第12話 英雄譚


「コレはどう言う事だ! 誰か状況説明を!」


 国の兵が集まり、入国門近くが慌ただしくなった頃。

 私は人を押し退けながら叫んでいる隊長さん? の元へと走った。


「失礼いたします! この部隊の指揮を執っているのは貴方で間違い無いでしょうか!?」


「何だ貴様は!」


「私は冒険者ギルドの者です、名をヴィナーと申します」


「……受付嬢か? この事態で、いったい何の様だ?」


 大声を上げる隊長さんは、物凄く訝しげな瞳を向けながら此方の事を睨んで来た。

 非常に威圧的、というか怖い。

 それでもグッと唇に力を入れながら、背筋を伸ばして頭を下げた。


「状況報告致します。現在第一波はウチの冒険者で処理いたしましたが、間違いなく第二波が来ます。先程攻めて来たオーガ達は恐らく先鋒か逸れ、もしくは囮の様な存在かと」


「報告ではかなりの数だと聞いたが……フンッ、当てにならんものだな。冒険者で対処出来たのだろう? 馬鹿馬鹿しい、緊急事態だと言うから急いで来てみれば……おい門番! 何故その程度の事態で鐘を鳴らした! いいから詳細を報告しろ!」


 やはり冒険者の扱いなどその程度。

 オーガの大群が攻めて来たと言っても、冒険者で対処出来たとなれば事態を軽く見られてしまう。

 しかし彼等がすぐに撤退しない理由。

それは戦場に残されたいくつもの爆発痕が原因なのだろう。

 とてもでは無いが普通の戦闘では出来ない傷跡を残していたのだから。

 しかし、この光景こそが“彼”が戦った証なのだ。


「今は近隣の冒険者の救助に向かって貰っています。しかし第二波が来る前に、間に合うかどうか……ですからお願いです、今の内にスタンピード対処の準備を――」


「あのなぁ受付嬢さん、こっちも忙しいんだ。本当にスタンピードなんていう程の数が揃っていたのなら、先鋒だけでも流石に冒険者だけで対処するのは無理だろうが。しかも警報が聞こえてから我々が到着するまでに掛かった時間は、たったの数分だ。言っちゃ悪いが、その短時間で多くのオーガを討伐するなんて不可能。質の悪い冗談以外の何物にも聞こえないよ。それで? その対処した者達は何処へ行った? それが本当なら金一封でも渡してやらないとな」


 ハハッと冗談めかしに笑う彼は、此方の話を一切信用していない御様子。

 全く持って彼の言う通り。

 冒険者とは、所詮誰でも成れる寄せ集めの集団。

 普段は何でも屋、こういう緊急時には捨て駒の様に扱われる様な存在だ。

 連携で言っても、戦闘技術としても国の兵には及ばない筈。

 しかしながら、私が知る限り。

 とてもでは無いが人間とは思えない程成長していく者達を、二名ほど知っているのだ。

 その実力は、恐らく国の兵士達よりも圧倒的。

 軍勢に対して平気で一人で挑む様な、“英雄”と呼ばれる存在に片足を突っ込んでいる化け物が居るのだ。

 そしてその内の一人は、私が担当しているソロの冒険者。

 いつまで経ってもパーティを組もうとせず、女の子には散々と言える程嫌われ。

 罵倒罵声を浴びせられながらも、黙って仕事をする様な仕事人。

 そんな人でも、私が声を掛ければ嬉しそうに笑うのだ。

 最近組んだ女の子と一緒に居る時は、過保護という勢いで気に掛けているのだ。

 彼は、普通の人間だ。

 例え能力が馬鹿みたいに高くても、私が担当する普通の冒険者なのだ。

 誰よりも頼りになる、誰よりも期待に答えてくれる。

 私が見て来た中で、一番頼もしい冒険者だ。


「この戦場に対処したのは、たった一人の冒険者です。でも彼は、誰よりも仲間を大事にする。周りの人を守る事に注力する、誰かのお願いを無視できない人です。だから彼は、仲間を救う為にココを片づけてすぐに人命救助に向かったんです。そして間違いなく、またココへ帰って来る」


 迷いなく、そんな言葉を紡いでみれば。

 相手は非常に大きな溜息を一つ溢してから。


「まさに英雄様だな、素晴らしい。よぉく分かったから、君はギルドに帰って休暇を取る申請を入れた方が良い。おぉい! 門番! とっとと詳細を報告しろ! こんな妄想ではなく、事実をだ! 早くしろ!」


 やはり、信じては貰えなかったか。

 分かってはいたが、此方も思わずため息を溢してしまった。

 しかしこのまま兵をとんぼ返りさせてしまっては、ムギさんが間に合わなかった時には魔物は街に雪崩れ込むであろう。

 先程対処した数よりも、もっと多い筈なのだ。

 多方面に掛けてオーガの目撃情報があった以上、本日ムギさんが見つけた様な“巣”がそこら中にあると思って良い筈。

 それらを寄せ集めてこの数だと言うのなら、私の思い過ごしで済むのだが。

 サキュバスが関わって来ているとなると、流石にこの数で満足する筈がない。

 あれらは、非常に狡猾な生物なのだから。


「どうかお願いします! このまま兵を警戒態勢に移して下さい! 間違いなく第二波は来ます!」


「受付嬢さん、流石にしつこいぞ? あまりこちらの業務を妨害されては、ギルドへと申し立てをしなければいけなくなる。現状敵が見えない以上、我々は周辺の確認だけして仕事に戻らなければ――」


「隊長! オーガです! オーガが攻めて来ました!」


 望遠鏡を構えている兵士の一人が、そんな言葉を大声で放った。

 悪い想像が、現実のモノとなってしまった。

 ゾッと背筋が冷える中、隊長さんへと視線を向けてみれば。

 彼は未だ状況を把握出来ていない様で。


「ったく……数は? たかが数匹で大騒ぎする必要もあるまい」


 思い切り溜息を溢してから、報告を上げた兵士を睨みつけている。

 再び望遠鏡を覗き込んだ相手は、ガタガタと震えながら。


「分かりません……」


 本当に、小さな声を洩らした。

 その返答に隊長さんは顔を顰め、こちらは更に背筋を冷やした。

 来た、来てしまったのだ。

 最悪の事態が、目の前に。


「分からないとはどういう事だ! しっかりと仕事をしろ! 何匹居るんだ!?」


「百、いや……それどころじゃない。数、おそらく三百以上!」


 その声が響き渡った瞬間、兵士達には動揺が走った。

 当たり前だ、昨日までは普通の日常を送っていたのだから。

 それなのに、急に数百のオーガが攻めて来てみろ。

 ゴブリンやそこらの魔獣とは訳が違う、相手は一対一で戦える相手ではないのだから。

 つまり此方は相手の倍、もしくはそれ以上の人数を用意しないといけない事になる。


「た、大砲の準備を……戦闘用馬車も用意して、それから……」


「オーガが何かを構えています! 何だアレは……弓? いや、バリスタ? アイツ等、普通より知性が――」


 報告を上げている途中で、望遠鏡を構えていた兵士の声が途切れた。

 視線を向けてみれば、彼は城壁に打ち付けられているではないか。

 まるで人間の腕程もありそうな木製の矢。

 むしろ私などからすれば、丸太と表現しても良いソレに胴体を打ち抜かれていた。

 先程の報告通りであれば、相手は何か武器を構えていると言っていた。

 しかも最後には、とても恐ろしい発言を残したではないか。

 もしも先程飛んで来たのが相手にとって弓矢程度の認識で、それが私達にとっては“バリスタ”と呼べる程巨大な弓を構えているとしたら?

 これから飛んでくるのは、間違いなくあのサイズの矢が、雨の様に降って来る事になるのだ。

 物さえ作れれば、オーガの腕力であれば使用は不可能じゃない。

 だとしたら……。


「全員! 一旦下がれ! 相手の矢を受けたら一撃で死ぬぞ! 盾を持っていようと、そんなもの関係なく――」


 言葉の途中で、隊長さんの頭に丸太が突き刺さった。

 人間とは、こんなに簡単に死んでしまうのか?

 戦場とは、こういうものなのか?

 今更ながらそんな感想を浮かべてしまう程に、簡単に人が死んだ。

 私の、目の前で。


「い、いや……」


 腰を抜かし、その場で尻餅を着いてしまった私など誰も目を向けず。

 兵士達は門の方へと撤退していく。

 誰もがバタバタと、鉄の鎧を鳴らしながら。

 その背中を見つめながらも、恐怖で声が出なかった。

 私は、ギルドの受付嬢なのだ。

 戦士でも無ければ、冒険者でもない。

 だからこそ、急に戦場に放り込まれては何も出来ない。

 声も上げられないし、自分の足で逃げる事も出来ない。

 全身を震わせながら、再び正面を向き直ってみれば。


「あ、あぁ……そんな……」


 月明かりが照らしだす夜空に、いくつもの影が見えた。

 それは物凄い勢いで天に上り、やがてこちらに向かって降って来る。

 先程の矢が、雨となってこの大地に降り注ぐのだろう。

 間違いなく、撤退しようとした兵士達を狙っている。

 そしてついでに、私の事も殺すのだろう。

 本当に、オマケみたいに。

 私の人生はその程度のモノだったのかと、思わず笑いそうになってしまった。

 でも声は恐怖で上げられず、私に向かって降り注ぐ“矢”を眺めながら身を固くしていれば。


「スカイ殿! お頼み申す! “暴風”の名を知らしめよ!」


「任せとけ! そっちも頼むぜ! 守りはこっちでやってるからよ!」


 空に打ち上がった数多くの大きすぎる矢を、暴風が絡めとっていく。

 まるで、目の前に急に竜巻が発生したかの様。

 矢は上空でグルグルと風で遊ばれ、そのままオーガの軍勢へと帰って行った。

 助かった、のだろうか?

 ポカンとしながら声のした方向へと視線を向けてみれば。


「お待たせいたしました、ヴィナーさん。遠征していた新人三人は確保、そしてスカイ殿と偶然合流出来ましたので共に戻りました。後は、お任せを」


「なぁにが偶然だよ。森の中を爆撃機みたいに襲撃してりゃ、誰でも気が付くってもんだぜ」


 新人達を担いだ二人が、いつも通りの顔で私に笑みを浮かべているのであった。


「ムギさん……おかえりなさい。あと、ヤマダさんも」


「スカイね!? 俺の事スカイって呼んで!?」


 本当に、いつも通りの会話。

 ムギさんに抱えられているアイリーンさんは、赤い顔をして固まっているし。

 ヤマダさんの肩に担がれた男子二人も、ポカンとしながら此方を見つめていた。


「スカイ殿のパーティメンバーは森の中に置いて来てしまったが……まぁ、あの面々なら問題あるまい」


「ったりめぇよ。俺の仲間を甘く見るんじゃねぇぞ? 良いからお前は、“コッチ”を対処するのが先だろうが」


「同じチート持ちなら、スカイ殿でも問題ないかと思われるが」


「俺は絡め手の方が得意なの。正面火力はムギの方が断然上だろ? 期待してんぜ? “爆炎”の自家発電機さんよ」


 普段通り、まるでギルドでの会話を聞いているかの様。

 その雰囲気に安心してしまい、思わず涙が零れた。

 嗚咽を溢しながら、俯いてしまった私に対し。


「ヴィ、ヴィナーさん!? どうなされた!? もしや怪我を!? 衛生兵! 衛生兵はおらぬかー!?」


「ムギ、落ち着け。多分違うから。あぁもうお前はさっさと殲滅して来いよ。ホラホラ、敵の親玉? エッチな格好したお姉さまが先頭に立って進軍して来てるぜ? 格好良く決めて来いよ、こう言う所でしか目立たねぇんだから」


「で、では……行って参る」


 それだけ言って此方に背を向けるムギさん。

 彼から下ろして貰ったアイリーンさんは私の元へと駆け付け、回復魔法を掛けてくれる。

 怪我をした訳ではないのだが、気持ちが落ち着いていくのを感じた。

 だからこそ、叫んだ。


「ムギさん!」


 彼は静かに振り返り、普段通りの顔を向けて来る。

 まるでこの事態が大した事ではないみたいに、オーガの大群など彼には見えていないかの様子で。

 でも。


「本当に、本当に無茶なお願いをします! 本来こんな事、受付嬢失格ですが。それでも私は貴方に“お願い”を――」


「約束、したでござろう?」


「……え?」


 何でもない顔で彼は笑い、グッと親指を立てて見せた。


「シスターのパーティも、この街も助けてくれ。その願いを、拙者は叶えると答えたのだ。ならば、約束を違えては申し訳ない。負ける気は毛頭ござらんよ、むしろこういう事態の方が得意でござる。心配成されるな、安心して待っているでござる」


 優しく微笑み、彼は刀を抜き放った。

 再び此方に背を向け、戦場を睨むその姿は。

 まさに、一騎当千。

 普通なら止めるべき場面、死地に赴く戦士の様に見える筈だった。

 なのに、何故だろうか?

 私には、彼が負ける姿が想像出来なかったのだ。

 サムライを名乗る彼の背中は、多すぎる軍勢を前にしても敗北という言葉を思い浮かべる事が出来ない程……頼もしかった。


「お相手しよう、その数が千だろうが万だろうが。拙者、チート組で御座る故」


「ハッハァ! 良い所取りしていけぇームギー!」


「貴様も少しは手を貸せ、同類」


「こういうのは一人で片付けた方が格好良いぜ?」


「ならば、拙者が一人で片を付けよう」


 良く分からない会話をしながら、彼はただ一人。

 数えるのも馬鹿らしい程の相手に向かって歩を進めるのであった。

 普通なら勝てる筈がない、こんな馬鹿げた数のオーガに挑む方がどうかしている。

 それでも、彼は一人。

 戦場に向かって、止まる事無く進んで行った。

 その背中は、どう見ても負け戦を覚悟している背中じゃない。


「ムギさん! ……帰って、きますよね?」


「ご安心なされよ、ヴィナーさん。この程度、拙者にとっては朝飯前……は言い過ぎか。昼飯に丁度良い程度でござる。夕飯は、穏やかに過ごそうと思う所存。良ければ一緒にどうだろうか? なんて、こんなオナ〇侍が誘っても恰好が付かんか。では、行って参ります」


 なんて言葉を残し、彼はズバンッ! と音が立つ程の勢いで踏み込んだ。

 たった一歩、その踏み込みで大きな音が上がり、地面から土が舞う。

 いったいどれほど修練を積めば、あれ程の一歩が踏み出せるのか。

 思わずポカンと呆けて、彼の行く末を眺めてみれば。


「ムギは、もはや極めてんのよ。俺みたいなエンジョイ勢ではなく、本物の主人公を。身体の能力上昇だって、それこそカンストしてんじゃねぇの?」


 ハハッと乾いた笑いを溢すヤマダさん。

 彼も異常な身体能力をしていると言うのに、この人からしてもムギさんは異常だと言うのだ。

 その証拠に。

 戦闘が始まってみれば、彼は空を駆けていた。

 実際空を走った訳ではないが、それくらい自由自在に動き回っている。

 あんなのは、異常だ。

 あんな人は、これまで居なかった。

 だからこそ、こう表現するしかないのだろう。


「“爆炎の英雄”。それ以外に、彼を表現出来る言葉がありません」


「いいね、アイツにはピッタリだ。英雄様でも対処出来ねぇ事態はある、だからこそ俺みたいな脇役が居る。それも描いてくれれば、まさに英雄譚って所だな?」


 ニッと笑みを残すヤマダさんが、そんな言葉を残した。

 でも確かに、コレは英雄譚なのかもしれない。

 誰にも好かれない主人公が、実力だけで上り詰め。

 ある日突然彼の近くに寄りそう女の子が現れた。

 その彼女は周りの噂等一切耳を貸さず、彼だけを信じて近くに居ようと努力する。

 本当に、物語のヒロインの様だ。

 そんな事を思ってしまうが。

 私だって、彼の事を信じて一緒に居たのだ。

 だからこそ、私だって登場人物の一人になる為に。


「ムギさんお願いします! 殲滅して下さい! 貴方なら、出来る筈です!」


 そう叫んだ瞬間、戦場からは幾重にも重なる爆風が返って来た。

 あぁ、彼が本気を出した。

 ならもう、心配など要らないのだろう。

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