第8話 悪鬼爆殺
「あ、あの! 歩き疲れたりしてませんか!? であれば、俺背負いますんで!」
「なっ!? ズリィぞてめぇ! アイリーンさん、どうぞ俺の背中に!」
お二人は、随分と私の事を気遣っている御様子だ。
まだ依頼の地にすら着いていないというのに、さっきからずっとこの調子。
妙に気を遣われてしまうのも、やはり女だから……というか神官だからという理由があるのだろうか?
正直、あまり有難い環境とは思えなかったが。
「いえ、この程度なら問題ありません。これでも冒険者になる為に、務める前から努力してきましたから」
そういうと、二人は何だか残念そうな顔をしてから再び前を向いて歩き始めた。
もうコレで何度目だろうというやり取りに、思わずため息を溢してしまうが……そう言えば、ムギさんと依頼に出た時はこういう会話をした事が無い。
初日こそ近場で済ませた為、長時間歩くという事は無かったが。
翌日からは、チラッと此方を見てくる事はあっても「疲れたか?」と聞かれた事は無い。
事実少々歩き疲れて来たと感じる頃に、向こうから「そろそろ休憩にしよう」と提案してくれた。
これも他の人達と組んだからこそ分かる事。
あの人はきっと、私の表情や息遣いだけで此方の疲労を感じ取っていたのだろう。
彼とは野営を挟んでの仕事をした事が無い。
私の体力と移動できる距離を測って、適切な依頼を選んでくれていたのかもしれない。
全て日帰りで済む様に、新人の私に気を遣ってくれていたのだと思う。
それが、彼以外の人と組んだ事で明確になった。
「あ、あのっ本当に無理だけはしないで下さいね? いざって時に動けなくなるのは、不味いんで」
「なんだったら、早めに野営準備を始めますから。あぁえっと! 今回ばかりはテントも持って来てるんで! アイリーンさんはそこで寝て下さい!」
なんだか物凄く、というかとんでもなく気を遣って貰っている。
そして何と言っても、特別扱いされている感じが凄い。
私はまだまだ体力には余裕があるし、冒険者になる練習として、そこらの地面で眠る練習だってして来たのだ。
雨も降っていないのに、わざわざテントを張ってもらう必要性を感じないのだが……だが、そんな事より。
「今回の仕事は、野営を挟むのですか? 討伐目標は、鹿の魔獣だった気がするのですが。距離的には……指定の場所にそろそろ到着するかなと」
鹿の魔獣。
正式名称はなんだったか……いけない、勉強不足が露見してしまっている。
とはいえ、前にもムギさんと“ついで”に狩った魔獣だと記憶していた。
だからこそ、そこまで脅威だとは感じていなかったのだが。
「アイツ等は警戒心が強いですからね、近付くと大体逃げるんですよ。でも放っておくと、村の畑を一晩で荒らしちまう程だ」
「俺等の村も、アイツ等の対策には随分と手を焼いた記憶がありますよ……数が増えすぎると、どうしても討伐依頼を出すしか無くて。だから俺等は、こうしてあのクソ鹿を手当たり次第にぶっ殺してる訳です」
なんだか、妙な話が湧いて出た。
二人の経歴とか、これまでの実績とか。
そういうものを全く知らずにパーティを組んでしまったが。
「もしかしてお二人は、近隣の村々の為に……というか、そういう害獣駆除を目的とされているんですか?」
少々意外というか、見た目の割に目的がしっかりしているというか。
彼等はヤンチャな男の子、みたいな雰囲気だったのだが。
今語っている内容は、随分と立派なモノだった。
「ハハッ。もう少し恰好良い目的とか、ドラゴン倒すぜーとか言えれば良かったんですけどね」
「俺等は結局片田舎から出て来たお上りさんって訳っす。だから舐められない様に、虚勢ばっかり張ってますけど。やってる事は、畑を荒らす魔獣の駆除ですね。村に居ても煙たがられる悪ガキだったんで、なら都会に出て仕事で恩返ししようって」
そんな事を語りながら、二人は照れくさそうに笑って見せた。
そうか、こういう人も居るのか。
私はムギさんに憧れて村を出たけど、彼等は故郷に対して恩返しをしようと冒険者になったのだろう。
例え人々から語られる程の大きな存在に成らなくても、自らの実績が少しでも故郷に良い影響が出ればと。
本当に、不思議なモノだ。
冒険者なんて言ったら、登録料として少しの金銭を支払えば誰でも就く事が出来る職業。
だからこそ何でも屋、他の職業からしたら下に見られる事も多い。
でも確かに、実績と名を残す人も多い職業。
きっとこの二人は、いつかきっとそういう人達になるのだろう。
真っすぐな想いを胸に、こうして日々を生きているのだから。
「つっても、そろそろ自分達用に金を回さないと不味いよなぁ……仕送りと、ウチの村の教会に寄付ばっかじゃ、装備も整わねぇよ」
「だねぇ……今回の仕事の報酬は全部自分達の為に使おうか。良い装備があれば、もっと稼げるかもしれないし」
ニシシッと、それはもう悪巧みを考える男の子って雰囲気で。
二人は静かに笑って見せた。
冒険者に限らず、人の事情は千差万別。
ムギさんは、もしかしたらこう言う事を私に教えたかったのかもしれない。
一口に冒険者と言っても、誰も彼も自らの事ばかり考えている訳ではない。
むしろ私なんか、思いっきり自分の事しか考えていなくて恥ずかしくなったくらいだ。
こういう機会を早い段階で得られたのも、もはや感謝しかない。
そう思いながら、皆揃って街道を歩いていると。
「「……え?」」
私の前を歩く二人が、揃って声を上げた。
その声に合わせ、私も彼等の視線の先へと瞳を向けてみれば。
「……オーガ?」
そこには、私達の身長の倍以上あるのではないだろうかという巨漢が立っていた。
頭から二本の角を生やし、口元からは鋭い犬歯が見えている。
赤黒い肌に、腕力だけで人なんて引きちぎってしまいそうな程の太い腕。
更には……右手に、軽々と大剣を掴んでいるのだ。
冒険者から奪った物なのか、刃には血の跡が残っているソレを。
「いやいやいや! こんな所にオーガっておかしいでしょ! “逸れ”って事!?」
「泣き言は後だ! 撤退戦! アイリーンさんは魔法! 俺等が担ぐから攻撃に集中して!」
バッと振り返って来た二人に担がれ、一目散に逃げて行く。
非常に間抜けな姿になってしまったが、私達は三人共新人なのだ。
逃げる他無い、勝てる訳がない。
だからこそ、担がれた状態で詠唱を開始してみるものの。
「あっ……これ、無理だ」
相手はこちらより身長が遥かに高い。
だからこそ、歩幅が違う。
あっと言う間に走り寄られ、オーガは大剣を軽々と振りかぶっていた。
振り下ろすのなんて、もっと速い筈だ。
私は多分、ココで死ぬ。
何も出来ぬまま、攻撃の一つすら放つ事も叶わず。
そして私を担いでくれている二人に関しては、状況すら分からず死に絶えるのだろう。
だって一切振り返らずに、私が攻撃する事を信じて足を動かしてくれているのだ。
ごめんなさい。
その言葉が、頭に浮かんだ。
信じてくれているのに、頼ってくれているのに。
私は何も出来ず、間に合わず。
多分オーガの攻撃をまともに食らってしまいます。
自らがどうこうしようと、もはや回避不可能な所まで刃が迫って来る。
私の人生は、コレで終わりなんだ。
そう、諦めた瞬間。
「チャストォォォ!」
不思議な声が、周囲一帯に響き渡った。
次の瞬間には暴風が舞い、此方に振り下ろされそうになっていた大剣は眼前で停止する。
まるで空気の壁が私達の間に発生したみたいに、目の前で刃が止まった。
そして。
「させぬ!」
横から“ワフク”と呼ばれる格好の御仁が飛び出して来て、相手の大剣をカタナで払いのけた。
右手にカタナを、左手に筒の様なモノを持ちながら。
パーティを組んでいる二人は振り返る事もせず、私を担ぎながら未だ全力で走っている為、徐々に彼の背中が遠くなっていく。
私は、あの背中を知っている。
ここ数日で、数えきれない程見て来た頼もしい背中。
だからこそ、叫ばずにはいられなかった。
「ムギさん! ムギさん!」
両目からは涙が溢れた。
この光景が、過去のモノと重なって見えて。
轟々と燃える建物と、軍勢とも呼べる魔物。
ソレにたった一人で立ち向かう、あの背中。
あまりにも無謀であり、それでいて頼もしい背中。
記憶同様彼は此方を振り返り、フッと笑うのだ。
まるで、昔みたいに。
「後は拙者に任せて頂こう。なに、心配はいらぬ。すぐ終わらせるでござるよ」
その一言と共に、眼前では信じられない程の爆発が連発する。
とてもでは無いが、普通の人ならひとたまりもない程の威力。
爆炎と、熱風が周囲を包み込む中。
彼は躍る様に戦うのだ。
まるでその戦場を支配するかの如く、まるで舞台を駆け巡るかの様にして。
「爆炎の……自家発電機」
ジカハツデンキという言葉は良く分からないが、きっと凄い言葉なのだろう。
それを証明する程に、彼は大地を駆け、宙を舞い。
あの大きなオーガを圧倒している。
たった一人で、大きな鬼を制圧してみせる。
彼こそサムライであり、ブシ。
孤高の存在として知られ、圧倒的な剣術で相手をねじ伏せる。
本物の強者が全力で戦っている姿を目にしたのは、これで二度目。
私はやっぱり、彼の隣に立てる女になりたい。
彼に相応しいと認めて貰える、神官になりたい。
「異種族に色々される展開を、某は好まぬ……ならばこそ、大人しくイケ! 悪鬼滅殺! 天牙!」
そう叫びながら爆炎を起こす彼の姿は、まさに鬼神の様であった。
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