第4話 マッサージを予約しました
「ムギさんって、たまに口調変わりますよね?」
仕事も終わり、ギルドへ向かう途中。
街中で、可愛らしい神官がグサッと胸に突き刺さる一言を放って来た。
「き、気のせいでござる。拙者は常に侍口調、きっとシスター殿の聞き間違いでござろう……」
「あ、今は戻ってますね」
今は、とか言わないで下さい。
普段侍ロールプレイをしているのは趣味である以上に、一応意味があるのだ。
この世界においての職分、ゲームでいう剣士や魔法使いと言ったジョブの様な物。
冒険者という職業に就きながらも、自分は何が出来るのかという証明みたいなものが必要になる訳だ。
そしてソレは、周りにも理解出来る様な名称でなければいけない。
つまりジョブ欄に「自家発電して爆発する人」とか書いた所で、ギルドから受理されず仕事を貰えないのだ。
そこで、他の人はどう言う事を書くのかという一覧を見せてもらった中に。
あるではないか、“サムライ”の文字が。
どうやら“こちら側”の世界、俺みたいな連中は昔から地味に数が居るらしく、見知った代物や料理なんかも見かける程だ。
それこそ刀や袴なんて物もあったくらいだ、職人の方が呼ばれた事があったのだろう。
もしかしたら、あの適当な神様が現物だけ仕入れたって可能性もあるが。
とまぁ話を戻すと、俺は侍・武士としてギルドに登録している。
ギルドの記録に残る過去の侍。
それは凄腕で、気高く孤高の存在だったのだとか。
まさに俺にピッタリではないかとジョブを決め、そのイメージを崩さぬ様普段からこうして侍ロールプレイに勤しんでいる訳だが。
どうしても、戦闘中とか焦った時は素が出るのだ。
「まぁ、それは良いとして。冒険者登録数日にして狼の魔獣撃破を達成しちゃいました! 新人キラーって呼ばれてる魔獣なんですよね!?」
少女はやけに興奮した様子で、ぴょこぴょこと頭を左右に揺らしている。
何かもう、いちいち動きが小動物の様だ。
こんな可愛らしい生き物が俺の隣にいて良いのかという疑問はあるが、とにかく眼福。
思わず此方も表情を緩めながら、彼女と共に歩いていると。
「そ、それでですね。今日のお仕事では結構お金が入って来るというか……ムギさんからしたら全然大した事ない金額でしょうけど、でも、えっと……私からすると結構凄い金額な訳でして」
急にそんな事を言いながらモジモジし始めたシスター。
これは、何を言わんとしているのだろう。
彼女の事だ、報酬の交渉という事ではない筈。
逆に自分の分を減らしてくれと言い出すかもしれないが、それは絶対にするなと教えたのだ。
だとしたら、他に何か金の関わる事情があっただろうか?
そんな事を思いながら、ふむと首を傾げていれば。
「あのっ! 何かお礼がしたいです! ムギさんは何か好きな物とかありますか!?」
少女は、顔を真っ赤にしながらそう言ってのけた。
神様、何故この世界にはこんなにも真っすぐで可愛らしい存在が居るのですか。
その神様本人はとんでもなく適当な上に、文句の一つでも言いたくなる能力を付与してくれやがりましたが。
まぁあのジジィはどうでも良いとして、これはアレだろうか?
自身の初給料で親に感謝の気持ちを示す的な。
俺は親でも無ければ、彼女も今回が初報酬という訳では無いが。
それでも少しくらい無駄使いが出来る程度の金銭は得られる、と言う事なのだろう。
ちなみに俺の“向こう側”での初給料は家族全員を回らない寿司に連れて行き、“こちら側”での初給料は侍セットのローン頭金に消えた。
何故だか、元の世界の方が充実した金の使い方をしていた気がする。
俺が侍ロールプレイとかやってるせいだけど。
「すっごく高い料理店とかだと無理ですけど……何でも良いですよ!? あ、もちろんご飯じゃなくても大丈夫です。私に出来る事なら、何でもしますから言ってみて下さい!」
この子、いちいち股間に来る。
ではなく、際どいワードを攻めて来る。
発言に気を付ける様一応注意しておかないと、今後大変な事になりそうだ。
「気持ちは嬉しいが、その発言はちょっと頂けないぞ。君みたいな子があまりエッチな言葉を口にすると――」
「あっ、また口調が……」
「ゴホンッ! 其方のお気持ちは嬉しいでござるが、もう少し言葉選びを考えた方が良いかと思いまする。シスターは汚れを知らぬ真の乙女、まるで天使の様だと思える美貌。であれば、某の様な男に“何でもする”などと言葉にしてはいけませぬ」
慌てて口調を直してから、静かに宥めてみれば。
彼女はちょっとだけショボンとした様子を見せながら、未だにモジモジしている。
モジスター再び。
言っている事は理解出来るが、納得していない。と言った所だろうか?
そんな行動も可愛いが、何でもするとか言われちゃうと、何でもさせちゃいたくなるので勘弁してください。
「私だって、“そう言う事”を全然知らないという訳ではないんです。でもムギさんなら絶対そういう要求しないって分かっているから、言ってみたんですけど……私じゃ、やっぱりお手伝い出来る事はありませんか?」
そう言って、上目遣いに此方に赤い顔を向けて来るシスター。
やめろ、止めるんだ。
それ以上いけない。
多分純粋無垢なままそんな言葉を紡いでいるのだろうが、その台詞の全てが刺さる。
じゃぁちょっとだけ、なんて言っていけないお願いをしたくなってしまうではないか。
しかも俺なら絶対“そういうお願い”をしないって何だ。
もはやその信頼が心にザクザク刺さって来る。
ごめんなさい、君が思う程俺は聖人でも仙人でもないんだ。
バニーガールの格好をしてくれ、とか言っちゃうかもしれない変態なのだ。
神官さんのコスチュームチェンジ、見てみたいなぁ……。
「と、とにかく! 新人の内は不意に出費が増える事もある故。溜めておくのが吉、でござる。何とか生活できるラインを保っていても、怪我や損害の一つで大出費、なんて笑いごとにもならない事態は避けなくては」
「確かに……私は治癒の魔法も使えるので、あまり気にしていませんでしたけど。大怪我を負ったら自分では治せなくなるかもしれませんね。それに装備が壊れちゃったら、確かに露頭に迷うかもしれません……」
「そうそう、なので今はとにかく貯蓄し次に繋げる。新人の内に散財してばかりでは、後で困るというモノでござる」
どうにか言いくるめ、スタスタとギルドへ向けて足を速めてみれば。
彼女は慌てた様子で隣に並び。
「それじゃ、恩返しはまた今度という事で。あっ、でもお疲れの様でしたらマッサージとかなら出来ますよ? 上手だって、先輩のシスターにはよく褒められました」
止めて下さい色々爆発してしまいます。
「き、機会があれば……是非」
「はいっ! 任せて下さい! 全身揉み解してみせます!」
という訳で、全身揉み解しコースの予約を取ってしまった。
メンズエステって行った事ないけど、間違いなくこんな少女は勤めていない筈だ。
もしも俺にこのふざけたスキルが無ければ、今すぐにでもお願いしたい所なのだが。
密室で彼女にモミモミされたら、宿屋を全焼しかねない。
だからこそ、永遠に予約のみになる事は分かっているが……。
「あぁ……揉まれたい。むしろ揉みたい」
「ムギさん? どうかしましたか?」
「いや、なんでもござらん」
俺の溢した欲望は風に流され、少女の耳には届かなかった。
それで良い、この子の耳には汚い言葉など聞かせるべきではない。
なんて事を思いながら、俺達は再び歩き出した。
青い春という言葉に程遠い所で生きて来た俺には、こういう子との会話の最適解が分からないのであった。
物語の主人公達であれば、こんな時でも女の子の好感度上げていただろうに。
無念、拙者には到底その様な行動言動は想像すら出来ないでござるよ……。
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