第11話 爆炎
「と言う事がありまして、至急腕利きを集めて頂きたい。スカイ殿は、今何処に?」
「それが……近くでオーガの目撃情報が出て、彼は其方に向かってい頂きました。本当にもう少し早ければ、話す事が出来たと思うんですけど……すみません、ムギさん」
街に戻り受付嬢に報告してみれば、良くない返答を貰ってしまった。
しかも聞く限り、彼が向かった方角は俺が異常を見つけた地とはまた別。
つまりなんだ? サキュバスは一体や二体どころではなく、そこら中でオーガの子を産んでいるという事か?
そうなって来ると、俺が見つけた一か所を潰した所で焼け石に水も良い所だ。
前回襲って来た規模の群れが、もしくはそれ以上が。
各地から一斉に襲って来る事になるのだから。
「ヴィナーさん……支部長に取り合って“緊急宣言”を――」
「おい誰か! 回復術師は居ねぇか!?」
此方の言葉を遮り、ギルドへ怪我人が運び込まれた。
腕を失っており、かなり出血している御様子。
誰しも駆け付け、ポーションの類を振りかけているが。
「何があった!?」
「オーガだよ! しかも武装した奴が襲って来やがった! 集団でだぞ!? 意味が分からねぇ!」
彼の言う事には、スカイ殿が向かった地とはまた別。
しかしながら、方角は大体同じであった。
つまりこれは。
「スタンピードの前兆……しかも、オーガの」
ヴィナーさんが、青い顔してそう呟いた。
これだけ被害が出て、急に目撃情報が多発し始めたのだ。
それは相手が姿を隠す必要が無くなったと言う事。
つまり、スタンピードは数日中に。
下手したら今夜にも起こる可能性があると言う事だ。
「ヴィナーさん、支部長にお願いして王宮に緊急通達を」
「分かってます! でも、兵士の大軍勢を動かすとなると……どうしても、時間が」
それはそうだ、兵士を動かすとなると色々と手間が多い。
はっきりとした報告書、証拠となる確かな何かが必要となって来る。
いたずらに兵を動かせば、それだけで金が掛かるのだから。
だからこそ。
「先に、拙者が動く」
冒険者とは、こういう時の為に居るのだ。
個人の判断で動ける上に、税金を使う必要が無い。
だからこそ、国も認める捨て駒システム。
こう言っては聞えが悪いが、そのお陰で国からも仕事として認められている上、誰でも就く事が出来る職業なのだから。
「ムギさん! 分かってるんですか!? 相手はオーガの大群かもしれないんですよ!?」
「百も承知。しかし誰かが盾にならねば、一気に街に侵攻してくる。そうなってしまえば……拙者は、街中では戦う事が出来ませぬ」
すぅぅぅっと大きく息を吸ってから、キッとギルド入り口を睨んでみれば。
「あまり言いたくは無かったのですが……この怪我人が来た方角、アイリーンさん達が本日向かった場所と被ってます」
「……今、何と?」
とんでもない言葉が聞えて来た気がするんだが。
こうなって来ると、街の門の前で待ち受けるだけでは足りない。
彼女の元まで、急ぎ馳せ参じなければ。
オーガの大群が集まってからでは遅いのだ。
しかも国に頼った防衛となると、間に合うかどうか。
今すぐ飛び出しても、何かしらの障害が発生した場合、彼女達が何かと遭遇してしまった場合。
間違いなく、新人三人では死んでしまう。
それくらいに、“こちら側”での人間の命とは……軽いのだから。
「ムギさん、まだ国はすぐには動けません。ギルドとしても正式な依頼として貴方にお願い出来ない……でも、私のお願いを聞いてくれますか?」
ヴィナーさんが、怪我人を治療しながら苦い顔を此方に向けた。
今にも泣き出しそうな、申し訳なさそうなその表情。
普段の彼女からは想像も出来ない様な、か弱き乙女にも見える弱々しい顔。
そして、彼女は。
「こちらもなるべく早く、状況を動かします。ですから、どうか……どうか」
両手を怪我人の血で汚しながら、受付嬢は縋る様な表情で俺の事を見つめて来た。
「“助けて下さい”。この街も、あの子達も。コレは私の我儘で、貴方に押し付ける仕事では無いと分かっています。お金にもなりません、だから強制はしません。でも、貴方の実力なら――」
「あい分かった。それ以上は、必要ないでござるよ」
普段はまるで、友人の様に声を掛けてくれる人なのだ。
冗談を言えば笑い、怒る時はしっかり怒り。
こんな能力の俺に対して、本当に普通に接してくれた女性。
その彼女が、助けてくれと言ったのだ。
ならば、断る道理はない。
武士とは、誰かを守る為にその身を危険に晒す存在。
侍とは、自らなど顧みず他者の為に刀を振るう存在。
それが俺の憧れた、昔ながらの剣士なのだ。
で、あるならば。
「まずはアイリーン殿を迎えに行く、その後街の防衛に当たる。ソレで良いな? 案ずるな、すぐに帰って来る」
「お願いします、ムギさん。貴方はこのギルドにおいて、最高戦力だと私は信じています」
「買いかぶりが過ぎるでござるよ。しかし、期待には応えよう。では、行って参る」
それだけ言って、俺はギルドから飛び出した。
まずはシスター達のパーティを回収、その後スタンピードに供える。
こんなにもギリギリの事態になってしまうものかと感じるが、実際通信機器の様なモノが無いと、平然とこういう事は起きるのだ。
目の前に迫るまで、危機を察知できない。
そんな緊急事態を、俺は何度も見て来た。
だからこそ今回もまた、おそらく“スタンピード”は起こるのだろう。
チッと舌打ちを溢しながら街の門を潜ってみれば。
「おっと、コレは……相手の方が一枚上手であったか」
視界の先には、既に終結しているオーガ達が此方に向かって来ていた。
数、およそ五十。
だがサキュバスが居ない、だとすれば先鋒か……もしくは囮か。
その瞬間、門番が緊急事態の鐘を鳴らし始めた。
鐘の音は次々と連鎖し、広い街中に響き渡っていく。
これで国の兵士達は、気兼ねなく動き出せるという事態。
しかしながら恐らく彼等が揃うより、眼前にいるオーガの軍勢が押し寄せる方が先になる事であろう。
「非常に邪魔、であるな。拙者はアイリーン殿を迎えに行かないといけない、それを妨害するというのなら……全て駆逐してから進ませてもらうが、よろしいか?」
街に迫って来るオーガの軍勢に対し、此方は真正面から飛び込んで行くのであった。
太ももシスターよ、どうか無事で居てくれ。
少々邪魔者が発生したが、すぐに向かう。
※※※
「“ディスペル”! 早く立って! 逃げますよ!」
男の子二人にひたすら解呪魔法を掛けながら、私達はとにかく逃げていた。
相手はサキュバス、男性にとっては天敵とも言える相手だろう。
敵が使う魔法は“魅了”。
その術に掛かれば、とにかく性的に興奮した状態となり相手を求めてしまう。
ドレインによって自らの魔力が吸い上げられようが、サキュバスを孕ませる事になり魔物を増やす結果になろうが。
そんなもの関係ないとばかりに、相手を求めてしまうそうだ。
「だぁぁクソッ! オーガの次はサキュバスかよ! どうなってんだ!」
「あぁぁ……あ? うおっ!? アイリーンさんありがと! 完全に意識がどっかに飛んでた!」
二人の声を聴きながら、とにかく森の中を走り抜けた。
逃げなくては、とにかく遠くへ。
私達では、勝ち目がない。
前回のオーガ程死に直面しているかと言われれば、そうではないかもしれない。
しかしながら、相手は魔物。
しかも淫魔。
常日頃から魅了の魔法を使って来る相手に対し、こちらが対抗出来るのはソレを打ち消すディスペルのみ。
これでは、いつか二人は相手の元へ行ってしまうだろう。
だからこそ、まだ此方が動けるうちに対処しなければいけないのだが。
「アレを倒す方法、何か思いつきますか!?」
「飛んでるから、剣じゃ無理! 投げても良いけど、当てる自信ない!」
「普通は遠距離から弓矢か魔術! もしくは女性パーティで肉弾戦! アイリーンさん、頼ってばっかで悪いけど、攻撃魔法って何か無い!?」
どうやら、私がどうにかするしかない様だ。
チラッと後ろを振り向けば、パタパタと腰から生えている蝙蝠の様な翼で接近してくるサキュバス。
はしたないとしか言えない様な恰好、むしろ下着みたない恰好をしている。
そして身体は非常に女性らしいと言うか、出る所が出ている様な姿をしているので。
ちょっと直視するのも恥ずかしくなってしまうが。
今はそんな事を言っていられる事態ではないのは確か。
「攻撃魔法を使います、二人は催淫に掛からない様に気をしっかり持ってください!」
「「了解!」」
二人の返事と共に詠唱を開始し、終わったタイミング勢いよく背後を振り返った。
そして、空を飛ぶ彼女に杖を向けながら。
「“ライトニングボルト”!」
ズバンッ! と、耳を劈く様な音を立てながら、相手の体に雷が落ちた。
普通の生物だったらコレで終わり。
普通の獣でも、魔獣でも。
流石に雷を受ければ息絶える、私達の勝ち……の筈だったのが。
「へぇ……強いね、お嬢さん。君からなら、質の良い子供が作れるかな?」
魔法を受けたサキュバスは黒焦げになった筈なのに、周囲からそんな声が聞えて来た。
ゾッと背筋が冷える中、視線を動かしてみれば。
居る、間違いなく。
目の前のサキュバスは倒したのに、そこら中の木々の後ろからから他のサキュバスが姿を現して来るではないか。
それどころか、彼女達に連れられる様にしてオーガまで姿を現した。
こんなの、勝てる訳がない。
「無理だ! 二時の方向! 走れ!」
「アイリーンさん攻撃中止! 逃げる事に集中して下さい!」
二人の声にハッと気を持ち直し、再び走り始めた。
そして此方を追いかけて来る多くの足音。
無理だ、絶対無理。
オーガだって追いかけて来る以上、前回の様に追い付かれてしまう。
息を切らして、肺と脇腹が痛くなっても足を動かした。
森の中だからなのか、巨体のオーガにすぐ追い付かれる事態にはなっていないが。
果たして、いつまで逃げられるか。
そんな事を思いながら、前を走る二人の背中を追いかけていると。
「えっ……」
私の腕を、巨大な掌が掴み取った。
最悪の事態、最も想像したくなかった状況。
思わず叫びそうになったが、グッと唇に力を入れて耐えた。
私の前を走る二人は正面だけ睨んでおり、まだ此方の状況に気が付いていない。
だったら、彼等だけでも逃がすべきだ。
三人揃っていても、事態が覆らないのなら。
今叫べば、きっと二人は私をどうにか助けようと行動してしまうだろう。
それでは、待っている未来は全滅しかない。
なら、今私が出来る行動は?
精一杯ここで敵を引き付けて、彼等を逃がす事ではないのか?
これでも神官なのだ、自己犠牲の精神は嫌と言う程叩き込まれた。
だから、大丈夫。
きっと、私一人でも少し時間を稼ぐ事くらいなら――
「ひっ!」
振り返った瞬間、ニヤケ面の鬼が笑っていた。
しかも一つじゃない。
いくつもの巨体が、私を囲む様にしてニヤニヤと見下ろしていたのだ。
オーガは皆此方に残り、周りに居たサキュバス達が残りの二人を追いかけていく。
これから何が起こるのか、嫌でも想像出来る状況が整ってしまった。
魔物の子が孕める存在。
それはサキュバスと、人間も当て嵌ってしまうのだから。
つまり、これから私が迎える未来は――
「い、いや……」
ガチガチと奥歯を鳴らしながら離れようとしても、力強く掴まれた腕が動かない。
もはや自らの腕を斬り落として走り出したいと思ってしまう程の恐怖を感じながら、両目からは止めどなく涙が溢れて来る。
怖い、怖い、怖い。
全てが恐ろしくて、全身をガグガグと震わせていれば。
相手はニィッと更に口元を吊り上げ、私に向かって大きな腕を伸ばして来た。
駄目なんだ、もう。
私の冒険者としての生活も、人としての人生も、ココで終わり。
全てを諦めて、全身から力を抜いたその瞬間。
ズドンッ! と、腹に響く爆発音が聞こえて来た。
周りのオーガは慌てて周囲に視線を向け、皆警戒した様な表情に移り変わっていく。
でも、私にとっては。
何処かで鳴り響いたこの音は、私にとって“助けが来た”合図なのだ。
だからこそ、全力で叫んだ。
喉が痛くなる程大きな声を、空に向かって。
「ムギさん! ここです! 私はココに居ます! お願いです……助けて下さい!」
急に大きな声を上げた私に驚いたのか、オーガに顔面を掴まれてしまった。
これ以上声を上げさせない様にする為か、それとも握りつぶそうとしているのか。
再び死の恐怖に直面し、ガクガクと全身が震えだしたその時。
「その汚らしい手を放して貰おうか、鬼風情が。悪鬼が触れて良い存在ではないと何故分からん」
空から降って来たみたいに、物凄い速度で落ちて来たムギさんのカタナが。
私を掴んでいた腕を易々と斬り落とした。
そのまま腕を払いのけ、私を片腕で担いで距離開けてみれば。
「アイリーン殿、爆風に供えてくれ。時間が無い故、少々荒っぽくなってしまった」
「えっと?」
彼に抱えられたまま、ポカンとした表情を浮かべてみれば。
周囲が、弾けた。
耳がおかしくなるんじゃないかと言う程の爆発音と共に、そこら中で爆発と火の手が上がった。
少し遅れて、熱風がこの身を包み込んで行く。
熱い。
この場全ての空気が、一瞬で熱くなった。
生物が過ごす環境ではないと言わんばかりに、彼の登場で夜の森全てが戦場に変わった。
その空気にオーガも当てられたらしく、騒がしく怯えた様な声を上げる中。
彼だけは、落ち着いた様子で静かな瞳を向けていた。
もはや戦場が彼を中心に動いている様で、常に次の一手を思考している彼の表情は。
どうしたって、普通の冒険者には見えなかった。
「爆炎……の英雄」
「これが、某に与えられた力でござるからな。むしろ、他は苦手だ。英雄などではござらん。拙者は、所詮ズルして強くなった道化に過ぎませぬ」
森の一部を焼き払う勢いで、“爆炎”と呼ばれる彼は周囲に居たオーガを一掃してみせるのであった。
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