第20話 最終話 私の特権
私の担当冒険者の中に、非常に厄介なのが一人居る。
今でこそ実績を上げ、周囲からも実力は認められているが。
それでも未だに人として認められていないというのは、ある意味異常と言うか……逆に凄い事なんじゃないかと思えて来る程。
そんな彼がギルドに訪れた初日。
今では想像出来ない程、ビクビクしていた印象が残っている。
「あ、あの……ココで仕事を貰えるって“書いて”あったので来たんですけど……」
「はい?」
そう言って、彼は此方に紹介状を差し出して来た。
正直に言おう、私は人気が無い受付嬢だと言えるだろう。
眼つきは悪いし、対応も不愛想。
だからこそ周りの冒険者達はもっと華やかで、良い反応を返してくれる若い子達を求める。
だからこそ、私が担当受付になった際には「変えてくれ」と声を上げる者も多い。
「えぇ~と、何処の誰からの紹介状ですかコレ……まぁ良いです、誰でも登録出来るのが冒険者ですから。登録料に銀貨二枚必要ですが、よろしいですか?」
「銀貨二枚……日本円に換算すると二万くらいか。高い様な気はするけど……“こっち”ではそれが普通なのかな」
ブツブツと呟きながら、彼はスッと銀貨二枚をカウンターに出してみせた。
正直、意外だったのだ。
身なりを見る限り、どこかのボンボンという訳でも無さそう。
というかボロボロだし。
しかも本人だって、別段冒険者に登録しそうな見た目をしていないのだ。
だからこそ、最初は冗談か何かかと思った。
だと言うのに、彼はそのまま登録を済ませ“鑑定”を受けた。
こちらの内容も、目を疑う結果にはなってしまったが。
だって、え? 男性の、その……アレが、爆発するって何? しかも性玩具無限生成って何?
もはやツッコミどころしかない鑑定結果となり、この時点で周りの受付嬢はドン引き。
性獣だなんだと、不名誉なあだ名がこの時点から広まったと考えて良いだろう。
とにかく、此方も仕事をしようと彼に登録証を渡してみれば。
「えぇと、これからどうすれば良いんでしょうか?」
「はい?」
「すみません、ここまでしか道案内の地図が無いモノで……これからは、どう生きて行けば良いモノか困っておりまして」
ビックリする程、本当にびっくりするくらいに何も知らなかった。
ココが何処なのか、冒険者とはどういう仕事なのか。
そして自分は今日何処で寝れば良いのかなどなど。
幸い資金はそれなりにあった様なので、それだけは救いだったが。
色々説明した後、近くの宿屋を紹介して明日の朝またココへ来いとだけ伝えてみれば……一日が終わっていた。
窓の外は既に暗く、ギルド内も今日の仕事が終わった冒険者達が酒盛りを始めている時間帯。
あ、ヤバイ。
ご飯の事説明しなかったけど、ちゃんとご飯食べられるかな? あの人。
そこまで心配してしまう程、何も知らない人だったのだ。
「ヴィナー、お疲れ……何か変なヤツだったね」
鑑定結果を見た途端顔を顰め、一切相手と関わろうとしなかった受付嬢が、あろう事かそんな言葉を吐いて来る。
本当にそう思っているのなら、手伝ってくれれば良かったものを。
それどころか、普段私に声を掛けてさえ来ない人物だったのに。
何かしらイジれる内容を見つけた瞬間コレかと言いたくなった。
事実、物陰に隠れている他の受付嬢は此方を見ながら笑っているし。
まぁ間違いなく、彼を私に押し付けようとしているのだろう。
予想はしていたが。
「えぇそうですね、ですがこれも仕事ですから。それで? そちらは本日の報告書がまだまだ残っている様ですが、定時までに終わるのですか? 無駄話の前に、自らの仕事に取り掛かっては如何でしょう?」
「あぁ~えぇと……そうね、そうするわ。そっちもそっちで頑張ってね」
何てことを言いながら、彼女は私の元を去って行った。
もしかしたら、本当に心配してくれただけなのかもしれない。
そう考えると、私の態度は最悪だったに違いないだろうが。
思わずため息を溢しながらその日の業務を終え、翌日の朝を迎えてみれば。
「来ました! よろしくお願いします!」
「えぇと、はぁ。どうも」
朝一番に、彼はやって来た。
確かに朝、としか言わなかったが……もしかして私がカウンターに立つまで、早朝から待っていたのだろうか?
そう思えるくらい、席に座ってからすぐ来たなこの人。
「では説明しますね。冒険者とはまず自らに何が出来るのか、ソレを証明する必要があります。剣が得意な者、魔法が得意な者。いろいろです。その為、ランク初期の内に役柄を設定して頂き、それに伴って仲間が集まっていく。そして成果を残しながら、ランク十。つまり一人前と認められる訳です」
「ランク十が最強って訳じゃ無くて、仕事としてスタートラインって訳か……ちなみに、ジョブ一覧とかあります?」
「はい?」
「あ、すみません。職業の種類と言うか、役柄でしたっけ。自分は何が出来ますってアピールのソレ、他の人はどう書いているのかなぁって気になりまして……」
度々妙な事は言うが、しっかりと此方の話は聞いている御様子。
一つの話をすれば十の質問が返って来るのは少々考えモノだったが。
しかしながら、お話は順調に進み……と、思っていたのだが。
「ちょっと待って下さい! 侍、武士ってのがありますけど!?」
「えぇまぁ、過去そう名乗っていらっしゃった方が居たという記録ですね。サムライ・ブシと名乗り、主にカタナを使って名を上げた冒険者が居たと言う事です」
「ソレでお願いします!」
「あのですね……ココで名乗りを上げたからと言って、そうなれる保証はないんですよ? むしろ能力が無いのに名乗ったら詐称になってしまいます」
「なら侍になります!」
「ではまずお金が必要ですね。そう言ったワソウは、非常に高価ですから。はい、コレが貴方が現状受けられる仕事の一覧です。こういうのを地道にこなして、まずはお金を――」
「全部受ける事って出来ますか!?」
「はい?」
何かもう、全てが他の人と違った。
まるで見るモノ全てが新しいと言うか、聞く事全てに質問してくる様な。
本当に、変わった冒険者だった。
まだ仕事の一つも受けていないのに、やけに効率を意識したり。
マップを睨みながら、今有る依頼の順番を決めたりと。
本当に、全ての行動が異常な冒険者。
だというのに。
「それじゃ、お金稼いできますね!」
満面の笑みで、普段着のままギルドを飛び出した彼。
いや、アレ。
本当に生き残れるのだろうか?
そんな事を考えながら、呆れ顔で見送ったその夜。
彼は戻って来た。
腕いっぱいに、獣の残骸を抱えて。
「ただいま戻りました! 討伐証明部位持ってきました!」
「あ、えっと。おかえりなさい?」
いったいどこで何をして来たのか、やけに焦げ臭い匂いを放つ彼は、カウンターの上に魔獣の残骸を並べ始める。
兎の耳、鹿の角、そして熊の足などなど。
待って、熊の足って何だ。
「ちょっと、ちょっと待ちましょうか。コレ、どうやって狩りました? 他の人に手を貸してもらいました? やけに焦げてますけど、コレは何ですか?」
彼は冒険者登録二日目、それどころか一般常識まで知らない様な人間だったのだ。
だというのに、翌日にはこれだけの残骸を持ち込むって何だ。
ひたすら困惑しながら、彼の事を覗き込んでみれば。
「す、すみません。コレじゃ駄目でしたか? 俺、爆発させるしか能が無いみたいなんで……色々頑張ったんですが。依頼にあった獣を端から爆散して来たんですが、なかなか証明部位が運よく残らなくて。これでも綺麗に残った方なんですよ!? 熊は依頼には無かったんですけど、狼が居なかったんで代わりになればと思って……すみません、失敗ですか?」
非常に申し訳なさそうな顔を浮かべる成人男性。
いやいやいや、普通ここまで狩れないから。
というか、これでも綺麗に獲れた分だけって言いましたかね?
つまりこれ以上の数を、この人は討伐して来たと言う事。
後のその子犬みたいな目は止めろ、慰めたくなる。
「ゴ、ゴホンッ! 問題ありません。全て貴方が狩ったという事でよろしいんですね?」
「はいっ! 全部ぶっ殺しました!」
些か言動は物騒だが、彼に対して依頼にあった報酬を用意してみれば。
「これで侍になれますか!?」
「えぇと……頭金、くらいにはなるの……かなぁ?」
「そうなんですね! 行ってきます! 実は刀売っている所はもう見つけてあるんですよ!」
それだけ言って、不思議な彼はギルドを飛び出していく。
凄い、物凄く純粋。
自分の向かう先に、どこまでも真っすぐ。
今まで私が見て来た冒険者達は、どこか打算的というか。
とりあえず冒険者になっておこうみたいな、そんな感じがあったのだ。
それでも、彼は。
全力で“今”を生きている。
そう感じたのだ。
「ヴィナーお疲れぇ、今日もあの人来たんだ? 良く生き残れたねぇ、初日でやられちゃうかと――」
「ごめん、本当にごめん。この仕事お願いして良い? 行くところが出来た」
「はっ!? ちょ、え!? 別に良いけど、どうしたのー!?」
よく声を掛けてくれる受付嬢の声を背中に受けながら、私も彼の走り去っていた方向へと足を向けた。
どうやら彼は、武器を取り扱う店が集まる路地に飛び込んだらしく。
キョロキョロと視線をそこら中に向けながら狭い路地を進んでみれば。
「お願いします!」
「だからよぉ、それくらいの金じゃカタナは売れねぇって言ってんだよ」
とある店の入口から、そんな声が聞えて来た。
中に入ってみれば。
あぁ、コレは酷い。
「どうしても必要なんです!」
「だからなぁ? 兄ちゃん、そう言われてもカタナってのは……あぁ、いらっしゃい。」
店の店主が此方に視線を向けて声を掛けて来た。
その間も、件の冒険者は床に額を擦りつける程頭を下げている。
非常に惨めとしか言えない状況。
女性が男性のこの姿を見れば、殆どの人が“無い”と表現するであろう。
しかしながら、私には。
「あぁ~えぇと、何かお探しで?」
声を掛けて来た店主に対して、冒険者ギルドの職員であるという証明バッチを見せつけた。
そして、彼の事を指さし。
「ふぅん……」
ゆっくりと頭を下げてみれば、彼は少々悩む動作を見せながら改めて彼の事を眺めた。
普通ならこんな事までしない。
もし何かあった場合、私の責任になってしまうのだから。
だが、彼は。
どこまでも真っすぐだったのだ。
私が見て来た、誰よりも。
だからこそ。
“私が保証人になる”と、ジェスチャーで示してみせた。
後はなる様にしかならない。
だからこそ、静かに店を後にしてみれば
「おい兄ちゃん、ちょっとこれから酒の席に付き合え。そこでカタナへの愛を語ってみせろ。そうさぁな……十個。十個も良い所が言えるなら、その武器を理解していると言える。どうだい?」
「是非お願いします! 十でも五十でも、百でも語ってみせます!」
扉の向こうから聞えてくる声は、非常に嬉しそうだった。
これはもう、上手く行ったと言う事で良さそうだ。
フフッと、久し振りに微笑みが零れた。
駆け出しで、全てが素人で。
それでもちゃんと成果を残して帰って来る新人。
しかも名乗ろうとしているのが、サムライと来たモノだ。
あの人は分かっているのだろうか?
当時サムライと名乗っていた人物が、冒険者の中で最強の剣士とまで謳われた実績が記録されている事を。
多分、知らないのだろう。
でもまぁ、面白いから良いとしよう。
そんな事を思いつつ、武器屋が集う裏路地から踏み出してみれば。
随分と綺麗な月が空に浮かんでいた。
私は、何であの人の為にここまでやろうと思ったのか。
それは、全然分からない。
でも彼の目が、他の冒険者とは違っていたのだ。
世界を見る目も、私を見つめる瞳さえも。
まるで少年の様にキラキラした瞳をしていて、不人気の受付嬢である私にも満面の笑みを見せてくれる。
それが、嬉しかったのかもしれない。
だからこそ、彼が刀を作ってもらう保証人になった。
我ながら、とんでもない理由で動いたモノだと思うが。
しかし後悔は無かった。
だた、明日も彼が笑顔で私の所に来てくれれば良いなって、そう思ったのだ。
「柄じゃない、なにやってんだか。仏頂面のヴィナーの癖に」
そんな言葉を溢しながら、私は一人夜道を歩いて行く。
今日は久し振りに、お酒でも飲もう。
ちょっとだけ気分が良い。
一人酒というのも寂しいが、いつか彼がお酒に付き合ってくれるかもしれない。
そんな想像をしながら、私は自らの家へと歩を進めるのであった。
※※※
「やっと、やっと揃ったでござるヴィナー殿! 侍セット一式! 和服、刀、袴! どうでござるか!? 拙者は侍になれただろうか!?」
「プッ! あはは! 何かサムライに憧れて、姿形だけ真似したエセサムライって感じですね!」
「んなぁぁ!? これでも頑張って揃えたでござるよ!? それに、本場で見て来た拙者にはこれこそ正装。そう、時代劇などではこれが侍であったのだ」
少し経った頃、自信満々に装備を見せに来た彼に思わず笑ってしまった。
だって、考えみてくれ。
先日まで普通の格好……というには少々変わっていたが。
そんな彼が急に姿を変え、口調まで変えてギルドに改めてサムライとして登場したのだ。
最初から今まで見て来た私としては笑う他無い。
「アハハハ! いやうん、良いと思いますよ? 大丈夫大丈夫、ちゃんとサムライしてますって」
「そこまで笑われると……自信無くなって来るでござるな……」
「ごめんってばぁ、大丈夫。しっかり恰好良いから! ほら、登録済ませちゃましょ!」
やけにショボくれる彼は、見事ワソウに身を包んでいた。
灰色の着物に黒い袴、そして真っ黒い刀と。
随分重苦しいイメージではあったが。
長くなった髪を一つ結びして、後ろで揺っている辺りはソレっぽい。
書物に残っているサムライみたいだ。
「変ではござらんか? 本当に大丈夫でござるか?」
「大丈夫大丈夫、私を信じなさい。ほら、登録完了。貴方は今日から立派なサムライですよぉ? ホイッ、それじゃ仕事に行った行った! 今日も爆散して来て下さいな!」
「う、うむ……何やら納得いかないが。行って参る! 朗報を待っておれ!」
装備が整った事が嬉しかったのか、彼もまた何処かテンションが高く。
意気揚々とギルドから駆け出して行った。
これが、このギルドに誕生したサムライ・ムギの物語。
当時の私には、まさかこれ程大きな存在になるとは想像出来なかったが。
「ヴィナー、担当の人出た? お昼行こうよ」
「あぁうん、お待たせ。行こうか、お腹空いちゃった」
そして私も、彼の担当になった事により友人が出来たのは確か。
周りの冒険者達は彼の特殊過ぎる能力で距離を置くが、過去に彼を毛嫌いしていた受付嬢に関してはと言えば。
「ねぇねぇ、ムギさんの能力って……どうにか“その時”だけ抑えられたりしないのかな?」
「アレさえなければねぇ……見た目もそれなり、実力はそこらの冒険者以上。稼ぎはそこらの人間の倍以上ってなって来ると……」
実績に関しては、ギルド職員にはかなり認められていた。
だが、今更出しゃばって来られても。
流石にそれは都合が良すぎるという物だ。
「言っておくけど、私ムギさんの担当辞めるつもりないから」
キッと御自慢の眼つきの悪い睨みを利かせてみれば。
「「降参でーす」」
残る受付嬢は両手を上げながら、諦めた様に視線を逸らすのであった。
全く、都合の良い奴らめ。
そんな事を思いながら、思い切り溜息を溢してみると。
「良かったね、ヴィナー。担当冒険者さん、良い人そうで」
「うん、まぁ……何て言うか。多分あの人は底抜けのお人好しだよ」
そんな事を言いながら、友人と一緒に昼食に出かけるのであった。
本日もまた、仕事は続く。
そして今日もまた、仕事を終えた彼に“おかえりなさい”と言ってあげるのが私の役目。
それが何年、いや……冒険者の生存率を考えれば何か月とかになってしまうのかもしれないが。
彼が生きている限り、そう言いながら迎えてあげたいと思ってしまったのだ。
それくらいあの人は、活き活きしながら毎日を送っているのだから。
アレだけ楽しそうにされたら、自然と此方まで元気を貰ってしまうというもの。
だからこそソレを独り占めする為、今日も私は彼の担当受付嬢であり続ける。
いってらっしゃいと、お帰りなさいと言う為に。
少しでも、彼の力になれる様努力しながら。
「はぁぁぁ、もう! ムギさんって何であんなに面倒くさいスキル持ってるかなぁ!」
「それを持っているが故に、生き残ってるって話だけどね?」
「わかってるけどさぁぁ! あぁぁ勿体ない!」
本日もまた、受付嬢同士で愚痴の大会が開かれるのであった。
私に関しては本人の不満と言うか、彼の持っているスキルについての不満だったが。
とはいえ誰もが、どの冒険者だって。
様々な不満というか、細かく言いたくなってしまう所はあるらしい。
ならまぁ、なんというか。
やっぱりムギさんも普通の冒険者なのだろう。
こうして、私達の話題に普通に上がるくらいなのだから。
ムギさーん、聞こえないと思いますけど聞いて下さーい。
貴方意外と、スキルを除外すれば受付嬢には人気ですよー。
なんて、馬鹿な事を考えながらぼんやり空を見上げてみると。
「ヴィナー、愛しのあの人が心配なのかしら?」
「んな訳無いでしょ。あの人は私が心配しなくても帰ってきますぅ」
「あら、別に誰とは言ってないんだけど」
「はぁぁ……受付嬢って、なんでこう皆性格悪いの?」
「お互い様って事でしょうね?」
そんないつも通りの会話をしながら、私達はギルドへと戻るのであった。
冒険を終えた彼等に、おかえりと言ってあげる為に。
俺のオ〇ホは手榴弾 ~異世界侍、ヌキ捨て御免~ くろぬか @kuronuka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます