第14話 一難去って


「ムギさん! 見て下さい! 一月でいくつかランクアップしたと思ったら、先日もう一つ位を上げてもらいました!」


「ほぉ、それはめでたい。頑張っておられるな、シスター。では今後もこの調子で――」


「まだですか!? まだ駄目なんですか!?」


 ギルドの食堂で、キシャー! と猫の様に怒る神官。

 随分と遠慮が無くなったと言うか、表情豊かになったモノだ。

 彼女の後ろでは、自らの身分証を何度も確認している少年が二人。

 恐らく、とんでもない早さのランクアップに戸惑っているのだろう。

 ちなみに冒険者のランクは十段階。

 一が初心者、十がベテランとして扱われ。

 強さの証明と言うより、十の位を持っていてやっといっぱしな仕事人という所だ。

 仕事の成功率、信用問題などなど。

 様々な功績が影響され、真面目な人間程十段階に上がるのは早い。

 不真面目な行動などをすれば、位を落されてしまうが。


「ムギさん……ランク十ですもんね……そこまで行かないと、やっぱり組んでくれませんか?」


「こんなもの、真面目に仕事をしていればすぐでござるよ。この調子でいけば、来月にはまた二つか三つランクが上がるのではござらんか?」


 少年二人と組んだ事により、シスターの評価は格段に上がった。

 以前の様に、ベテランと組んでいるから云々という前提が無くなったのだから当然だが。

 彼等と共に魔獣討伐を繰り返し、三人共慣れて来たのか仕事の回転率も上がっていると聞く。

 なんでもシスターを主戦力としてパーティの要に置き、男子二人は牽制と誘導。

 更には盾役まで勤めていると言うのだから、大したものだ。

 もっと言うなら、最近ではベテランの面々から教えを乞う様になり、人間関係もだいぶ改善されたとヴィナーさんから聞いている。

 いやはや、若者の成長は早いモノだ……なんて、少々年寄り臭い感想を残していれば。


「ムギさーん! 依頼ですよー! あとお客様でーす」


 ヴィナーさんが、カウンターから大声を上げながら此方に手を振っていた。

 さて、こちらも本日の仕事に向かわなくては。


「ではな、アイリーン殿。今日も外へ出るのであろう? 何卒、お気をつけて」


「はいっ! ムギさんもお仕事頑張ってください!」


 弾けんばかりの笑顔で此方を送り出してくれたシスターは、パタパタと走って仲間の元へと戻って行った。

 良いパーティに、育ってきているのだろう。

 きっとあのまま彼女は成長していき、此方とは街で会話する程度に収まる。

 それで良いのだ、あの子の未来を思うのなら。

 何たってこちらは、未だ女人に嫌われるオナ〇侍なのだから。

 ツゥゥっと一筋の涙を流しながら、カウンターへと向かってみれば。


「お待ちしておりました、ムギ殿。毎度毎度申し訳ないとは思いますが、騎士団などご興味はありませんか?」


「失礼、拙者用事を思い出しましたのでこれにて」


 俺を待っていたのは、屈強な肉体を持つ鎧を着た男達。

 はっきり言ってむさ苦しい、もっとフレッシュな方々に勧誘されたいモノだ。


「ムギさーん、今日の依頼はこの人達からでーす。逃げない逃げない」


「ぐっ!?」


 ヴィナーさんに逃げ道を奪われ、唸りながら彼等と向かい合った。

 あの一戦、スタンピードを一人で殲滅した戦場からというもの……やけにこういう勧誘が激しいのだ。

 やれ兵士にならないか、騎士にならないかと。

 給料から福利厚生まで、“向こう側”の世界なら転職待った無しの条件なのは確か。

 しかしこちらは異世界、命の保証など無い世界なのだ。

 そんな中、集団も集団。

 大集団に塗れて戦闘を行えと言われても流石に無理だ。

 仲間ごと爆撃しても構わないなら戦闘も可能だが、生憎とそんな事をすれば俺の首は胴体とサヨナラバイバイする事であろう。

 戦闘中のアクシデントならまだ言い訳は立つが、最初からそのつもりでは法的なジャスティスギロチンを拒否権無しに喰らわなければいけなくなる。

 いくらチート組とはいえ、ジャッジメントには抗えないのだ。


「何度も申し上げている通り、拙者は侍。兵士や騎士といったモノには無縁の存在でござる。本日の依頼が“その手の話”であれば、お断りさせて頂こうかと――」


「あぁすみません! 先程のはあいさつ代わりと言いますか、本件は別にあります!」


 挨拶代わりに騎士に勧誘するなと言いたくなったが、まぁ良い。

 ジトッとした瞳を向けてみれば、相手はゴホンッとわざとらしい咳を溢してから。


「街道に少々問題が発生いたしまして、其方の対処を是非貴方にお願い出来ないかと」


「街道に問題……? 拙者、道路整備は管轄外でござるよ?」


 はて? と首を傾げながら相手の差し出して来た依頼書を確認してみれば。

 そこに書かれていた内容は、何とも俺向きな依頼だった。


「街道を塞ぐ大岩……そして、魔物の存在」


「えぇ、商人達からの話では大剣を担いだ巨漢だったと。急いで逃げ帰ったと言う話で、正確に確認出来なかったそうですが……恐らく、前回のオーガの生き残りかと」


「報復、という事でござろうか」


「恐らくは、アレだけ知性のある個体でしたからね。その討伐という意味合いもありますが、依頼の目的は調査と大岩の撤去です。オーガ数匹程度であれば、我々でも対処可能です。しかしながら、調査という意味では少人数の方が都合も良い。そして大岩の撤去となると、貴方に頼るのが一番早いかと思いまして。本日はこうしてお願いに参上した次第です」


 なるほど。

国の戦力を動かす事態ではあるが、安く済ませようとした結果……と言う訳か。

こういう言い方をすると悪く聞こえてしまうが、所詮冒険者など下請けの下請け。

 まさに理にかなった依頼とも言えるだろう。


「承知仕った。本日中に現地に赴き、調査するでござるよ。可能なら岩の撤去も。しかし拙者の能力は御存じであろう? もしかしたら、大岩どころか他の箇所が崩れる可能性も……」


「そうなった場合は、普通の人間でも対処出来る程度に細かくしてしまってください。通れさえすれば問題ありません。近隣に崩れそうな山はありませんが、川がありますので、地面を崩して塞き止めてしまわない様御注意を。後始末と街道整備は此方で改めて人を出しますから、ご安心ください」


「だ、大胆な作戦でござるな……」


 確かに魔法を使えば、土木工事は物凄く早いと聞く。

 そういう適性を持つ人間を集めてさえしまえば、整地なんて驚くほど速く綺麗に終るのだとか。


「しかし前回の生き残りとなると、少々不安が残りますね……ムギさん、大丈夫ですか?」


 ヴィナーさんだけは、少しだけ眉を顰めながら心配してくれたが。

 まぁ、現地を見てみないと何とも言えないのも確か。


「恐らくは、大丈夫でござろう。調査も冒険者の仕事故、断る訳にもいきますまい」


 それだけ言って、依頼書に自らの名前をサインするのであった。

 さて、今度は何が出て来る事やら。

 鬼が出るとは決まっているのだが、問題にならない程度なら良いな。

 そんな事を思いながら、本日も外へ向かって足を運ぶのであった。


※※※


「ふぅ……お疲れ様でした」


 今日の依頼にある猪を数匹討伐した所で、額の汗を袖で拭った。


「おっつかれぃ。アイリーンさんの魔術はやっぱすげぇな、雷なんて完全に一撃じゃん」


「とは言っても、やっぱり高威力は詠唱が長いから俺等が頑張んないとだけどね。でも順調順調!」


 二人の前衛がニッと口元を上げて親指を立てる。

 確かに非常に順調であり、冒険者としてはこれ以上ない程確かな軌跡を残しているのであろう。

 彼等の目的は害獣駆除、ならばこの戦果は大成功と言っても良い結果に繋がっている。

 しかしながら。


「私は、いつになったらムギさんに認めて貰えるんでしょうか……」


 思わず、ため息が零れてしまった。

 分かっているのだ、二人にこんな事を言う時点で失礼だって。

 そして何より、彼の足元にも及んでいない事実も。


「まぁ……うん、あの“爆炎”となるとなぁ……そう簡単には追い付かないんじゃねぇかな」


「あれから色々調べたけど、ヤバいねあの人。戦果が尋常じゃない。スタンピードを一人で片付けるのもそうだけど、過去もヤバイ。ソロなのに無敗って何だよ、普通じゃないよ」


 二人には一時的なパーティとして組ませてもらっている、この事実は両者共自覚しているのだ。

 だからこそ、こうして普通に反応してくれる訳だが。


「すみません、今はお二人と組んでいるのに。そんな事ばかり言っていて……」


 何だか非常に申し訳なくなり、素直に頭を下げてみたが。

 彼等からは慌てた様子で、逆に頭を下げられてしまった。


「いやいやいや、俺等の方こそいつまでも付き合って貰って……本当ならすぐにでも“爆炎”の所に行きたいでしょうに。すんません、頼ってばっかりで」


「本当にアイリーンさんには助けられてます。ランクアップだって、俺等二人だけじゃこうも行かなかったでしょうし。ほんと、感謝してるんで。でもホラ、今は皆揃ってもっと上を目指しましょ! そしたらあの人だってアイリーンさんを認めてくれますよ!」


 本当に、ありがたい。

 中途半端な位置に居る私に対して、こうして暖かい言葉を掛けてくれるのだから。

 そして今の状況を、しっかりと理解した上で努力している。

 臨時で組んでいるだけ、そんなパーティメンバーに対して。

 彼等はこうして、正しく距離を置きながら扱ってくれる。


「本当に、すみません。私みたいなのじゃなくて、専属になってくれる方と組んだ方がお二人にとっても有意義なのに」


「それこそ今更だぜアイリーンさん、俺等は最初からそう言う約束で組んだんだからさ」


「そうそう、そっちも今探していますから。貴女が抜けたからと言って全然仕事が出来ない人間にならない様に、日々鍛錬って訳です」


 ニッと口元を上げる二人に、私はどんな恩返しが出来るだろうか?

 都会というのは、冒険者というのはもっと怖い存在だと思っていた。

 でも実際はどうだ?

 こんなにも暖かい環境があり、私の憧れた人もいる。

 広いが故に、人が多いが故に危険もあるのかもしれない。

 それでも私が出会って来た人達は、皆良い人ばかりだ。


「……ありがとう、ございます。私はお二人と一緒に仕事が出来て、凄く嬉しいです!」


 そう言ってから此方も微笑を浮かべてみれば、二人は赤い顔をしながらも笑顔を返してくれた。

 こう言う所だけは、最初から変わらない。

 やっぱり、男の子だなぁって思ってしまうのだ。

 そんな感想を残しながら、仕事を終え街道まで戻ってみれば。


「おぉーい、そこの若いの! 冒険者かい!?」


 後ろからやって来た馬車に乗った行商人? の人に声を掛けられてしまった。

 私達の年齢の事もあり、農民の人が声を掛けて来るのは割とあるのだが。

 商人の人が声を掛けて来るっていう事態はあまりない。


「えぇと、はい。そうですけど……何か御用ですか?」


 少々警戒しながら声を返してみた結果、相手は非常に良い笑みを浮かべていた。

 そして。


「前の街で護衛を雇ったんだけど、素行が悪い連中だったらしく途中で引き返しちまってね。皆この近くの街の冒険者だろ? 良かったら雇われてくれないかね? 駄賃は弾むし、魔獣だの魔物が出ない内は荷台に乗ってくれて構わないよ? どうだい」


 別段奇妙な点は見つからない……気がする。

 話を信じるのであれば、ただ新しい護衛を雇いたいと言うだけ。

 だと言うのに、なんだろう? ちょっと引っかかる様な感じがするのは。


「マジで!? 超ラッキーじゃん! 助かるぜおっちゃん、もうクタクタでさぁ……」


「帰り道でも仕事が貰えたのはラッキーだね。勿論大丈夫です、これでも俺等最近結構な戦績を上げてるんですよ?」


 そんな事を言いながら、仲間二人は良い返事を返して荷台に早速乗り込んで行った。

 大丈夫、だよね?

 この人も困っているから私達に声を掛けただけで、確かに荷馬車の中にも他の人は居ない。

 だとすれば、言葉通りの事態だと思えるのだが。


「お嬢ちゃん、どうしたんだい? お仲間二人はもう乗っちまったよ? 早くお嬢ちゃんも乗りな」


「……はい、お世話になります」


 それだけ言って、私達は皆商人の荷馬車に乗り込むのであった。

 馬車の中は商品の木箱だらけ、危ない要素は特にない。

 しかも周囲にだって、人の気配は多分しない。

 やはり私の考え過ぎだったのだろうか?

 なんて事を思っている内に、馬車は走り始めた。


「俺は隣の国の商人なんだがね、こっちの冒険者は凄いんだなぁ。こんな若い子達でもしっかり仕事してんだから」


「なぁに言ってんだよ、おっちゃん。冒険者なんて、若い頃からやってこそだろ? 歳取ってからじゃ強くなる前に引退しちまうよ」


「ダハハッ、確かにその通りだ。ホレ、これ飲みな。喉乾いただろう? ウチの“とっておき”の商品だ!」


「ありがとうございます! やった、マジで当たりの依頼じゃん。いっただきまーす!」


 皆揃って水筒を受け取り、水分を喉の奥へと流し込んでみれば。


「あ、あれ?」


 クラッと、視線がブレた気がした。


「ウチの特性だって言っただろう? 酒だよ、かなり強めのな。ちょっとばかし薬も入れさせてもらったが……悪いね、あの方達からお願いとあっちゃ断れねぇ」


 急に怖い顔になった商人さんを視界に納めながら、私達の意識は遠のいて行ったのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る