第17話 二つ目の奥義


 どうやら動きがあったらしい。

 何台かの馬車が連なって、大岩の元へとやって来たではないか。

 それに対して、次々と集まって来る魔物達。

 更には馬車から引っ張り出される三人の人間。

 目的の相手を見つけた、と言う事なのだろうか?


「はてさて、サキュバスが欲しがっていた人物とは如何に。いったいどんな人物でござろうか」


 なんて言葉を洩らしながら目を凝らしてみれば。

 おい、何の冗談だ?

 どう見ても、アイリーンさんと愉快な仲間達ではないか。

 何故? 彼女達が狙われる理由は無い気がするが。

 確かに人間とは、純粋純白なモノを汚したいという汚い欲求はあると聞くが、今回の相手は魔物でありサキュバスなのだ。

 だとしたら狙いは少年たちの方で、シスターはオマケ?

 そんな事を考えもしたが、サキュバス達は間違いなく彼女に向かって歩みを進めていた。

 いったいどういう事なのか、全く持って理解出来ない。

 が、しかし。

 俺が動く理由は出来たという物だ。

 懐から天牙を取り出し、鬼の形相で走り出そうとしてみれば。


「キャァァァ!」


 彼女の悲鳴が、この場まで響いた。

 まさかあの場に居合わせただけの彼女さえ、報復の対象に!?

 あまりにも少ない可能性に思えるソレだが、間違いなく彼女の悲鳴が聞こえたのだ。

 ならばいち早くその場へ向かわねばと、脚に力を入れた瞬間。


「綺麗な肌してるのね。シスターだし、やっぱり処女? それに色んな魔術適性がある……人間の割に、凄いじゃない。これなら、“インキュバス”のロードも満足するんじゃないかしら?」


 何か、とんでもないワードが飛び交っている。

 インキュバス? しかもロード?

 だとするとアイツ等は、男性版淫魔に彼女を差し出そうとしているのか。

 許される訳が無い、そんな事。

 ぜってぇにぶっ殺してやる!

 というのと、もう一つ。

 綺麗な肌とか仰っていませんでしたかね?

 改めて目を凝らしてみれば、そこにはやはり魔物に囲まれた少年少女達が。

 そして問題のシスター。

 何と言う事でしょう、遠目から見ても分かる程真っ白な肌が晒されているではございませんか。

 さっきの悲鳴は怪我を負わされた訳ではなく、服を引き裂かれた事により発生したモノらしい。

 えぇクソ、邪魔だオーガ!

 そこに立たれては良く見えないではないか!


「さて、お土産も確保出来た事だし……そっちの男二人と、商人は食べちゃって良いわよ? さぁ、貴女はコッチ。これから“インキュバス”ロードに御対面、そしたらすぐに子作りかしら? 期待してるわよ? あの人、幼さが残る女の方が好きだから」


「い、いや……」


 ちょっと違う方向に熱くなり始めた腹の奥が、一気に冷えて行った。

 馬鹿か俺は、今はそんな状況でもあるまいに。

 今まで何かトラブルに首を突っ込んでも、外部の人間としてどこか他人事の様に思っていたのかもしれない。

 ココは異世界で、ファンタジーで、ゲームみたいな敵も居る。

 だらこそ、現実感というモノをあまり認識しないようにして生きて来たのかもしれない。

 だって俺にはチートがあるし、不便はあっても生き残れるし。

 そんな事を考えて、無自覚の内に“俺最強”ってヤツに酔いしれていたのかもしれない。

 だが、彼女はどうだ?

 自らの認識する世界全てであり、自ら努力して得た力しか持っていない。

 その上で格上に捕まり、これから顔も見た事のない魔物の子供を作れと言われているのだ。

 そんなもの、恐怖以外何者でもあるまい。


「秘剣、参之形」


 静かに右手を上空に振り上げ、“収納魔法”を展開させた。

 あの場には一般市民も居る上に、守るべき対象とその仲間達が居る。

 一斉に爆撃する訳にはいかないのだ。

 と言う事で、爆発しない攻撃が必要。

 “楼士四ローション”では駄目だ、あの場で皆が入り乱れれば余計手が出せなくなってしまう。

 ならば、爆発しない非殺傷の武器。

 相手と仲間の距離をまずは空ける事が最優先。

 それが可能な武器は。


「喰らえ……出射琉弩ディルド


 これしか、あるまい。

 柔らかい樹脂製のソレは勢いよく発射され、ぐねんぐねんとうねりながらも相手の顔面に直撃した。

 そして発射したのは一本ではない。

 数多くの、色取り取りのソレらが雨の様に降り注ぐのだ。


「な、何が!? コレは……いや本当に何!? 何かおかしなモノが飛んで来た!」


 サキュバスが悲鳴の様な声を上げ、オーガ達は頭を押さえて逃げ惑う。

 オーガに対してはかなりの威力で発射したのだ、特大のゴム弾を打ち込まれた様な痛みを覚えている事だろう。

 樹脂製故、当たった後は結構な勢いで跳ね返っており、商人の方々にもぶち当たっている様に見えるが……まぁ、死ぬことはあるまい。

 むしろコレを食らって死んだとなれば、死因ディ〇ドと書かなければいけないのだ。

 意地でも生き残ってくれ。


「先日より、随分と好き勝手やってくれるではないか。覚悟は出来ているのであろうな? サキュバス。貴様は手を出してはならぬ相手に二度も手出した、それは万死に値する。覚悟はよろしいか?」


 決め台詞を吐きながら、悠々と相手の前に姿を現した。

 右手に天牙を、左手に出射琉弩を持ちながら。


「へ、変態だあぁぁぁ!」


「サキュバスに言われたくはないでござる!」


 と言う事でまずは一撃。

 接近してから周りに被害が出ない様正確に、オーガが集まっている場所へと向かい天牙を投げつけ爆散。

 シスターの近くに居たサキュバスを手に持った出射琉弩で殴り付け、距離を空けた。

 一気にシスターへと近付き、片腕抱え上げたと同時に。


「すまぬシスター、しばし我慢してくれ」


「え、え? えっと? ムギ、さ……きゃぁぁぁ!」


 彼女を敵陣の向こう側へと思い切り投げやり、地に伏せていた男子二人も回収する。

 その際邪魔になった出射琉弩を、もう一度サキュバスの顔面に投げつけてから両脇に抱え込んだ。

 そして、一気に敵陣の中心から走り抜ける。

 これで敵の包囲網からは抜けた。

 商人はまだ居るが、魅了された状態では此方に襲い掛かってくるかもしれない。

 今はまだ、助けては邪魔になる。

 と言う事で、少年二人を地面に下ろしてからシスターが降って来る位置で両手を広げてみれば。


「わぁぁぁぁ!」


「え、ちょ、シスター! その様に暴れられては!」


 どうやら彼女、高い所は苦手だったらしく。

 妙にバタバタと暴れながら、此方へ向かって不安定な体勢で降って来るではないか。

 不味い! 投げたままの体勢で居てくれればすんなりキャッチできたが、今の状態では取り落とす可能性がある。

 というか、キャッチ出来てもかなりゴツッ! という痛い感じになってしまうかも知れない。


「すまぬシスター! 拙者を信じて、手足を丸めろ! 小さくなるでござる!」


 そう叫んでから、此方も天高く舞い上がった。

 俺の言葉に従ってくれたのか、彼女は膝を抱える様にしてキュッと目を瞑ってしまったが。

 親方! 空から服が破れた体育座りの女の子が!

 とか、馬鹿な感想が思い浮かんでしまったが。

 生憎と、シー〇程優しい速度では落ちてこない。

 物理法則に従って、結構な勢いで降って来るのだ。

 しかも先程まで暴れていた影響もあってか、角度も悪い。

 あぁくそっ! コレかなり痛い感じになるかも!


「シスター、許せ! 肌に直接触れるやもしれぬ!」


「ムギさぁぁん! 助けて下さぁぁい!」


 目を閉じながら叫ぶ彼女に対して、此方はもはやガシッと掴み取る事しか出来なかった。

 よし、捕まえた!

 そんな事を思いつつ、そのまま落下していく。

 これはちょっと本気で不味いかも……なんて事を思っている内に、ゴッ! と背中に衝撃を受けた。

 どうやら彼女を受け止めた際、空中で体勢が崩れてしまったらしく。

 息が止まる程の衝撃を、背面から感じてしまった。

 これ、身体が強化されてなかったら多分死んでる。

 今だからこそむせ込む程度で済んでいるが、女の子だって人間なのだ。

 内臓や筋肉が詰まり、それなりの体重が実在している。

 アニメや漫画の設定集で女の子の体重が公開される事はあるが、殆どは夢物語と言って良いだろう。

 実際何度も女の子を腕に抱えた経験など無いが、ヴィナーさん辺りは結構普通に答えてくれるのだ。

 この身長で、この体重の子ってどう思います? と質問すれば。


「骨と皮ですね。ギルドには紹介しないで下さいね? 多分移動だけで死にますんで」


 とか言っちゃうくらいには、赤裸々な情報を語ってくれる。

 いやこれは赤裸々なのか?

 どうでも良いが、何が言いたいかと言うと。

 背中に衝撃を受けた後、前面からも衝撃を受けたと言う事だ。

 柔らかさも感じたが、確かな人間の重量が伸し掛かって来た。

 つまりどういうことか。

 普通だったら両方圧迫されて死んでるって事だ。


「ムギさん! ムギさん大丈夫ですか!?」


 未だ力が入らないのか、此方の身体の上でプルプルと小鹿の様に動いているシスターだが。

 どうやら彼女は無事らしい。

 ひとまず、第一目標はクリアだ。

 しかしながら、俺も予想以上のダメージを受けているのか。


「ちょ……ちょっと、動かぬままでお願いしたい。今頭がクラクラして……血の巡りと同時に感覚が戻って来ている所でござる」


 簡単に言うと、全身が痺れていた。

 麻酔でも受けたかのように、手足の感覚が無い。

 しかしながら、ジワジワと血管を巡る血の感触が広がっていくと同時に、徐々に何かに触れている感覚が戻って来た。

 あぁぁ、来た来た。

 戻って来たぜ。

 ちょっとムズムズするというか、痺れている様な気持ち悪い感覚は残るが。

 それと同時に、触れているシスターの感触も確かになっていく。


「あ、あの……大丈夫ですか? もう動いても平気良いですか? あと……その、手を……退かして頂けたらなぁって」


 何やら恥ずかしそうな声を上げるシスターが、困った顔で此方に視線を向けて来るではないか。

 しかしちょっと待って頂きたい。

 まだ指先までは感覚が戻っていないのだ。

 それから衝撃のせいか、視界がモノクロになっており良く見えない。

 パチパチと何度か瞬きを繰り返してみれば、徐々に戻って来る色と視界。

 そして、件の手が触れている場所は。


「すまないアイリーン殿! 決してやましい気持ちでスカートに手を突っ込んだ訳では!」


 俺の右手は、彼女の衣服の中。

 そしてスカートに見事手を突っ込んでいた。

 言い訳をするなら、そんな事を気にしている状況では無かったのだが。

 しかしながら、タイミングと抱きとめた場所が良くない。

 右手はスカートの中に、もう片手の指先を確認してみれば破れた衣服の中……正確には胸の谷間あたりに掌を置いているではないか。

 先程彼女はサキュバスによって衣服を破られたのだ、もっと警戒するべきだった。

 完全にパニックになりながら、慌てて両手を放してみれば。


「ムギさん!? 頭から血が出てます!」


 解放されたというのに、彼女は此方の頭を抱え込む様にしてまた接近して来るではないか。

 確かにね、凄い衝撃だったから。

 出血くらいするかもしれない。

 というか頭を打ったから視界の色がぶっ飛んだのだろうね。

 何て事を考えている間も、傷口を確かめているシスターは必死に治癒魔法を掛けてくれる。

 その間、目の前に何があったかと言えば。


「我が生涯に、一片の悔いなし……」


 目の前には、破けた服からこんにちわしている素肌が。

 谷間、ですかね?

 ちょっと可愛らしいサイズですので、谷って感じではないですが……凄く、穏やかな気分になります。

 でも相手が動く度、衣服の隙間から見えてはいけない箇所が見えてしまいそうで……その、とても危ない状況です。


「すぐに治療しますから! そのまま大人しくしていて下さい!」


 ごめん、無理です。

 こっちは女人に触れる事も禁じられたクソ童貞ですので、無理です。

 このままでは炸裂してしまいそうです。

 と言う事で、瞼を閉じた。

 すると、フワリと良い香りが鼻先を擽る。

 あ、これはもう目を閉じても駄目だわ。


「シスター、しばし離れよ。拙者は敵を討ち倒さなければいけぬ」


「駄目ですムギさん! こんなに血が出ているんですよ!? まずは治療しないと、戦っている内に死んじゃいます!」


「ご安心なされよ。拙者、頑丈なのが取り柄です故」


 目を閉じたまま彼女を退かしてみれば、ちょっと柔らかい個所に触ってしまった気がした。

 相手からもビクッという反応を貰ったが、でも感触は服の上からだった。

 と言う事で、セーフと言う事にしてもらおう。

 瞼を下ろしたまま立ち上がり、深呼吸をしてみれば。

 分かる、分かるぞ。

 此方に向かって来るオーガの足音、何やら叫んでいるサキュバスの声。

 よくぞ今まで空気を読んで大人しくしてくれていた。

 先程の攻撃で、混乱どころではなかったのかもしれないが。


「我が奥義、二つ目をお見せしよう……」


「ムギ……さん?」


 傍らからシスターの声が聞こえて来たので、瞼を閉じたままニコッと微笑みを返しておいた。

 今は視覚情報など要らない。

 俺の目には、シスターのあられもない姿がこの瞳焼き付いているのだから。


「とある機動〇士ガン〇ムを参考に編み出した奥義……零之羽ウイング・ゼロ!」


 それだけ言って、正面から相手に向かって走りだした。

 何の策も無い、武器も持たない。

 この身一つで相手に特攻し、文字通り自爆する事。

 この奥義は非常に危険、此方にだって被害を被るのだ。

 しかし、やるしかない。

 多分、何がとは言わないが出てしまうから。


「ムギさん! ムギさぁぁぁん!」


 シスターの声を聴きながら、俺はニッと口元を吊り上げて呟いた。


「任務了解、自爆する」


 敵陣のど真ん中まで駆け込み、覚悟を決めるのであった。

 出て、しまったから。

 そして天牙に包まれていないソレは、本来の威力を発揮する。

 カッ! と音を立てて、盛大に周囲を炎に包み込むのであった。


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