第5話 俺達は、別れた方が良いのかもしれない……
「ムギさん、色々と説明してほしいのですが。少々お時間よろしいでしょうか?」
「拙者は無実であります、何も悪い事しておりませぬ。本当でござる、拙者からはあの子に指一本触れてないでございまする」
翌日、ギルドに行ったら受付嬢に個室へと呼び出された。
ちょっとアレな意味ではなく、完全にお説教的な意味で。
目の前には非常に怖い顔をしている担当受付嬢。
脚を組んでおり、スカートから伸びるソレは非常に魅力的で――
「うぉっほん!」
「失礼、目つぶしされる前に瞼を閉じるでござる」
再びお説教の空気が広がり、いったい何を怒られるのかとビクビクしていると。
彼女はテーブルにいくつかの書類を広げ始める。
「コレは?」
「貴方が組んでいるアイリーンさんの魔獣討伐記録です、何か異常に感じませんか?」
そんな事を言われたので書類を覗き込んでみるものの、コレと言って疑問は湧かない。
どれもこれも、確かに彼女が討伐せしめた相手なのだから。
むしろ、あぁこの時は大変だったなぁとか。
こうして見ると、一週間も経っていないのに随分成長したなぁとか。
そういう感想が出てくるのだが。
「何か、おかしい所が?」
「おかしいでしょうが! 登録してからまだ一週間経ってない! だというのに討伐した相手も数も異常なんですよ! 数日で新人キラーなんて呼ばれる相手を討伐するって何ですか!? それ以外もですよ! 普通の新人は、こんな短期間で魔獣を狩れません!」
ウガァ! と吠えんばかりに叫ぶ受付嬢を見ながら、なるほどと納得してしまった。
確かに新人と言えば、何日もかけて最初の獲物を狩る様なモノ。
俺の時もそうだった。
野生の兎って、足速いんだぜ?
無理無理、素人には捕まえられないって。
今考えれば雑魚中の雑魚と言って良い兎に対しても、普通に退治しようとしたら何日掛かるか分かったもんじゃない。
俺が新人の頃は、結局周囲ごと爆撃して終わらせたが。
逆に討伐証明部位を手に入れるのに苦労したほど。
だと言うのに、彼女は俺に付いている影響もあってか基本日帰り。
そして効率よく仕事をこなしている。
ネトゲで言うと、パワーレベリングみたいに感じるのかもしれないが。
基本的に俺はサポートするだけ、彼女中心の戦闘を心掛けているつもりだ。
と、言ってもやはり書類上では疑念を抱かれてしまったのだろう。
しかし先人の教えがあるのだ、効率よく狩りをこなすのは当然の様にも思えるが。
「彼女は優秀なシスターでござるな。未だ治療の魔法は見せてもらった事はないが、他の術も卓越している。まさに“異世界主人公”であるな、あの子の様な逸材が“俺ツエェェ”を自然体でやらかすのであろう」
「訳の分からない事を言ってないで、ちゃんと説明してもらっても良いですか? これムギさんがかなり手を貸してますよね? 正直に答えて下さい、彼女の今後に響きますので」
今度ばかりは、受付嬢が真面目な顔で睨んで来た。
あぁ、なるほど。
ギルドとしては、おそらく俺の実績を彼女のモノとして報告していると勘違いしているのだろう。
しかしながら、そうではないのだ。
確かにフォローはしたが、実際彼女は非常に頑張っている。
此方からしても輝かしいと思ってしまう程に、しっかりと“努力”を体現しているのだ。
その証拠に、彼女はどれだけ戦闘が長引こうと泣き言を言わない。
いつだって真剣な眼差して、相手に立ち向かって来たのだ。
あまりにも弱音を吐かない為、逆に此方から休憩を促す必要があるくらいに。
その辺りの加減も今後教えなければと思う程に、彼女は……強い女の子だ。
「では初戦からゆっくり説明していきます故、筆の用意を。拙者は助言と指示、そして“前衛”が必要になった場合のブロッカーしか務めていないと、改めてご説明いたしましょう」
「……本当に、ブロッカーしかやってないんですね? まぁそっちが優秀なら、後衛は攻撃を当てやすいってのも有りますけど」
未だ疑わし気な瞳を向けて来る受付嬢に対して、こちらは満面の笑みを浮かべた。
これは彼女が頑張った証。
文章だけでは疑われてしまうのなら、口頭でしっかりと説明しようではないか。
「それを言ったら、誰と組んでも同じ事。自らの実力を示す為には、ソロか格下と組まないといけない事になりますな。しかしそれでは難易度が跳ね上がる、ある程度は此方の言葉を信じてもらう他ありませぬ」
「もっと複数人いるなら、もう少し判断基準が下がるんですけどねぇ……ムギさんが他の人と組まないから……」
そんな会話をしつつ、これまでの戦闘を振り返りながら事細かに語った。
あの時はもう少しで“見えそう”だった、風魔法を多用する様に指示すればサービスシーンが増えるだろうか?
思わずそんな言葉が漏れ出した瞬間、受付嬢からは脛を蹴られたが。
とまぁ冗談はさておき、彼女は優秀だ。
冒険者になりたてとは思えない程、術が“しっかり”している。
臨時で他のメンバーと組んだ事もあったが、詠唱しているのにいつまで経っても術が発動しない、なんて事は当たり前なのだ。
魔法とは、必殺の一撃になりえるが非常に不安定なモノ。
その認識を、この数日で忘れてしまう程に。
この世界では、魔法とはそう言う不安定な代物。
「つまり、彼女は貴方が出した指示を正確にこなし、魔法の失敗は見る限り一度も無いと?」
「然り、欲しいと思った時に欲しい術を繰り出せる。非常に優秀な人物である事は間違いないであろう。某は基本ソロであり術師ではない、それどころか新人を教えた事などないので失念していたが……彼女の魔術はとにかく正確で的確、これ程頼もしい後衛を拙者は知らないでござる」
話を聞くと先日の狼狩りなど特に、俺が全て討伐したのではないかとギルド内で噂になっていたらしい。
だがソレは大外れも良い所だ。
俺は前面をブロック、相手の退路を塞ぐ動きをしただけで。
またの名を反復横跳び。
傍から見れば非常に奇妙な光景が繰り広げられていた事だろう。
それ以外の十数匹は、間違いなく彼女が討伐した相手なのだ。
「ムギさんの言っている事が本当なら、相当な逸材ですよ……貴方の場合は例の爆炎で全てを吹っ飛ばしてきましたけど、彼女の場合は欲しい所に欲しい術が正確に届く。どこのパーティに行っても重宝される上、たった数日でこれだけの実績を上げている」
「本当でござるよ。彼女は、非常に優秀だ」
あまり他の冒険者の実力というモノを知らない上、こちらは全てを爆撃して解決してきたのだ。
比べられるモノではないと分かっていても、あの子の力は“向こう側”のゲーム知識に染まった俺にも“普通”に後衛が出来ている様に見えた。
この時点で異常なのだ。
魔術の失敗も無く、詠唱が長すぎると言う事も無い。
むしろ他者と比べて術の発動までが短いと感じる程。
更に効果は絶大な上、確実に相手を仕留めてくれる。
非常に多くの事を学び、しっかりと頭に叩き込んだ証拠なのだろう。
それは“こちら側”の世界では、とても優秀な術師に他ならないのだ。
指摘され改め思い出し、この事実に初めて気が付いた。
彼女は、とても優秀だ。
俺とは違い、“チート”に頼らずとも実績を残す。
素晴らしい冒険者だ。
「拙者は……彼女を伸ばす為にも、他所のパーティと組んだ方が良いと提案致します。何卒、其方からもお声掛け頂けないか」
そう言ってから、静かに頭を下げた。
俺の戦い方など、我流も我流。
素人に毛が生えた程度のモノだろう。
しかしながら戦闘により身体能力は上がって、お手軽に作れる手榴弾は効果絶大。
だからこそ名を上げる程になったが。
俺では、彼女に“パーティ”というモノを教えてやれない。
集団戦だからこそ求められる事、味方との連携。
どうしてもそう言った面では、俺では力不足なのだ。
彼女が対処出来ない事態になれば、俺が前に出れば良い。
ソレで事足りてしまう、それでは駄目なのだ。
いざという時、判断の出来ない人間に育ってしまう。
いつだって誰かに頼る冒険者になってしまう。
ソロなら全て自己責任だが、パーティとなれば話は違うのだから。
だからこそ、彼女は俺以外と組むべきだ。
「コレは彼女からの“お願い”でもありますから、すぐにどうこう出来るかは分かりません。でも、良いんですね? 彼女が、他のパーティに所属しても」
「もちろん。拙者は彼女の踏み台、晴れ舞台に立つ前の前座でござる。輝かしい未来を願うなら、某と共に居るのはむしろ愚策。拙者は、全て爆破する事しか能がありませんから。それに……ホラ、アレです。俺と一緒に組んでいても、女性からは白い目で見られるし。男性陣からも誤解を招くでしょう?」
ハハハッと乾いた声を上げてみれば、受付嬢は少々苦い顔をしながら此方に視線を向けて来た。
ギルドからすれば、俺は非常に扱いづらい存在だったのだろう。
だからこそ、話しかけてくれる数少ない存在な上に、俺の担当受付になってくれた彼女には感謝しか浮かばない。
向こうからすれば、迷惑な話かもしれないが。
そんな事を思いながら、相手の事を正面から見つめていれば。
「ムギさん、人の名前覚えるの苦手って言ってましたよね? 私の名前、覚えてますか?」
「う、うん? “ヴィナー”さん、ですよね? あれ? もしかして間違ってますか?」
急に変な事を言いだした受付嬢に、素の口調に戻りながら彼女の名前を呟いてみれば。
「それでは、貴方が組んでいる女の子は?」
「えっと、“アイリーン”さんですね」
声を返してみると、彼女はふぅぅっと大きな溜息を溢してから背もたれに体重を預けた。
や、ヤバイ。
何か間違えたか、もしくはやらかしたのかも。
なんて思いながらビクビクしていると。
彼女はフッと緩い表情を浮かべてから。
「貴方がたった数日で名前を覚える程仲良くなったのに、またソロに戻るんですか? 他の人に、渡しちゃって良いんですか?」
その言葉の重みが、背中に伸し掛かって来た気がする。
確かに、その通りかもしれない。
そもそも声を掛けてもらう事が少ないのだ、名前を覚えようと努力しても無駄だと感じてしまった事がある。
それが自然になってしまってから早数年。
だから余計に人の名前を覚えるのが苦手だ。
でもあの子の名前はすぐに覚えた。
ちなみに目の前の受付嬢さんの名前もすぐ覚えた。
当初なんて彼女以外口をきいてくれる人が居なかったので。
「正直に言いますね、確かに彼女は他のパーティに任せた方が“伸びる”かもしれません。しかし私は、貴方の事も心配しているんですよ。冒険者は、ソロではいつか限界が来る。だからこそ、それだけ優秀な人物を囲えたのなら、私も安心出来ると思ったのですが」
「それを決めるのは、彼女ですから。俺は“誰かに合わせる”戦闘が不得手です、だからこそソロなんです。それに相手が女の子となれば、決まった相手が出来た時……俺の存在が邪魔になりますから。間違いなく、後に悪い影響を残す。いわば黒歴史になりかねない存在です」
これまた乾いた笑いを洩らしてしまった。
この世界において、俺は誰とも結ばれない。
むしろ一緒に居るだけで迷惑が掛かる。
それが最初から分かっているからこそ、周りから距離を置いた。
実績を褒め称えられる程の事を成し遂げた時だって、誰の目にも触れず宿に帰った程だ。
俺の異世界生活に“ラブロマンス”は無いのだ。
むしろ人間関係において、この能力は異物に他ならない。
本気になってしまえば、大切に思えてしまえば。
その分、相手が危険に晒される事になるのだから。
そこまでの距離に近付かずとも、周りから後ろ指刺される能力だと言う事は自覚しているつもりだ。
「ほんと、厄介な“スキル”ですね。それさえなければ、凄腕の貴方の周りには今頃女の子で溢れていたでしょうに。こんなに実績を残しているんですから」
「ハハッ、御冗談を。こんな冴えない男を好いてくれる女子など、どこの世界にも居はしませんよ。それにこのスキルが無ければ、生き残れませんから」
そう言って笑えば、彼女は再び大きなため息を溢した。
妙に呆れた様子で、困った様な笑みを浮かべながら。
「ほんと、手が掛かりますね。昔から変わらないです、ムギさんは」
「毎度の事ですが、お手間を取らせて申し訳ない。今回の件も、どうぞよろしくお願い致します」
そんな訳で、お説教という名の事情徴収は終了した。
さてそれでは、今後の方針を考えなければ。
彼女が俺と組んでいても、良い影響は受けない。
ならばこそ、別のパーティを紹介する。
その前に、俺と組む事を止める説得をしなければいけないのだ。
「先が思いやられますな……」
「ムギさん、あの子にかなり好かれてますからね」
「それこそ、御冗談を……過去の恩を感じているそうで、それだけですよ」
クスクスと笑う受付嬢、ヴィナーさんの言葉に。
思わずため息が零れてしまうのであった。
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