第15話 調査開始


「大岩、確かにあるが……コレは?」


 街道を塞ぐようにして、巨大な岩が鎮座していた。

 なるほど確かに、これでは馬車の類は通れないだろう。

 だがしかし……妙だ。


「何度も移動した痕が見受けられるな」


 地面に、妙な溝が出来ている。

 つまりこれは、偶然ここに落下した対処不可の大岩と言う訳ではなく。

 何者かが何度も移動させた、要は防壁な訳だ。

 それが分かり次第近隣の森に身を隠し、岩を観察する方針へと移行した。

 間違いなく、この岩を利用して何かをしている人物が居る。

 報告ではオーガの目撃情報という事だったが、果たしてどうなるか。

 なんて事を思いながら、ジッと大岩を見つめて待機していれば。

 徐々に周囲から気配が増えて来る。

 これは……見張り役が戻って来たと言う事か?


「ちょっと! 何昼寝してんのよ!? ちゃんと見張っててって言ったわよね!?」


 急に、痴話喧嘩の様な会話が聞こえて来た。

 気配を殺しながらそちらに接近してみれば。


「どうしてこうオーガって、肉体能力だけは高い癖に単純なのかしら……まぁコレで頭も良かったら今頃数も増えてるわよね……」


 そこには、オーガを叱りつけているサキュバスの姿が。

 やはり、前回の生き残りか。

 思わず天牙が用意して、すぐさま爆散してやろうかと思いきや。


「リーゼ様が居なくなったから、仕方ないけど……連携もガタガタ。あぁもうやってられない、ホラ食料の為に働きなさい! また商人が来たわよ!?」


 そういって彼女が指さす先には、荷を引く馬車が見える。

 これはまさか、街道を封鎖して商人を襲っていたと言う事なのだろうか?

 あまりにも雑と言うか、山賊の様なやり方に見えるが。

 果たして。


「こんにちは、商人さん。ちょっとお話よろしいかしら……って、貴方。この前ココを通った人ね? どう? ちゃんと約束の物は持って来たかしら?」


 馬車から降りて来た商人は、ペコペコと頭を下げながら荷台に積んだ品物を指さしていた。

 一体何をしているのか。

 まさかサキュバスが商売を始めたと言う事ではないだろうが……などと思っている内に、オーガが荷を下ろし始めたではないか。

 何と言うか、魔物を手懐けて仕事をさせている凄腕商人にも見えて来るが。

 多分、逆なのだろう。

 下ろした荷から出てくるのはとにかく食料。

 ぎゅうぎゅうに詰め込みましたとばかりに、保存状態など度外視で食品が詰められていた。

 それらに飛びつくオーガ達。

 数名のサキュバスは、思い切り呆れた表情を浮かべながらそれらを見ている訳だが。

 もしかしてこれは、手元に残ったオーガに対しての餌やりなのだろうか?

 しかし何故こんな真似を?

 そしてあの商人は何故、サキュバスの指示に従っている?

 様々な疑問が浮かぶ中、相手の事を暫く観察していれば。


「もしも私達と約束を違えたその時には……分かっていると思うけど、家族全員がオーガに食い殺されると思いなさい? 貴方の住んでいる街も、家も、全部覚えてるんだから。ほら、それじゃもう一回。今度こそ見つけて来てね? そしたら御褒美をあげるわ、ウフフ……」


 “魅了”の類、もはや催眠と言うべきか。

 商人は随分と嬉しそうにしながら、再び街へと戻っていく。

 というか随分とまぁ……安い脅し文句というか。

 貴様は田舎のヤンキーかと言う程の脅迫を付きつけながら、今度はオーガが大岩を退かし始めたではないか。

 なるほど、これが岩の移動していた正体。

 外から来る者は通し、出て行こうとする者はあぁやって止めていると言う訳か。

 確かに人が無事なら、すぐさま情報が入って来ないのも頷ける。

 何と言っても商人達が自主的に動いてしまっている状況なのだから。

 だがしかし、人の口に戸は立てられぬと言うもの。

 実際あの催眠も完璧という訳ではないのだろう。

こちらに大岩の話が流れて来た程だ、正気に戻った何者かが兵に訴えたものと思われる。

 なんともまぁ雑な作戦と言えばそれまで、魔物だからこそ致し方ないのかもしれないが。

 しかしソレもこれで終わり、幼稚な計画は幕を閉じる。

 ため息を溢しながら、天牙を構えて投擲ポーズに入った所で。


「はぁぁ……いつまでもこんな所に居られないんだから、早く“土産”を見つけなきゃ。商人も全然駄目だし、人間なんてこんなものかしら……あぁもう! 話にあった質の良い冒険者っていうのはどこに居るのよ! リーゼ様が生きていれば、こんな苦労必要無かったのに!」


 どうやら向こうも長居するつもりは無いらしく、随分と急いでいる御様子。

 しかし、“土産”とな?

 更には質の良い冒険者、というのは一体。

 とにかく誰かを攫う事が目的らしく、商人達に関しては食料の運搬と情報収集と見た。

 商人達に攫うかおびき寄せるかさせた後、その人物を回収したら撤退するつもりでいるのか?

 であればこの問題は、時間が解決する程度のモノだったらしい。

 放置すれば件の冒険者は攫われる結果になるが。

 とはいえ、冒険者が一人二人消える事など日常茶飯事。

 正直放っておいても良いが、流石にそれは人情が無さ過ぎる。

 だとすればすぐにでも爆散して終わり……と言う事をすると少々問題が残る。

 商人にどういう動きをさせているのかは不明だが、もしも拉致など手段を取った場合、渡すべき相手のサキュバスが居なくなってしまう。

 そうなってくると、攫った相手に「必要なくなったから帰って良いよ」とは言わない筈だ。

 この手の魔法は、相手を倒せば催眠が解けるという訳でもない。

 逆に攫ってから催眠が解けた場合は、その人物は自らの意思でないにしても誘拐犯になってしまうと言う事。

 善良な人間ならまだしも、自らの罪を告白するくらいならいっそ……と思ってしまってもおかしくはない。

 とはいえ流石にずっとココに居る訳にもいかない為、留まっている間に事態が動けば良いのだが……どうなる事やら。


「そもそも攫われて来るかすら分からぬからな……暫く観察する他無い、か」


 その期間内に件の人物が姿を見せるなら救出、叶わなかった場合には殲滅した後国の兵士達に報告して後は任せる。

 冷たい物言いかもしれないが、この世界はそれくらいに人の命が軽いのだ。

 運が悪かった、そんな言葉程度で命を落とす世界。

 だからこそ、全てを救う事は出来ない。

 ふぅと息を溢してから、懐に天牙をしまい込んだ。


「まぁ……どれ程の人数を手駒にしているか分からない以上、今すぐに戦闘を始めるべきではあるまい」


 気になる点が多すぎるのだ。

 質の良い冒険者とは? サキュバスが言っている程だ、能力が高いと言う事だろうか?

 だとしたら、飛びぬけて能力が高いのはまずスカイ殿。

 彼程の子種ならサキュバスでさえ欲しがるのかもしれないが……正直それなら心配する必要もない。

自分で勝手にどうにかした上で、存分に異世界主人をかます事だろう。

 それ以外となると……正面戦闘を行った俺か?

 サキュバスが、俺を求めている?

 そう考えるだけで、ちょっと体中がゾクゾクしてしまうが。

 多分、違うと思う。

 異世界のこういう展開は、基本的に俺を外側に放り出して物事が回っていくのだ。

 むしろこちらから首を突っ込まないと、普通の村人Aで終わりそうな程、俺はこういうトラブルに巻き込まれない。

 他者を含めた何か、でないとイベントが起こらないのだ。

 とても、平和な異世界転生もあったものだ。

 まぁ冗談はさておき。

 奴等は誰かを攫う事を目的としており、更には土産と表現した。

 一体誰に? 何のために?

 しかもソレだけは確保しておきたいという姿勢を見ると、どう考えても自らが“使う”為にという訳では無さそうだ。

 誰かに献上して、身の安全を保障してもらう為?

 もしくはみかじめ料の様なモノが、サキュバスの世界ではあるのだろうか?

 しかし奴らの親玉的存在であったロードは、間違いなくこの手で倒した。

 それ以外の存在が居ると言う事なのか……全く持って想像出来ないが、とにかく誰かを狙っていると言う事だけは分かった。

 定期的にナイスガイを上司に届けなければいけないとか、もしくは若い人間のオス。

 つまりショタを配達して、若き才能を絞りつくすとか。

 そう言った薄い本的な展開が待ち受けているのだとしたら……ちょっと気になる、ではなく阻止しなければ。

 むしろその事態に俺が陥った場合、全て爆散する事になって解決出来るのに。

 しかし同時にいくつもの問題が発生するのも確か。

 相手は魔物だから世間的には爆散で正しい行動かもしれないが、本人からしたらトラウマモノだ。

 何たって、今しがた体を合わせたお姉さんが目の前で爆死するのだ。

 無理、流石に勃たなくなる自信がある。

 EDになったら、俺は全てが終わる。

 だから、この欲望は叶う事は無い。

 この世界において、俺が最も活用し最大限利用して来たチートを封殺されてみろ。

 生き残れる自信が無い。

 と言う訳で。


「では、耐久戦と洒落こもうか」


 木々に隠れながら、こちらは“収納魔法”から食料を引っ張り出した。

 人間三日は水分だけでも生き残れると聞いた。

 此方には更に魔法だってあるのだ。

 なればこそ、のんびりキャンプをしながら奴等の行動を観察させて頂こうではないか。

 そんな事を思いつつどっしりと腰を下ろし、街道で勝手に道路封鎖を行っている魔物達を観察するのであった。

 こういう連中はチマチマやるより、まとまった所を一気にドカン。

 ソレに限る、というか楽なのだ。

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