第18話 信頼の証
その後シスターのディスペルによって正気を取り戻した商人達により、馬車で街まで救急搬送。
奥義により酷い負傷を負った俺はそのまま教会へと運ばれ、治療魔法が使える神官達により治療を受けた訳だが……何とも絵面が酷かった。
神に仕える綺麗な服を着たおじ様やおば様方が神に祈りを捧げ、徐々に元通りに回復していくオ〇ホ侍。
傍から見れば、何かおかしな儀式を執り行っているかのように見えた事だろう。
しかし異世界の回復術はやっぱり凄い。
元の世界だったらまず間違いなく死んでいた程の重傷だった筈なのに、ちゃんと生きているのだから。
自爆して無事とはこれ如何に、とも思ってしまうが。
「生きているのが奇跡だ……」
「こんな重傷で、みるみる内に回復している……何という生命力」
「話を聞く限り、爆炎魔法を自らに使ったとか……そう考えると、何故この程度で済んだのか。木っ端微塵になってもおかしくない筈なのに……」
回復してもらっている間、物凄く色々言われていたが。
まぁ、何だ。
頑丈なのが取り柄ってのと、魔法じゃ無くてチートスキルだし。
もしかしたら自分にはダメージ軽減とかあるのかもね。
そんな事を考えつつ三日ほど治療してもって、無事元通りになった俺。
なんだかこの世界で唯一ギャグマンガの住人になった気分になるけど、気にしても仕方あるまい。
更には治療費もバカ高くなってしまったが、こちらも仕方ない。
医療保険と入院保険、こっちの世界にも欲しいなぁ……。
軽くなった財布にため息を一つ溢してから、新しい和服に袖を通した。
こう言う服も高いのだ、珍しいから余計に。
あと、俺の刀どこ行った。
自爆した時に、森の中にでも落として来てしまっただろうか?
「はぁ……命あっての物種故、致し方なしと諦めるか。そっちも新しいの買おう……」
せっかく全快したと言うのに、ため息ばかりが零れてしまう事態となってしまった。
冒険者は、平気でこういう事があるから怖い。
普段から貯蓄しておかないと、一つの依頼で全てを失う事だってあるのだから。
トボトボと歩きながら、まずはギルドへ報告に向かってみれば。
「あ、ムギさん。おかえりなさい、大丈夫でした?」
いつもと変わらない様子のヴィナーさんが出迎えてくれた。
あぁ、何か安心する。
柄にもなく、“帰って来た”と感じてしまった。
「えぇ、この通り。傷一つ残っておりませぬ。財布は少々……いえ、大怪我を負ってしまいましたが」
「生きている事が一番大事ですよ? しかし、何と言うか……ムギさん、本当に頑丈ですね? 普通あなたの爆発が間近で起こったら、跡形も残らないですよ?」
「それが拙者の取柄です故。男子は健康で頑丈であれ、でござる」
「頼もしい限りですね、ホント」
なんて雑談を繰り広げていれば、丁度良いタイミングで俺に依頼を出した騎士の方々が登場した。
フルプレートでガタイの良いおじさん達がニコニコしながら歩いて来る様子は、未だに慣れないが。
「ご無事で何よりです、ムギ殿」
「報告が遅れてしまって申し訳なかったでござる」
軽く挨拶を交わした後はカウンター近くの対面席に腰を下ろし、現場であった事の報告と、相手からも現状の報告を貰った。
とりあえず商人達は無事、魔物の残党も確認出来ずという事だ。
しかしながら大岩を破壊してこなかった為、そちらは本日中にでも現場へ戻り爆破してくると約束した。
収納魔法で回収してしまった方が楽だが、あんなデカいモノ捨てる所に困る。
「では、今回の報酬を――」
「いやいや、拙者はまだ依頼を全てこなした訳ではござらん。岩の破壊が終わってから、改めて頂戴するでござるよ」
流石に全部終わってない内から報酬は頂けない、と断ったつもりだったのだが。
相手にニッと口元を吊り上げてから。
「しかし手ぶらで現場まで行く、というのはこちらとして心配ですからな。前報酬というにはおかしいが、受け取って下され」
彼はそう言ってから部下に何やら指示を出した。
すると、何とも豪華な長い箱を運んで来たではないか。
「えぇと……コレは?」
「少し前、ギルドへ様子を見に来た時です。貴方の仲間が、ムギ殿の刀をどうにか修理しようと職人を探している場面に遭遇しまして。これはもしや、良いタイミングかと思いましてね。どうぞ、開けてみて下さい」
やっぱり駄目だったか、俺の刀。
そして俺の仲間と言うのは、アイリーンさん達だろうか?
いくら何でも、彼女達に修理費を払わせる訳にはいかない。
後で見つけたら、ちゃんとお断りを入れておこう。
そんな事を思ったりもするが、“良いタイミング”というのは……まさか。
ゴクリと唾を飲み込んでから、ゆっくりと箱を開いてみれば。
「こ、これは……また見事な」
「王家に献上にされた、至高の一品。スタンピードの礼として、是非貴方にとの事です」
中から出てきたのは、とても豪華な一振りの刀。
俺が以前使っていた刀が一般兵の物だとしたら、コレは間違いなく位の高い人間とか、もしくはそういう漫画の主人公が扱うであろう一級品。
普通の長剣に比べると、此方の世界の刀はとにかく高い。
だからこそ店で豪華な刀が飾ってあっても、ぐぬぬと歯を食いしばって我慢した記憶も数多く。
しかしそんな物が、今は手の届く所にあるのだ。
「え、あれ? 少々お待ちを、今王家と申されましたか?」
「えぇ、その通りです。コレは陛下より頂戴した物ですから」
ちょっと、ちょっと待ちましょうか。
スタンピードの礼とか言っていたけど、コレ貰っちゃって良いヤツなの?
とういうか相手は騎士だと聞いていたが、まさか王宮騎士?
だとしたら今までの俺の態度は非常に問題な上、何度もキッパリ誘いをお断りしてしまっているが……大丈夫なんだろうか?
思わずプルプルと震えながら、相手の事を正面から見つめてみれば。
「ご安心を、陛下は寛大なお方です。そして強者を見つけたからと言って、無理矢理手元には置こうとはしておりませんので。とはいえ今後とも仲良く出来れば、と言う事で我々を貴方に近付けた訳ですな」
「は、ははっ……仲良く、でござるか」
権力者が関わると碌なことが無い、というのが異世界物語あるあるな訳だが。
果たして、今回はどうなのだろう。
というかこちら側の世界に来てから冒険者一本でやって来たのだ。
地位とか位とか、そういうの全然勉強してないんだけど。
これ受け取ったら、大変な事になったりしない?
もはや想像の域を超えてしまい、困った視線をヴィナーさんへと向けてみれば。
彼女は何やらカウンターでジェスチャーを繰り広げていた。
何かを受け取る仕草をして、うんうん。
返す仕草をしてから、両腕でデッカイバツ印。
つまり、貰ってしまって大丈夫という事なのだろう。
「で、では……有難く頂戴致します」
「えぇ、それがよろしいかと。流石に陛下から頂いた物を突き返されては、少々……とは言えぬ程問題になってしまいますからな」
あっぶねぇぇぇ!
そっか、相手は此方を認めてくれた上でコレをくれたのだ。
しかも無理矢理騎士やら兵士やらにしない所を見ると、此方の生き方を尊重してくれているのだろう。
その上で、お礼という名目で繋がりを持つ為の贈り物。
ソレをいらんって突き返したら、流石に喧嘩を売ってるというか、相手の顔に泥を塗る事になるのか。
ヤバかった、一歩間違えたら首が飛ぶ事態だったのか。
むしろ今まで間違えまくっている気がするけど。
しかしこんな状況に陥るのなら……中世とかの位とか称号みたいなの、もう少し調べておけば良かった。
アニメでも伯爵が~とか、侯爵が~というの、適当に聞き流してたもんな俺。
もう少し調べておかないと、今後困った事態に陥るかもしれない。
と、言う訳で。
かな~り失礼だと思うが、怖いので一応確認しておこう。
「拙者、こういう時の礼儀や作法に疎いものでして……こう、頂き物をした時には何かしたり。お礼に伺ったりするものなのでしょうか?」
「まぁ本来は色々あると言うか、七面倒臭いやり取りや挨拶などがあったりしますが。あくまでも貴族間のお話ですので、今回はあまりそう言った方面で煩く言うつもりはありません。あ、今のは内密にお願いします」
今この人、七面倒臭いって言った。
「例えばその刀を腰に差して、王宮へお礼を申し上げに姿を見せるとします」
何やら説明が始まり、此方は真剣な顔で彼の話を聞いていれば。
彼は随分と楽しそうに笑いながら、身振り手振りを含め始め。
「まず頭を下げ、片膝を尽きます。そして陛下より“面を上げよ”と言われたら頭をあげますが、直接顔を合わせる程上げてはなりません」
「ふむふむ、アニメなんかで見た気がするでござる……それでそれで?」
王様と会う時の皆やってるヤツだと思う。
そうか、顔上げて良いよって言われても一気に顔見たらいけないのか。
これも教えておいてもらわなかったら、絶対やらかしていただろう。
「そして色々挨拶したり、陛下からのお言葉を頂いた後、自らの剣を差し出します」
「ほ、ほう?」
「陛下が剣を抜いて、こう肩にポンポンと刃を当て、剣が返されれば」
「返されれば?」
「貴方は立派に騎士として認められた事になります」
「あれぇ!? お礼を言いに行っただけなのでは!?」
此方の大声とオーバーリアクションに対して、彼と周りにいた部下の方々まで盛大に笑い始めた。
つまりはまぁ、からかわれただけなのだろう。
逆に、直接顔を見せに行ったらそうなるよって釘を刺してくれたのかもしれないが。
そして彼等、やはり騎士様という雰囲気ではない。
物腰は柔らかいし、こうして一般人である俺に対しても普通に接してくれている。
「とまぁそう言う訳で、難しい事を考えず受け取って頂けるだけで構いませんよ。とても感謝していたと、私の方で伝えておきますので」
「か、かたじけない……あの、刃を見てもよろしいですかな?」
「えぇ、ソレはもう貴方の物だ。存分に確認してください」
こう言う席で刃物を抜くのは不味いかとも思ったが、あっさりとOK。
手を触れる事も躊躇してしまいそうな刀に手を触れ、正面に持って来てみれば。
やはり、豪華だ。
派手過ぎるという事でなく、非常に“しっかり”している。
刀に詳しければ、ココはこれを使っていて、こっちはこうでーと話が出来たのかもしれないが。
生憎と専門用語には明るくない為、黙ったまま観察させて頂いた。
あまり変な事を言って、恥をかいても困る。
とはいえ、まだ抜いてさえいないのに美しい。
鞘も今までは真っ黒だったが、今回の物は非常に深い紺色。
鍔なんかも光り輝いているんじゃないかと思う程、綺麗な色で日の光を反射させていた。
もはやこの時点でゴクリと喉が鳴るが……果たして。
「では、失礼」
グッと力を入れて、鞘から少しだけ刀を引きぬいてみれば。
そこには。
「言葉を失う程の美、という物を……拙者初めてこの目にしました」
「お気に召した様で何よりです、ムギ殿」
日本刀は、美しい。
鑑賞用に現代でも幅広い層の人気を誇る程、それは知られている。
だからこそ、本物の刀を手にした時は興奮した。
刃に映った自らが、物凄く気持ち悪く笑っていた記憶がある。
しかしコレはどうだ?
見た瞬間吸い込まれると言えるような感覚、本当に鏡の様に刀身に映る景色。
そこを覗き込んでいた今回の俺は、とても驚いた顔をしながら穴が開く程刃を見つめていた。
こんなに美しい刃物が、この世にはあるのか。
そんな感想が、考える前に口から零れてしまいそうになる程。
「拙者には勿体ないと思えるような刀でござるな……しかし、ありがたく頂戴致します」
「えぇ、どうぞお使いください。しかし勿体ないとは自らの過小評価が過ぎますな。良く似合っておいでだ、その新しいワフクとも、貴方とも」
えらく嬉しい事を言ってくれるその人は、本当に楽しそうに笑っていた。
普段だったら男にそんな事言われても、とか思ったのかもしれない。
しかしながらここまで嫌味無く言葉を紡がれてしまうと、素直に嬉しいと思ってしまうのだから不思議なモノだ。
「感謝いたします、大切に使わせて頂きます」
「はい、よろしくお願いします。では、本日はコレで。今日中に岩を片づけてくれるという話でしたので、また明日お伺いしますね」
それだけ言って両者頭を下げてから、彼等はギルドから去って行った。
まるで嵐の様な展開だったのにも関わらず、今心の中は非常に清々しい。
そして何より、腰に刺さった新しい刀。
この美しさが、より一層気を引き締めさせてくれる。
「良かったですね、ムギさん。丁度武器が破損していた所に、そんなに良い物を貰って」
「ハハッ、そうでござるな。拙者もこの刀に見合う様、精進せねば」
そう言いつつ、刀の柄をいつも通り叩いてみれば。
ヴィナーさんは困った様にクスクスと笑って見せるのであった。
本当に、凄い物を頂いてしまった。
コレはもはや、不意なハプニングで自爆している場合ではない。
もっともっと強くなり、今後はしっかりこの刀と帰って来なくては。
「もしかして、服を新しくしたのもその為ですか?」
「まさか、前の物が駄目になってしまった故新調したまで。本当に偶然でござる」
とはいえ、前よりも少し色や柄も派手になったのは確か。
もう少し落ち着いた色の方が良かっただろうか? なんて事を思っていたのに。
今ではこの刀と合わせるなら、これしかないだろうと思える程になっていた。
本当に、偶然とは重なるモノだ。
「あ、そうそう。アイリーンさん達、今は仕事に出てますけど。予定ではもう少し経てば帰ってきますよ? 無事の報告と同時に、街道の岩爆破に連れて行ってあげたらどうですか?」
「しかし仕事帰りで、また外に付き合わせるというのも……」
「多分置いて行こうとした方が怒りますよ? 彼女、随分と心配していましたから」
「うっ! まぁ初見で“アレ”は確かに、相当な心配をお掛けするであろうな……」
「初見じゃなくてもビビりますって、絶対。普通の人は自爆しませんから」
と言う事で、本日のお仕事はアイリーンさんの帰りを待ってからと言う事になった。
日帰りが叶なそうな時間になってしまった場合、馬車の一つでも借りようか。
そんな事を考えつつ、ギルド内で待機していれば。
「ムギさん! もう大丈夫なんですか!? おかえりなさい!」
ギルドの玄関から、此方に向かって走って来るシスターの姿が。
今回は随分と彼女に助けられてしまった、街に戻って来る間もずっと治癒魔法を掛けてくれていた程。
だからこそ、静かに頭を下げてから。
「ただいま戻りました。御心配をお掛けした上、大変お世話に――」
「心配したんですよ!? 傷はちゃんと治りましたか!? ちょっと見せて下さい!」
こちらの話を聞いてくれない暴走シスターが、此方に抱き着く勢いで服を脱がそうとして来るではないか。
「お、落ち着くでござるアイリーン殿! 人前でその様な行為、神官のやる事では――」
「いいから、大人しく見せて下さい! あんな大怪我をしていたんですから!」
前回もそうだったが。
この子、冷静さを欠くととんでもない行動に出るらしい。
というか、周りが見えなくなると言った方が良いのか。
結局シスターの暴走は、此方が上半身半裸になるまで止まってくれなかった。
上だけ肌を晒して、下は袴って。
何だか時代劇みたいな恰好をしているが……生憎とそう思ってくれる者はスカイ殿しかおらず。
結局は公衆の面前で半裸になった上、シスターにペタペタ触らせるプレイをしていたという不名誉な噂が広がる事になった。
その内噂が尾ヒレを付け、逆にシスターを触っていた変態侍とかになる事だろう。
何故こう俺の異世界生活は、最後がいつも綺麗に終ってくれないのだろうか。
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