第7話 数少ない友人


「おいムギ、お前と組んでる子。他の奴等と出て行ったぞ? いいのかよ?」


「これはこれは、“スカイ”殿。本日はお休みですかな?」


 冒険者の中で唯一と言って良い程、普段から普通に俺に話しかけて来る存在。

 スカイ・トライバルなんて名乗ってはいるが、本名は山田信二。

 彼もまた、俺と同じ“あちら側”の人間と言う事だ。

 冒険者は偽名を使う事も少なくはない。

 勿論登録の際には本名の記載が必要だが、冒険者としての二つ名を持つ事もあるのだ。

 逆に本名が無い、なんて者もこの世界には結構居るそうで。

 その対応策としての仮名を登録証に書き込むというシステム。

 今では名を上げた時に本名のままじゃ格好がつかない……という人間が好き勝手仮名を名乗る事態に陥っているが。

 それもまぁ、悪い事ではないのだろう。

 事実ギルドに問い合わせれば、本名自体は分かるのだから。

 存分に恰好の着く名前を名乗れば良いと思う。

 どうせハンドルネームの様なモノだ。


「俺は他所のパーティの人間だから、口出す事じゃないけど……何かあったのか? あの子、随分お前に懐いてたじゃねぇか」


「ハハッ、それが問題なのでござるよ」


 困った様に笑みを溢してみれば、相手は大きな溜息を溢した。

 その姿は随分と絵になる美男子と言って良いだろう。

 俺とは違い、若い上に顔が良い。

 そして妙な仮名からも察せられる通り、彼は厨二病という不治の病を患っている。

 真っ黒いコートをその身に纏い、背中に一本、腰に一本の長剣を携えていた。

 ちなみに背中の一本は予備というか、飾りらしい。

 とはいえ、侍ロールプレイ真っ最中の此方も他人の事は言えないが。

 もっと言うなら、“爆炎の自家発電機”とかふざけた二つ名を広めたのは多分コイツだ。

 もしも証拠が揃ったその時には、一騎討ちを申し込んで燃やしてやる。


「いいのかよー? “こっち側”に来てから、初めて臨時じゃなくて正式に組んだパーティなんじゃねぇの?」


「スカイ殿もご存じの通り、拙者のスキルは“アレ”でござる。とてもでは無いが、うら若き乙女を傍に置いては悪い噂が立つというもの。そちらの様に、もう少し見栄えの良いスキルなら違ったであろうが……流石に、このままでは不味かろうという判断でござるな」


「まぁ、男同士なら腹抱えて笑うネタスキルではあるんだけどな。女の子となると、流石にそうもいかねぇか」


 そう言って再びため息を溢してから、同情したような瞳を此方に向ける。

 正直、彼に初めて出会った時は嫉妬したものだ。

 俺のハズレスキルとは違い、彼の貰ったスキルは風を操るというモノ。

 しかも“こちら側”であれば、いくら厨二病を発揮しようと周りが引く事は無い。

 何やら良く分からない技名とかを叫んでも、“そう言う魔法”という事で周囲は気にも留めない。

 更に言えば二十代になったばかりで、若々しく女性受けしそうな見た目。

 それに比べて、俺は二十代半ばだというのに少々老けている。

 ここまで違えば、嫉妬の一つくらいするというモノ。

 そもそもスキルガチャの結果の違いが、血涙を流すくらい羨ましいが。


「まぁ、そう言う訳でござる。拙者は彼女の未来を壊すつもりはござらん。だから、新しいパーティを見つけたのならそれで――」


「でも今日一緒に居たの、新人な上に金遣いの荒い悪ガキ二人組だぜ? 大丈夫か?」


「……今何と?」


 彼が言うには、今日新しく見つけたパーティメンバーは男子二人。

 それだけでも不安が胸を過るが、冒険者とはそういうもの。

 この仕事は実力が全て、男女の違いなど口にした所で意味はない。

 しかし何でも、今回組んだ二人の噂は。

田舎から出て来たばかりの新参者だが、所謂「村一番の~」みたいな事を堂々と自慢して回る様な人物だったらしい。

 そして都会に出て来た影響なのか、報酬を貰うとすぐに散財すると噂になっているんだとか。

 まだまだ子供感覚が抜けておらず、無茶な依頼を受けたり、アドバイスしようとした先輩と喧嘩になったりと、それはもう悪ガキっぷりを発揮しているとの事。

 だからこそ、ギルドでの評価は今の所あまり良くはない。

 とはいえこういう職業だ、そういう子達も一定数は存在する。

 此方に対しても未だ「オ〇ホサムライが来たぞー!」とかふざけた事を抜かす若者だっているのだ、いつかぶっ殺してやろうとは思うが、それは子供の所業。

 だからこそ、大人が注意する程度で済ませてはいるのだが。

 今回の二人に関して言うと。

どうやらギルドとしても周りの大人達としても、暫く様子を見ようという判断に至っているらしい。

 まだ若いから、仕方がないと言う面も大きそうだ。

 しかし若気の至りで問題を起こされては、被害にあうのはあのシスターなのだ。


「ちなみにパーティメンバーといざこざを起こしたり、女性絡みでトラブルが発生したという噂は?」


「そっちは聞かねぇけど……どうなんだろうな? まだまだお盛んな年齢だろうから、女の子を含めた野営なんてすれば、あわよくば……なんて考えてる可能性は十分あるんじゃないか?」


 その言葉を聞いて、思わず立ち上がりギルドの扉へと体を向けた。

 もはや待っているだけでは落ち着かない。

 誰とも知らぬ悪ガキに、あのシスターを好き放題されては切腹モノだ。

 放り出しておいて何を、と言われるかもしれないが。

 俺が願った彼女の未来は、悪ガキ二人との薄い本展開ではないのだ。


「待て待て待て、まだ問題が発生すると決まった訳じゃないし」


「もしもの事態が発生した時、拙者は自分が許せなくなるだろう。彼女はまだまだ冒険者としても勉強不足、ならばこんなに早く他のパーティを勧めるべきでは無かった。拙者と共に居る事が問題であるのなら、スカイ殿や“戦乙女”のパーティに頼るべきであった」


 彼女はギルドも認めるほど優秀な人材だから、何処へ行っても問題無い。

 そんな事を考えて、とにかく一度此方から離れさせる事を優先したが……今までソロだったからこそ見落としていた。

 パーティには、人間関係のトラブルが付き物。

 何処へ行っても優遇される実力を持っていたとしても、誰からも真に受け入れられるとは限らないのだ。

 俺は彼女に向かって、性知識に乏しいなんて発言までしてしまった。

 純粋な彼女の事だ、雑談の際に“その手の話”を聞き出そうとしてしまうかも知れない。

 するとどうなる?

 今日組んだのは男子二人。

 実践して教えてやるなんて話になったら、薄い本が厚くなってしまうではないか。


「俺等はまぁ、そのなんだ。色々知ってるからさ。教えてあげようか?」


「是非お願いします!」


 なんて展開になってみろ。

 うらやま……じゃなかった、けしからん。

 ギリギリと奥歯と拳を鳴らしながらズンズンと進んでみれば、此方を止める御仁が一人。


「ムギ、落ち着けって。アイツ等が何処行ったのかも知らないだろ? 何をするにしても、まずは受付から話聞かねぇと」


「た、確かに……」


 冷静さを欠いていたらしい俺を、彼はベシベシと叩きながらカッカッカと軽快に笑って見せた。

 これだ、彼のこの態度。

 こればかりは、いくら妬もうと認める他無かった。

 当たりスキルを貰って、本人の容姿も整っていて、更には実力も確か。

 もはや鼻につくイケメンという所まで上り詰めているというのに、彼はいつだって此方に気兼ねなく絡んで来てくれるのだ。

 俺がいくら周りから白い目を向けられ様と、陰口を叩かれようと。

 いつも通りに、友人の様に接してくれる。

 コミュ力の化け物かと言いたくなったが、それでも助けられているのは事実。

 一人だけだったら今頃、受付のヴィナーさんとだって上手く喋る事が出来なかっただろう。


「話を吹っかけたのは俺だからな、付き合うぜ。どうせ隠れて監視でもするつもりなんだろ? 俺等の足ならすぐ追い付くしな」


「かたじけない……」


 そんな訳で俺達は、二人揃ってギルドのカウンターへと向かうのであった。

 ヴィナーさんに事情を話せば、快く情報提供してくれた上。


「確かに、候補となるパーティを此方で斡旋するべきでしたね……すみません、ムギさん。お金にならない仕事を冒険者に頼むのはお門違いと分かってはいますが、どうか今回ばかりはお願いします。まさかこんなに早く事態が動くとは思っていませんでした……」


 申し訳なさそうに頭を下げるヴィナーさんに対し、此方も深く頭を下げた。

 彼女が謝る事ではないのだ。

 コレは俺のコミュ力不足、トーク力不足が招いた結果。

 だからこそ、此方も精神性頭を下げていれば。


「ねぇねぇヴィナーさん、俺も一緒に行くからさ。この仕事達成したら、報酬としてご飯でも一緒にどう?」


 隣のチャラ男が、ノリノリでヴィナーさんをナンパしていた。

 ぶっ殺すぞテメェ。

 なんて、物凄く殺意の籠った眼差しを向けた瞬間。

 意外にも、ヴィナーさんはとても良い笑顔を相手に向け。


「えぇ、良いですよ? 但しムギさんも一緒なら、という条件で」


「うひー、相変わらず防御が固いねぇ。ムギの担当受付嬢に手を出したら、街中でも爆撃されちまいそうだ」


 二人共軽い雰囲気で会話している姿を見て、やっぱ美男美女は絵になるなぁ……なんて思いつつ、改めて玄関の方へと体を向けた。

 こういう会話に、横から口を出すのは非常に苦手なので。

 というか、何を言ったら良いのか分からないので。


「では、行って参ります」


「はい、行ってらっしゃいムギさん。あとヤマダさんも」


「スカイね! スカイ・トライバルね!?」


 些か賑やかな感じになってしまったが、此方も急がなければいけないのは確か。

 噂の悪ガキルーキーが、身目麗しいシスターに手を出す前に成敗しなければ。

 そんな訳で、俺達二人は風になる勢いで走り始めた。

 やはり、転生者同士。

 何かにつけて気を使わなくて良いのは、非常に楽だ。

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