第19話 行く道、続く道


「本当に付いて来るでござるか? ただ岩を爆破するだけ、大して面白い事等……」


「行きます。まだムギさんは病み上がりなんですよ? 今日動ける様になったばかりなのですよ? 心配するに決まっているじゃありませんか」


 と言う事で、やはり本日のお仕事にはシスターが同行する事となった。

 いやはや、この歳で年下の女の子にここまで過保護にされてしまうとは。

 少々バブみが……ではなく、侍として情けない限り。

 とはいえ彼女に諦める様子はなく、ヴィナーさんも「いいじゃないですか、大して難しい仕事じゃないなら余計に」とか言い出しまして。

 結局は此方が折れる他無くなった訳だが。

 シスターの今後に響くからこそ、パーティを断っていたと言うのに。

 やれやれと首を振りながら、のんびりと街の門から外へ向かって歩き始めた。

 本日は何やら杖に布を巻いており、いつものロッドが見えない様にしているが……もしかして、向こうも装備を新調したのだろうか?

 などと考えつつテクテクと街道を歩き、彼女の歩調を見て合わせていく。

 すると。


「おや? アイリーン殿、少々早足になったでござるか?」


「え? そうですか? 自分だと良く分かりませんけど……そうなんですかね? でも皆と一緒に歩く時はもっと早足ですから、気にせずいつもの歩調で歩いて下さい。私、前よりずっと体力付きましたから!」


 フンスッとばかりに、拳を握り締めてアピールしてくるシスター。

 こういう可愛らしい所は変っていないのだが、確かに新しいパーティを組んでから前より強くなっているのであろう。

 少しだけ歩調を早めても、彼女は危なげなく着いて来る。

 最初の頃は本当に町娘の様だ感じていたのに、今では立派な冒険者という訳だ。

 何だか懐かしい様な、少しだけ遠くに行ってしまった様な気持ちになり。

 ちょっとだけセンチメンタルな気分になっていれば。


「あ、もしかしてまだ私の事を必要以上に心配していますか? これでも日々冒険者活動を続けている上に、二人と一緒の時は常に走り回ったりしてるんですからね? 以前の私と同じだと思わないで下さい」


 どうやら此方が思っている事を察せられてしまったらしく、再び可愛らしく胸を張る少女。

 やはり若者の成長は早い。

 こういうことを言うと、年寄り臭いと言われそうだが。

 本当にそう感じたのだ。

 俺が知っている彼女は、もっと歩みが遅かった。

 少し歩いただけでも息が上がり、疲れた表情になってきても弱音を吐かない少女。

 だからこそ此方が気を使って、何度も休憩を申し出たり。

 彼女に合わせて、本当に散歩の様な歩みで道を進んでいた訳だが。

 今では、そう言った心配は必要無さそうだと感じられる程。

 しっかりと、自らの力で己の道を進んでいる様に見えた。


「男子三日会わざれば刮目して見よ、なんて言ったりもするが。こればかりは、努力する者全てがそうでござるな」


「男子三日……えぇと、どういう意味ですか?」


「若者の成長は早い、三日も経てば人は変わるという事でござろうな」


「ムギさんが私と組んでくれなかったのは、三日どころじゃ無かった気がしますけど……」


「はて、どうだったか。拙者は流浪の民、時間の感覚がゆっくりでな」


「そういう割に、ずっとあの街で活動しているって聞きました」


「ハハハ、ハハ……まぁ細かい事はお気になさるな」


 そんな会話をしながら、現地へ向かって進んで行く。

 まだ日は随分と高い、このペースで歩けば日帰りが可能であろう。

 問題は休憩などの時間だが……チラッと彼女の表情を見てみれば、コレと言って問題なし。

 体力に余裕が無さそうという雰囲気も無いし、顔色も良い。

 なら、しばらく休憩は必要ないだろう。

 本当に、強くなったものだ。


「ムギさん、あの……その」


 シスターの心配ばかりしていれば、相手は少々口ごもりながら視線を明後日の方向へ向ける。

 何か言いにくい事でもあるのだろうか?

 あぁ、もしかして。


「トイレでござるか?」


「違いますよ!」


 違ったらしい。

 顔を真っ赤にしたシスターに怒られてしまった。

 こういう問題も、我々冒険者にとっては結構重要なのだが。

 などと思いつつ、歩きながら次の言葉を待ってみれば。


「えぇと、その……あ、新しいカタナ! 凄いですね、恰好良いです! それに、服も新しくなって。ちょっとだけ前より派手になりました?」


 何やら話題を変えた様子で、彼女は笑顔を作りながら此方を見上げて来た。

 まぁ、本来何を言おうとしたのかは分からないが。

 相手がそういう話題を振って来たのだ、此方も合わせるのが吉というものだろう。


「あぁ、小生には少し派手かとも思ったのだが……どうしたものか、新しい刀の方が派手だったものでな。案外、色合いとしては落ち着いてしまった。変でござるか? やはりもう少し暗めな色に変えた方が、分不相応というものだろうか?」


「い、いえ! そんな事無いと思います! 良く似合っていますし、本当にカタナと合っていますし。えぇと……だから……」


 何やらモジモジしながら、再び視線を逸らされてしまった。

 いかん、やはり派手だったか。

 無理やり服を褒めさせた様な、ちょっと悲しい感じになってしまった気がする。

 元の世界で言えば後輩にパワハラというか、若干セクハラ認定されてしまいそうな発言だっただろうか?

 そんな事を思いながら、頭を抱えそうになっていれば。

 彼女は、意を決したように此方へと視線を向け。


「すみませんでした! 私達のせいで、前のカタナを駄目にしてしまって……あの後、皆でムギさんのカタナを探しに行ったんです。あの爆発で、かなり遠くへ飛んで行ってしまったみたいで……でも、その」


「あ、そうであったな! ヴィナー殿から少し聞いたでござる。何やら拙者の刀を修繕してくれようとしていたとか……」


 その事に関しても、後で礼を言わなければいけないと思っていたのに。

 同行するしないの話合いで、すっかり頭から抜けていた。

 これだから気の使えない男は駄目なのだ。

 目の前の事ばかりに夢中になって、すぐに他の事を忘れてしまう。

 これはやってしまったとばかりに、誠意をもって頭を下げた。


「すまない、大変な苦労を掛けてしまった。しかし刀はかなり高額故、こうして復帰が間に合って良かった。ハッ! もしかして何処かに修理に出してしまったでござるか!? その場合料金は此方で持つので、請求書を渡して下され!」


 話していて気が付いたが、もしも彼女達が既に鍛冶屋に持ち込んでしまったとなれば大変だ。

 恐らく三人の財布の中身を足しても、かなりの痛手になっている筈。

 そう思って、慌てて詰め寄ってみれば。


「いえ、その……修理さえも、断らてしまって。これなら新しいのを買った方が安い、溶かして打ち直すくらいしか出来ない。そう、何度もお断りされてしまいました。それに、修理費も私達ではとても払える額じゃなくて……最初にムギさんから教わった、“貯蓄する事が大事だ”って意味が、本当に良く分かりました」


 哀しそうに呟く彼女が、杖に巻いていた布を取り去った。

 そこにあったのは、普段シスターが使っていた杖の他に……見覚えのある、ボロボロの刀が。


「ごめん、なさい……私達が居なければ、ムギさんは全力で戦えた筈なのに。貴方の大切な武器まで破損させて、私達には修理一つ出来ない。本当に……申し訳ありません」


 そう言って、静かに我が愛刀を差し出して来る彼女。

 鞘には大きなヒビが入り、柄も曲がっている。

 良くこの状況でバラバラにならなかったモノだと感心してしまったが……柄巻きが歪に結んである事から、もしかしたら今よりずっと酷い状態の物を彼女達が修繕してくれたのかもしれない。

 そして無理矢理引きぬいてみれば、刃は中ほどで折れていた。

 どうやら残り半分も鞘に収まっている様で、中に詰まっている。


「本当にすみません! 新しい刀を新調したから良いってモノでもありません。働いて修復費を稼ごうって、皆で話し合ったんです。ちゃんとした状態にして、ムギさんに返そうって。でも、時間が足りませんでした。だから、もう少しだけ待って欲しいんです、ちゃんとした形で……お返ししますから」


 それだけ言って、彼女は足を止めてから深く頭を下げた。

 何と言うか、凄く真面目だ。

 彼女だけではなく、パーティの二人も。

 新人であれば、刀を買うだけでも恐ろしく高い金額に感じるであろうに。

 職人を探すのだって大変なのだ。

 俺がこの刀をローンで買った時は、職人が酔っぱらっているタイミングを見計らって機嫌を取った程。

 酒を奢り、お酌をしながら褒め殺し。

 相手から「刀の良い所十個言ってみろ、そしたら考えてやる」と言われ、思いつく限り百以上の刀の好きな所を語った。

 その結果気に入られ、少ない頭金にも関わらず、コレを売ってくれたのだ。

 それくらいに、刀は高い。


「これは拙者の未熟さが招いた事態。だからこそ、気にする必要など無いのでござるよ?」


「そんな訳にはいきません! だっていつも通りのムギさんなら……スタンピードの時だって圧倒してみせた貴方の実力なら……こんな事、絶対起きなかった。私達を助けるために、不利な状況で戦っていたって分かってます。だから、償わせてください」


 本当に、真面目だ。

 俺だってこの刀に愛着があったし、相棒だと思って振るって来た。

 だからこそ、今の姿を見て多少のショックを受けているのは確かだ。

 しかしながら、この刀の為に。

 彼女達が必死になってくれた気持ちの方が、何倍も嬉しいと思ってしまったのだ。

 後輩を持つというのも、悪い物じゃないな。


「無理に金を稼ごうとして、無茶な仕事を請け負ったりはしなかったでござるか?」


「……少しだけ、しました。私達にはまだ早いと止められた魔獣に挑んで、失敗しました」


「皆、怪我はしなかったでござるか?」


「はい、何とか。無事帰って来られましたけど、ヴィナーさんには叱られてしまいました。身の丈に合った仕事をしないと、生き残れる世界じゃない。甘く見るなと」


「その通りでござるな、以後気を付ける様に。だが、皆無事で良かった。コレの為に誰かが死んだなんて言われてしまっては、拙者は悔やんでも悔やみきれないでござる」


 刀は武器。

 武器とは、所詮道具だ。

 道具というのは、いつかは壊れ、朽ち果てる物。

 そんな物に執着して、誰かの命の灯が消えてしまう方がずっと怖い。

 だからこそ、本当に良かった。

 彼女達が皆無事で。


「結論から言おう。シスターたちがこの刀を直す必要も、金銭を支払う必要も、一切ないでござる。コレは拙者の未熟さ故、我が愛刀を折ってしまったという事態に過ぎませぬ」


「でもっ!」


「それに拙者は、この刀の為に若い衆が苦しむ事を良しとはせぬ。コイツもきっと、言葉が紡げるのならそう言った筈でござる。むしろ拙者に罵詈雑言を浴びせるであろうな、自爆するなら他所でやれと」


「そんな事……」


 笑いながら、折れてしまった相棒の柄を叩けば。

 シスターは今にも泣きそうな程悲しそうな顔をしている。

 そうではないのだ。

 そんな顔をして欲しくて言葉を紡いでいる訳ではないのだ。

 だからこそ、フッと頬を緩めながら。


「所詮は道具、そう言ってしまえば言い方は悪い。しかし事実であり、真実でござろう。シスターだって、拙者が最初に買い与えた付与付きのタイツが破れれば新しい物に替えるでござろう?」


「いえ、破れても大事にします。初めてムギさんに頂いたモノなので」


 おぉっと? 冗談のつもりで言った筈が、とんでもないお言葉を貰ってしまった。

 しかしそれだけの意志を見せられると、最初に買い与えた物を間違えたかもしれない。

 後生大事に保管する物がタイツって……それはあまりにも良くない。

 というか、送った俺があり得ない程変態っぽい。


「ゴ、ゴホン! つまり、何が言いたいかと申しますと。本当に気にしないで欲しいと言う事でござる。こうして新しい刀も手に入った上、シスター達に責任を感じさせる方が、拙者は辛い。だからこそ償いの為ではなく、自分達の為に生きて欲しいと願っている」


 と、言った所で。

 この子達が納得する未来が見えない。

 確かに自分達の責任だと感じれば、このままこの刀を破棄してしまえばいつまでも心に残り続けてしまうだろう。

 と言う所まで考えて。


「シスターのパーティに居る二人。えぇと……確か名前は」


「ライトさんと、ミーギィさんですね」


 そこは左右にしましょうよ、両方右かい。

 とは流石に言えず、心の中で突っ込んでおいたが。


「彼等の獲物は短剣だったと記憶しているが、合っているだろうか?」


「えぇと、はい。相手によって長剣だったり、他の武器も使いますけど……基本は短剣ですね」


 なら、都合が良いと言うもの。

 真ん中あたりでポッキリと折れてしまったこの刀、再利用しようではないか。


「鋼とは、火を通して打ち直せば何度でも蘇る。何て聞いた事がある」


「えぇと? やっぱり溶かして作り直さないと駄目って事ですよね?」


 まぁ、一本その物を直すとなればそうなるかもしれないが。

 そこは職人に聞いてみないと何とも言えない。

 と言う事で。


「街に帰ったら、コレを売ってくれた御仁にお願いしてみようと思う。真ん中から折れたこの刀、二本の短剣に拵え直す事は可能か? とな」


 そう言ってニッと口元を吊り上げてみれば。

 彼女はポカンとしながら、此方を呆けた顔で見上げて来た。


「あの、もしかして。それって……」


「下手したらナイフ程度の長さになってしまうかも知れんが……まぁ、何かしらで役に立つであろう。あぁそうすると、シスターに渡す物が無くなってしまうな。どうしたものか」


 なんてことを言いながらクックックと意地悪く笑い、“収納魔法”に昔の愛刀を差し込んだ。

 お疲れ様、世話になったな。

 そんな言葉を、心の中で呟きながら。


「あ、あの! それでは私達ばかり助けてもらって、ムギさんに何も恩返しできていないと思うのですが!」


「ハッハッハ、先輩後輩などそう言うもの。有難く感じてくれるのであれば、皆が成長したその時。新しく入って来た仲間にこうして手を貸してやると良いかと。それが巡り巡って、皆を生かす結果になるというモノでござろう」


 そんな事を言いながら、再び前を向いて歩き始めた。

 慌てた様子で付いて来るシスターは、隣に並ぶと同時に。


「えぇと、さっきの話ですけど……とっても不躾というか、厚かましいお願いですが……私も、その、頂いてよろしいんでしょうか?」


「拙者に授けられる物であれば、な? 流石にこの新しい刀を寄越せと言われたら、困ってしまう」


「そんな事言う訳無いじゃないですか!」


 プリプリと怒るシスターに向かって、やはり緩い笑みが零れてしまった。

 この子は、本当に凄い。

 今まで一人で生きる事を決意して、どこか心が離れていたのであろう此方に対して。

 彼女は、気兼ねなく歩み寄ってくれる。

 誰もが俺を異常だと指さす中、この子だけは何一つ気にせず隣に並んでくれる。

 未だ事態を理解していないだけだったとしても、今後離れていく可能性が高いとしても。

 この平穏を味わった事には、非常に意味があると感じたのだ。

 異世界転生、神様から貰ったチート。

 物語であればありふれたソレだったのに、俺はある意味ハズレ組。

 しかしながら誰かに認められ、共に歩んでもらえる。

 そして此方は、その相手の役に立てる。

 それだけで、十分価値があるというモノだ。

 俺が異世界に来た意味は、この子を救い先へと導く為だったのかと勘違いしたくなる程に。

 今は、充実した気分だ。


「刀の鍔が欲しいです……御守り代わりにしたいんです」


「ほぉ? 別に構わぬが、御守りとはまた……効果があれば良いのだが」


 先程“収納魔法”に突っ込んだ刀を引っ張り出してみれば。

 おや、ヒビが入ったり欠けていたりと、随分と酷い有様。

 これでは新しい物をプレゼントした方が良いのでは? なんて思って、彼女へと視線を向けてみれば。


「それが、良いんです。いつだって私を助けてくれた、貴方が使っていた武器の一部。不安な時、不味いと思った時。ソレを身に着けていれば、きっと私は諦めない。頼ってばかりではなくて、ムギさんみたいにって、強くあろうと思える気がするんです」


 そう言って笑う彼女は、やはり美しかった。

 今腰に差している刀の美しさとはまた違った、何処までも優しい美しさ。

 こういうのも、この世界にはあるのであろう。


「では此方も修繕して、アクセサリーとして仕立て直してもらわねば」


「わ、わー! そのまま! そのままで良いです! 無理にお金を使おうとしないで下さい! それにそのままでも充分立派ですから!」


 賑やかな会話をしながら、我々は街道を歩いて行った。

 いつからこんなにも女子と普通に話せるようになったのか、自分でも疑問ではあるが。

 それもきっとこの子の影響なのだろう。

 異世界で一人生きていく、それは並大抵の事ではない。

 数多くの人々に支えられながら、そしてこの子の様な存在に励まされながら。

 今日も、ハズレスキルを貰った〇ナホ侍は生きていく。

 絵に描いた様なファンタジー世界、ゲームの様な心躍る世界。

 だとしても、拙者が出来る事はただ一つ。

 世間に後ろ指刺されようとも、性玩具を投げつける事のみ。


「これからも、よろしくお願いします! ムギさん!」


「こちらこそ、よろしくお願い申し上げる。アイリーン殿」


 そんな状況でも、仲間と呼べる存在が出来た。

 これは、とても大きな一歩と呼んで良いのではないだろうか?

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