第6話 パーティ解散


「どういうことですか?」


「言葉の通り、シスターは他の面々と組んだ方がよろしいかと」


 受付嬢と話した内容を告げ、更には評価されている事も伝え。

 彼女にその言葉を紡いでみれば。


「嫌です」


「そうは言っても、こればかりはギルドからの評価にも繋がります故。自慢では無いが、某はそれなりの評価を受けている。拙者とばかり組んでいては、シスターの実力が、今の様に疑われてしまう事態に陥るというモノ」


「でもまだ冒険者になってから、そんなに経っていないんですよ!? 評価云々の話じゃないですよね!? 普通だったら、実力を確かめる期間としても短すぎますよね!?」


 ギルドの食事処に、彼女の叫び声が響き渡った。

 皆ワイワイと騒ぎながら食事を採っていたのに、今では此方に静かな視線を向けて来る。

 女性陣からは、“またアイツか”みたいな視線が向けられている気がするが……今だけは気にしないでおこう。


「本当の事を教えて下さい、ムギさん。私が邪魔だから、本来の仕事が出来ないから、追い出そうとしているんですか? すみません、ご迷惑をお掛けしている事は分かっていましたが……私は、そんなに邪魔をしてしまいましたか? 私と居ると、そこまでの負担になってしまいますか……?」


 彼女は目に涙を溜めながら、此方を覗き込んで来た。

 とても心苦しいし、この子にこんな顔をして欲しくなかった。

 だが、仕方ないのだ。

 俺はギルドでは変人扱いだが、実績自体は評価されている。

 それは特殊過ぎるスキルの影響。

 そして俺の能力はパーティ戦に向いていない。

 更に言うなら……こんな身体になった以上、少しでも間違いが起こらない様に女性と関わらない方が良い。

 これだけは、確かなのだ。


「シスターの能力は、ギルドでも高く評価されているでござる。自信を持って良いと、某は感じている。実際この数日、拙者は不満など抱かなかった」


「じゃぁ何でそんな事言うんですか!?」


 未だ必死に訴えかけて来る彼女に向かって、こちらはもはや事実を突きつける他無かった。

 何せこの子の能力は、たった数日でギルドが目を付ける程のモノなのだから。


「では率直に、申し上げる。拙者と共に居ても、シスターに不利益しか生まれぬと申しております。成果を上げてもベテランと組んでいるからだと揶揄されるだけではなく、某と行動を共にすれば悪い噂が広がり続ける。それは、貴女の未来を邪魔する事に他ならない」


「ベテランの方と組んでいるから成果が残せるというのは、普通の事です。周りが何か言うのなら、そんな事言わせて置けば良い。でもムギさんと行動すると悪い噂が広がるって何ですか!? どうしてそこまで卑屈な事を言うんですか!?」


 もはや泣き叫ぶ様な様子で、彼女は此方に問い詰めて来た。

 言うしか、ないのだろうか。

 大きな溜息を溢しながら、静かにシスターの青い瞳を正面から覗き込み。


「貴女は、性知識に乏しい様にお見受けする」


「せっ、性知識……ですか?」


 急にこんなセクハラ発言をされれば、たじろぐのも致し方ない。

 むしろ今この場で怒り出さなかったのが奇跡だ。

 彼女は顔を真っ赤に染めながら、此方から身を放した。


「それら知識が整った時、きっとシスターにも分かる筈。某がどれ程歪な存在か、どれ程嫌悪される存在なのかを。拙者は、とてもでないが世間に胸を張って侍を名乗れる御仁では無いのでござるよ。だから、今の内に離れた方が良い」


 ハハッと乾いた笑いを浮かべながら、そう言い放った。

 コレで良いんだ。

 俺は、女性と仲良くなった所で。

 あわよくば、なんて望んでも結果を伴わない。

 もちろん相手からしてもそうだ。

 万が一、臆に一つの可能性だったとしても、彼女が俺に好意を抱いてみろ。

 間違いなく、その気持ちを踏みにじる事になる。

 俺はそういう対象になり得ない、答える事も出来ない。

 普通にパーティを組んでいる男女は、そう言う関係になる事が多いそうだ。

 それもその筈、生死の境を共に生きているのだから。

 しかし、俺は?

 ラッキースケベとチラ見えで満足するしかない、悲しき生き物。

 此方の事はどうでも良いとしても、俺の行動は周知されている状態と言っても良い。

 だが未だ、スキル云々ではなく変態的行動を取るおかしな冒険者という見方をする者も少なくないのだ。

 その様な者達から見れば、変態と行動を共にするシスターという扱いになってしまう。

 それでは、あまりにも今後が生き辛くなってしまうだろう。

 だからこそ、これで良いのだ。

 そう思いながら、彼女に微笑み掛けてみれば。


「見聞を深めれば、もう一度組んでくれるって事ですか? 私が何も知らないから、今のままじゃ組んでいられないって事ですか?」


「え? いや、そうじゃ無くて」


「これ、先輩冒険者としてムギさんからの課題ですよね? 私は世界を知らないから、他の人とも組んで勉強して来いっていう」


「ある意味間違って無いけど、そうじゃないって言うか……」


 どう言葉にした物かと、オロオロしながら視線を彷徨わせていれば。

 彼女はガタッと席を立ちあがり、グッと拳を握って見せた。


「分かりました! 行って来ます! 絶対もう一度パーティを組める様、他の方と組んで見聞を広げて来ます! だから少しだけ、私に時間を下さい。もっともっと冒険者として成長してから、また貴方の元に戻ってきます! 次はこんな事をムギさんに言わせない様に、しっかりと勉強してから戻ってきますから!」


 何やら勘違いをした末、彼女は俺の元から離れて行った。

 うん、まぁ、うん。

 良く分からないけど、コレで良い。

 彼女が普通のパーティに移ってくれるのなら、今後が期待出来るというものだ。

 今まで通り、俺はソロの活動に戻って日銭を稼ごうではないか。

 そんな事を思いながら一人残された席で脱力し、大きな溜息を溢した。

 致し方ない事だとはいえ、なかなか心に来る。

 この数日で、彼女の事を仲間だと思っていたのだ。

 俺が防御、あの子が攻撃。

 拙い連携だとしても、それが出来ると妙に嬉しくなった。

 連携というものは、なかなか良いモノだと感じる事が出来た。

 これまでは、ずっとソロでやって来たのだから。

 しかしながら。


「一時の夢、なのであろうな」


 早くも、俺のパーティ生活終了のお知らせ。

 涙を拭い、腰に差した刀の柄を叩いてから。

 まるで女の子にフラれた時の様な喪失感を胸に、天井を見上げた。

 実際の所一人なら、もっと早く殲滅出来るのは確かなのだ。

 隠す事無く実力を発揮すれば、もっともっと多くの敵が倒せる。

 まさにチート、ズル。

 他者から見つからない様にして、ビクビクしながら力を行使する。

 確かに飛躍的に評価を得る事は出来たが……同時に、仲間と呼べるモノを得る事が出来なかった。

 そう考えるとこんな力に頼らず、何も無い所から始めた方が良かったのかもしれない。

 刀を手に、何も出来ぬ新人のフリをして仲間を集めて行けば。

 普通の冒険者になれたのかもしれない。

 今頃仲間に囲まれて、普通の異世界生活を送れていたのかもしれない。

 そんな事を、考えてしまうのであった。

 俺は、冒険者生活の始め方を間違えたのだろうか?


 ※※※


「ねぇやっぱり、回復術師探した方が良くない? ポーション買う金もないし、新人でも良いから回復役をさ。ほら、最近新人でシスターが居るって噂になってるじゃん?」


「ぶわぁぁか。シスターの恰好してるからって治療が出来るかって言われたら、そうじゃねぇって教わっただろ? シスターは教会の人ってくらいに認識した方が良いぜ? それに登録したばっかの俺等じゃ誰も組んでくれねぇだろ」


 ムギさんから離れてクエストボードへと向かってみれば、ふとそんな声が聞えて来た。

 視線を向けてみれば、そこには私と同じくらいの歳の男の子が二人。

 話を聞く限り、冒険者としての経験も私とそう変わりないみたいだ。

 だったら、もしかしたら組んでくれるかもしれない。


「あの、突然すみません。お二人は冒険者になったばかりなのですか?」


 声を掛けてみれば、二人は驚いた様子で此方を振り返った。

 まずは御挨拶、とばかりに頭を下げてみると。


「え、えっと! そうです! 俺等二人登録したばっかりで、まだ全然っていうか! 一月経ってないくらいで、装備整えるのもやっとで!」


「なっ、馬鹿! 余計な事まで言わなくて良いんだよ! 格好悪いだろ!」


 彼等は顔を真っ赤にしながら、随分慌てた様子で声を上げた。

 なんと言うか、懐かしいと思ってしまった。

 教会に居る時も、小さな男の子なんかは声を掛けると何故か顔を赤くしていた記憶がある。

 男の子ってそういうものなのかな、なんて思っていたのだが。

 ムギさんは、私が何を言ってもいつも落ち着いていた。

 普段から静かで低い声を出し、何をする時も冷静だった。

 大人の人って感じがする上に、彼の微笑みは教会に居た神父様の様に優しかった。

 私が憧れた冒険者は、やっぱり想像していた通りの人だったのだ。

 その人から今日、パーティ解散の申し出をされてしまった訳だが。

 思い出すだけで気分が沈みそうになるが、気を取り直して笑みを浮かべた。


「私も数日前に冒険者になったばかりでして、お二人の方が先輩ですね。それで、先程の話が聞こえてしまって……ヒーラーを探している、と」


 挨拶もそこそこに、本題を切り出してみれば。

 お二人はぶんぶんと、凄い勢いで首を縦に振っている。

 これは、もしかしたら早速ムギさんの課題をクリア出来るかもしれない。

 性知識がどうとか、というのは良く分からないけど。

 だが新人だけでパーティを組み、ちゃんと実績を残せばムギさんも認めてくれる筈。

 ちゃんと自立出来ていると証明すれば、対等とまで行かなくとも……隣には置いてくれるのではないか? そういう淡い希望が胸に宿っていた。


「あのっ! ご迷惑でなければ私と今回だけパーティを組んでくれませんか!? 治療と攻撃、どちらの術も使えます!」


 そう言ってから頭を下げてみれば、二人はパァァっと表情を明るくする。

 よし、これなら断られる事は無さそうだ。

 心の中でガッツポーズを取りながら、彼等に向かって再び微笑みを浮かべるのであった。

 行ってきます、ムギさん。

 私、別の人と組んでもちゃんと実績を残して来ますから。

 だから……邪魔だなんて、言わないで下さい。

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