第10話 妖艶な魔物


「たった数日組んでいただけだと言うのに、随分輝かしく感じていたのでござるな」


 ポツリと呟きながら、街道を一人歩いて行く。

 今は誰かと歩調を合わせる必要も無いので、スタスタと普段通りに。

 これでもかなり肉体は強化されているので、多分周りから見たら相当早足侍になっていた事だろう。

 現在向かっているのは、先日オーガと遭遇したあの地。

 その周辺一帯を調べ、異常が無いか調査するのが今回のお仕事だ。

 スカイ殿もこういう緊急依頼を受け取る事も多いそうだが、向こうはパーティを組んでいる。

 ソロである俺の方が、ギルドとしても扱いやすいのだろう。

 という訳で、未だ戦闘の痕跡が残る地へやって来てみれば。


「ふむ……とりあえずここいら一帯の森を探してみるか」


 見回してみても、今の所異常なし。

 街道の近くという事もあり、非常に平和な景色に見えるが……先日は、急にオーガが森からこんにちはして来たのだ。

 もしも巣があるとすれば、アレで終わりという事はないだろう。

 そんな訳でノッシノッシと森の中へと踏み込んでみれば。


「妙だな……魔獣も動物も、あまりにも少なすぎる」


 やけに、静かなのだ。

 森に入れば、いつもなら生き物の一つでもすぐに見つかりそうだが。

 “こちら側”の世界では、野生動物だって物凄い数が居るのだ。

 小動物の一匹も見当たらないと言うのは些かおかしい。

 オーガが近くに居たせいで、皆逃げ出したという事なのかもしれないが……まだ見当たらないとなると、敵は殲滅出来ていないと言う事になる。

 しかし、こんなにも広範囲に動物が逃げるか?

 まさか根こそぎオーガに喰われてしまったという事ではあるまい。

 地面も良く観察し、足跡の類も探してみれば。


「相手がデカいと、痕跡も分かりやすくて助かるというもの」


 幾つもの巨大な足跡が、一方向へと向かって伸びていた。

 間違い無く俺達が相手した奴等、しかしその生き残りと言う訳じゃない。

真新しい足跡が森の奥へ奥へと向かっている。

 もしかして、先日の戦闘を観察していた個体が居たのだろうか?

 だとすると相手はかなりの数を揃え、更には役割を与えられている事になる。

 そうなって来ると、特殊個体か知性の高い魔物が絡んでいるという可能性も出て来る訳だ。

 この世界に来てから魔王だ何だと物々しい話を聞い事は無いが、魔物によっては進化し軍勢を率いる事がある。

 ゴブリンやオークと言った、比較的知性が低い魔物だって特殊個体なら指揮を執る。

 そういうモノに率いられ、大群となった奴等が大きな街を襲う現象が“スタンピード”。

 下手をすると、今回もそう言った大事に片足を突っ込んでいる状況かもしれない。

 しかもオーガの大群となると……かなり厄介という他ないだろう。

 なんて、悪い予想ばかりしながら歩を進めてみれば。

 やがて見えてきたのが。


「洞穴?」


 岩壁に開いた、大きな入り口。

 そう言う場所は魔物が住み着きやすいとされており、踏み込む際にはかなり注意が必要。

 更に言うなら……此方との相性は最悪と言って良いだろう。

 洞窟内で天牙を使おうものなら、こっちも生き埋めになってしまうのだから。


「暫く観察する他ない、か……」


 木の陰に隠れながら、ジッと身を顰めていれば。

 一刻程経ってから、入り口から何かが姿を見せた。

 アレは、間違いなく。


「オーガの巣、で間違い無いか」


 三体のオーガが、何やらガウガウと話しながら外へ出て来た。

 この際全てを爆散してしまえば、アレらも生き埋めに出来るかもしれないが……。

 もしも入り口が一つで無かった場合、全てを殲滅する事が出来ない。

 むしろ残っている数も確認が出来なくなるという事に他ならないのだ。

 これは大人しく街に戻り、スカイ殿のパーティに頼る他ないか。

 そう、考えた時だった。


「ぬっ!? そ、そんな馬鹿な……」


 オーガに続き、洞窟の中から何かが姿を現した。

 なんと、エッチな格好をしたお姉さん。

 いや、あれも魔物だ。

 角と尻尾、そして羽が生えている。

 サキュバス、と呼ばれるアレだ。

 しかしその姿は何処をどう見ようとエッチなお姉さん。

 もはや存在がエッチだ。

 そんな相手が、入り口付近のオーガの腕に身体を寄せているではないか。

 更にオーガ達も表情を気持ち悪いくらいに緩めて、彼女のお尻をガシッと掴んでから再び洞窟内へと入っていた。

 な、なんとうらやま……ではなかった、落ち着け。

 もはや血涙が出そうになるくらい悔しいが、思いっきり奥歯を噛みしめてソレらが完全に姿を消したのを確認した後。

 俺は全力で街へと向かって駆け出した。

 ちくしょう! あんな鬼顔だって綺麗なお姉さんとキャッキャウフフと楽しんでいるのに、俺の異世界生活と来たら!

 なんで、何でこう……格差を感じるんだ!


「ちっくしょぉぉぉ!」


 思い切り叫びながら、風になる勢いで全力疾走。

 分かっているのだ、こんな惨めな嫉妬を浮かべている事態ではない事くらい。

 サキュバス、それは非常に知性の高い魔物。

 相手を惑わせ、ドレインと呼ばれる魔術で相手の魔力を吸い上げる。

 そして何と言っても、どんな種族の相手とだって子作りが出来るという特性があるのだ。

 更にサキュバスの出産は、人と比べて物凄く早いと聞く。

 恐らくそれが、今回のオーガ大量発生の原因。

 早急に対処しなければ、ココから一番近い俺の住んでいる街が標的になる事だろう。

 そんな危険な状態だと分かっていても。


「今からでも能力ガチャ引き直させてくれぇぇぇ!」


 物凄く大きな声で叫び、鬱憤を少しでも晴らそうと努力するのであった。


 ※※※


「今日はココで野営ですかね。あ、今日もテント持って来てるんで、アイリーンさん使ってください」


「見張りも俺等が交代でやりますから、ゆっくり寝ちゃって大丈夫ですよ!」


「ありがとうございます、でも大丈夫です。気を使って頂いてばかりでは、私も成長出来ませんから」


 先日一緒に組んだ男の子二人と、本日も一緒に魔獣狩りに来ていた。

 しかしやはり、以前と同じように私は気を使われてばかり。

 これではムギさんが言っていた様な冒険者になれないと、今日ばかりはしっかりとお断りを入れる。

 そんな訳で、焚火を囲みながら三人揃って地面に腰を下ろしていれば。


「あの、前回助けてくれた冒険者って……」


 ポツリと、そんな言葉が聞えて来た。

 思わずパッと顔を上げ、彼の質問に答える。


「ムギさんですか?」


「ムギ……聞いた事ないなぁ。俺等も冒険者になったばっかりだから、ベテランの人達あんまり知らないんですよね。アイリーンさんは知り合いっぽいですよね、どんな人なんですか?」


 聞かれてしまっては、答える他あるまい。

 何だか気分が良くなって、フフンと胸を張りながら語り出した。


「ムギさんはサムライ、またはブシと呼ばれる存在です。得より仁義を優先し、まさに一匹狼と言う言葉に相応しい人。大してお金にならない様な依頼にも馳せ参じて、私の居た村の皆を救ってくれた。そんな、強くて恰好良い冒険者です」


 ペラペラと彼の事を話してみれば、二人はポカンとした表情で此方を眺めている。

 いけない、私の語彙力じゃ彼の凄さが伝わらなかっただろうか?

 どうしたらしっかりと凄さが伝わるだろうか?

 うーんうーんと唸りながら、次に話す内容を考えていれば。


「そのムギって人の事、好きなんですね」


「うへぁ!?」


 急にそんな事を言われて、変な声が出た。

 何だ「うへぁ」って、声も裏返っていたし。

 思わず顔を赤くしながら、相手の事を見つめてみれば。


「何か、すっげぇこう……恋する乙女って感じ。ハハッ、俺もいつかそういう風に語ってくれる子が出来るくらい、強くなりてぇー」


「それな。今は全然だけど、いつかはって。そう思っちゃうくらい良い顔しながら話してましたよ、アイリーンさん」


「そ、そんな事は……」


 二人はニッと口元を吊り上げながら、ニコニコと微笑んでいた。

 いったいどんな顔をしながら、私は彼の事を語っていたのだろう。

 顔から湯気が出そうになるくらい熱くなり、両手で表情を隠していると。


「魔獣に村が襲われるってのも、珍しい話じゃないけど。アイリーンさんの所は、聞いている限り結構被害がデカかったんですか?」


「あ、えっと。人的被害自体は少なかったんです、ムギさんが来てくれましたから。でももしも彼が居なかったら……多分、全滅していかと。近くで、スタンピードが起きたんですよ」


「はぁ!? スタンピードなんて言ったら、デカい街ですら脅威に感じる事態じゃないですか! それに、ムギって人は一人で?」


 その一言に、力強く頷いてから当時の事を思い返した。

 戦火に燃える景色、軍勢に対してたった一人で挑む彼の背中を思い出して。


「はい、そうです。村に度々魔物が姿を見せる様になって、警戒はしていたんですけど。貧しい村でしたから、ギルドに依頼を出しても大したお支払いが出来ない状態でして。そんな時、魔物が軍勢となって押し寄せて来たんです。正確な数は分かりませんけど、百に近いか、それ以上は居たと思います」


 あの大群では、ウチの村を襲っても大して得が無いだろうに。

 そんな風に思ってしまう程の数が、攻め込んで来たのだ。

 きっと前座というか、村にある、もしくは“居た”全てを喰らいつくしてから、すぐに違う場所へと向かうつもりだったのだろう。

 皆、絶望しながら侵攻してくる魔物へ視線を向けたモノだ。

 もはやほとんどの人が諦めて、ポカンとその光景を眺めてしまう程に。

 魔物達はゲラゲラと汚い笑い声を上げながら、近くの家屋に火をつけた。

 次から次へと火の手が上がり、完全に逃げる気力が失われていく。

 もうだめだ。皆、コイツ等に喰われてしまうんだ。

 そう思いながら、見習いシスターだった私は神に祈りを捧げていた。

 分かっているのだ、いくら祈った所で神様が助けてくれる事なんて無いと言う現実を。

 あまりにも大きすぎる試練、乗り越える事が絶対に叶わない難問。

 それを前にして、もはや諦めて祈りを捧げていれば。


「全員、引けぇ! まとまって一か所に集まるでござる! 全員守る、ご安心なされよ!」


 その声が聞こえた時、誰しも耳と目を疑った。

 一人のサムライが、火の手の上がる建物を吹き飛ばしてから勢い良く飛び込んで来たのだから。

 彼は私達の前に立ちはだかり、大きな背中を此方に向けた。

 そして。


「愚弄共、拙者がお相手致す。随分と数が多い様だが……これより先は、死地と思って掛かって来い。我が背後には、一歩たりとも通さん」


 今まで見た事が無いくらい、大きくて頼もしい背中に見えた。

 例え神様が救ってくれなくても、救いの手を伸ばしてくれた御仁。

 ワフクと呼ばれる衣服に身を包み、長髪を後ろで一つ結びした姿。

 そして腰には、サムライの象徴と言っても良いカタナを刺して。


「大群を相手にする事は、拙者にとっては十八番。死にたい者から掛かって来い……おや、どうした? たかが一人に怖気づいたか? では、此方から参ろう……“天牙”!」


 “爆炎”。

 彼の戦いは、そう表現する他無かった。

 信じられないくらい速く駆け抜けて、そこら中で爆発が起こり炎を巻き上げる。

 さっきまで恐怖の対象でしかなかった魔物達が、次から次へと弾け飛んでいく。

 たった一人、他に戦ってくれる人は居ない。

 だというのに、彼は軍勢を相手に勝ちを拾った。

 いや、その言い方は正しくないのだろう。

 勝つべくして勝った。

 この人の力は、その軍勢さえも凌駕する程だったのだ。

 今まで見て来た誰よりも強く、激しい戦闘を生き抜く冒険者。

 彼が駆け抜け後には、数多くの亡骸の破片を散らばるのみ。

 全てを無に帰し、戦場に残るのは一人のサムライ。


「冒険者ギルドより依頼を受けた。拙者、モチダ ムギタロウと申す。片付いたでござるよ。もう安全故、ご安心なされよ」


 それだけ言って、優しい微笑みを浮かべるのであった。

 私は今でも、その時の彼を忘れる事が出来ない。

 冒険者は多くの金銭を払わないと動いてくれない、時には荒っぽい行動を取ったり、無理な要求を突き付けて来たりする。

 そんな荒くれ者の様な印象が、一日でガラリと変わってしまったのだ。

 私も彼の様に、誰かを救える存在になりたい。

 私も彼の様に、微笑みを浮かべただけで“もう大丈夫だ”と思って貰える存在になりたい。

 それくらいに、彼の頬笑みは力強く安心出来るモノだったのだから。

 思わず、決意してしまった。

 私も、彼の様になりたいと。

 こんな小さな村のシスターが何を言っているのかと、誰だって笑ってしまう事だろう。

 でも、決めたのだ。

 私は、“英雄”の様な姿を見せてくれた彼の近くに行きたいと。

 叶うなら、その隣を歩きたいと。


「……そりゃ憧れる訳だ」


「だよなぁ。俺等の事なんて、ガキにしか見えなくても仕方ねぇよ」


 二人は私の話を聞きながら、乾いた笑いを洩らしていた。

 あまり面白くない話だっただろうか?

 どこか不安になり、オドオドとした態度で何を言おうかと迷っていれば。


「組めると良いですね。憧れの人と、パーティ」


「俺等も応援してますから、頑張ってください。まずは、目指せランクアップ! ですよ!」


 彼等は、私の事を応援してくれた。

 両者共良い表情で、ニカッと笑いながら親指を立てる。

 これが、仲間という存在なのか。

 友人よりも近く、異性の特別な相手よりも遠い。

 しかしながら、心地良い距離感というか。

 まるで家族の様な心の距離感が生れてしまった。


「ありがとう、ございます……私、頑張って――」


「良い話ね? 多分叶わないけど。だって、私達と出会っちゃったから」


 え? と、声が漏れた。

 この場に居る筈の無い、女性の声。

 しかも私の後ろから聞えたのだ。

 不思議に思って振り返ってみれば、そこには。


「楽しそうだから、私も仲間に入れてよ。良いでしょう?」


 妖艶な笑みを浮かべた、サキュバスが立っていた。

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