「くっさ・・」


 ベルがボソッと文句を呟く。


 それは牛や鶏にでなく、自身とケンに対してだ。


 「これ着ないとダメなのかしら?」

 「ジャンが人間の臭いがするとオオカミが近寄ってこないからって・・ 」


 2人が文句を言いながら着ているのは牛糞が塗りたくられたマントである。


 牛糞の臭いで人間の体臭をごまかすために必要だとジャンは言う。


 「う〜脱ぎたい」


 今にも脱ごうとマントに手をかける。


 が、思いとどまって手をマントからはなすと、ため息混じりに呟く


 「それにしてもすごいわ」

 「何が?」


 脈絡なしにすごいと呟くベルにケンは何がすごいのかと尋ねる。


 「メラニーってば、待ち伏せてからずっと索敵魔法使い続けてるのよね」

 「へ〜それって凄いんだ」

 「ワタシにはムリだな〜スタミナお化けよ。メラニーは」


 魔導師の事情に疎いケンはふーんと軽く聞き流す。


 そして、また家畜小屋は静まりかえった。

 

 沈黙が訪れてから30分ほど経っただろうか。


 突如、ベルがピクッと何かに反応した。


 ケンはその微動に気づいてベルに声をかけた。


 「どうしたの?ベルちゃん」

 「来たわ・・オオカミが5匹」

 「索敵魔法に引っかかったの?」

 「メラニーのね」

 「メラニーの?」


 何故ベルがメラニーの感知した情報を共有できているのか?


 毛ほども理解できていないケンにベルは詳細を説明する。


 魔導師は自身にぶつかる魔力の波を感知することができる。


 離れた場所にいる魔導師同士はそれを利用して魔力の波のリズムや回数で離れた場所でも簡単なコンタクトを取ることができる。


 ベルはこれをメラニーに教わっていた。


 「へ〜すごいじゃん!ベルちゃん」

 「まぁね。駆除系冒険者の間では常識らしいわ」

 「なるほどね。魔導師界隈も奥が深いってわけか」


 会話の途中でベルがまた反応を示した。


 「ベルちゃん。今度はどうした?」

 「小屋の前まで来た」


 ベルがメラニーからのシグナルを受け取ったのだろう。

 

 オオカミは小屋の前に着ているらしい。


 「よ〜し、オオカミが飛び込んできたら蹴散らしてやる」


 小屋は戸がなく開けっぴろげ。


 オオカミはどこからでも侵入可能。


 ケンは即時対応できるように神経を研ぎ澄ませて小屋の中に息を殺して潜む。


 すると、オオカミの足音が聞こえる。

 

 ザッザッとかすかな音だ。


 その音は徐々に近づいてきて、ついに蝋燭の灯りがオオカミの姿を捉えた。


 その瞬間、2本の矢がオオカミを射抜きオオカミの鳴き声が村中に響いた。


 「さすがだ!ジャン」

 「わぉ!」


 残りの3匹が慌てて逃げ出す。


 しかし、逃げ出そうとしたところを2本の矢がすかさずオオカミたちを急襲。


 一本は当たり、もう一本は外れた。


 2匹は森へと逃げていったが深追いは禁物だとジャンに口を酸っぱくして言われていたので、ケンは追わなかった。


 「ケン、とどめを刺してくれ」


 矢が刺さり動きが鈍っている3匹のオオカミ。


 これらにとどめを刺せとジャンが大声で指示をする。


 ケンは短刀を握り、オオカミたちにとどめを刺した。


 「ふ〜害獣とはいえ殺すのは良い気がしないな・・ 」

 

 一仕事を終え、額の汗を手で拭うケン。


 ベルも小屋から出てきて、フーっと緊張が途切れて息を吐く。


 「そうね。でも家畜は村の人たちの生活を支えているんだから、それを襲う獣は放っておけないわ」

 「さすが、農村育ちが言うと違うね」

 「うっさい、元ボンボン」 

 

 2人は仕事を達成して緊張が解けたのか軽口を叩き合った。


 ケンは仕事の達成を伝えろとベルに急かされたので、教会の鐘塔へと向きを変えた。


 「おーい!ジャン。終わったよ!!」


 教会の鐘塔に向けて大きな声でジャンを呼ぶケン。


 しかし、返事はなかった。


 再度ケンが叫ぶが、返事はやはりなかった。


 「あれ?おっかしいな」


 仕事の達成を告げても一向に返事がない。


 不思議に思ったケンとベルは教会へと近づいていった。


 そして、ちょうど教会の全体が見えたとき2人が何かを見て固まった。


 「んな!?」

 

 詰まったような言葉を発したのはケン。


 「何よこれ?」


 ベルの声は震えている。


 あまりの悲惨な光景に2人は身体から大量の汗が吹き出し身体が硬直した。


 その光景とは。


 教会の前にいる一匹の大きな獣。


 そして、その獣が咥えているのはメラニーだった。


 「αアルファ個体・・」


 体高が教会の扉よりも大きなオオカミを目の当たりにして、ケンは察したかもしれない。


 αアルファ個体。


 そう呟いたのだった。

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