第3話 ふとももと勘違い


「ムギさん! おはようございます!」


「あぁ、おはよう。今日もお頼み申す」


 それだけ言ってギルドの両開きの扉を押し開いて中に入れば。

 数多くの冒険者達が、一斉に此方へと視線を向けて来た。

 やはり俺ほどの名を上げた存在となれば、この程度日常茶飯事……。


「君! そこの神官の子! 大丈夫? 変な事されてない? 駄目だよこんな変質者に付いて行っちゃ……お姉さんが良いパーティ紹介してあげるから、今日から違う所に移ろう? ね?」


 おいコラ待てい。

 朝一番にパーティメンバーを引きぬこうとするんじゃねぇ。

 流石にコレには物申してやろうと、ギロッと鋭い視線を向けてやる訳だが。


「何よサムライモドキ、アンタ自分の能力がどれだけ周知されてるか分かってんの? その上で、この子が危ないから他のパーティに誘おうとしてんの。文句ある?」


 女性冒険者に睨まれてしまい、思わず視線を逸らした。

 すみません、全く異論ありません。

 俺がチキンクソ童貞根性無しだからこそ、彼女は安全だと保障出来るが。

 他の人から見れば当然そうでない。

 こんなにも世を知らない神官の女の子が、ソロの男とパーティを組む等言語道断。

 普通なら十月十日後に、新しい命が誕生しかねないのだから。

 それくらいに、“こちら側”は色々と緩い。


「では、どうすると? 拙者は彼女から直接頼まれてパーティを組んでいる。それを跳ねのけてまで我々を引き離すというのなら、それは彼女の意志に反する行いに思えるが?」


 あくまで冷静に、クールな男を気取って刀の柄を叩いてみれば。

 彼女は思い切り舌打ちを溢し。


「新人教育大いに結構、アンタの実力“だけ”は私達も認めてる。でもまさか、アンタ“補充”の現場を見せたりしてないでしょうね? この子教会上がりよ? 前に合同で組んだ時、急に抜き始めた事忘れた訳じゃないからね?」


「うぐぅっ!? あ、あれはその。必要だったと言うか、緊急事態だったと申しますか……えぇ、大変粗末な行為を見せてしまったというか。御免なさい。でも今はホラ、俺も一応魔法を覚えたから、現場で補充する必要はないというか……」


「スクロール買い漁ってるのは知ってたけど、結局アレの為なのね……もう少しまともな魔法でも覚えて戦闘スタイル変えたら?」


 思い切り引き攣った様な声を上げれば、相手は非常に呆れた瞳を向けて来る。

 俺の攻撃手段は性玩具。

 しかも使用後ではないと意味がないのだ。

 その為、合同で他のパーティと組んだ時に……その、なんだ。

 手持ちが足りなくなり、その場で“拵えた”事があった。

 彼女のパーティがまさにソレ。

 しかも戦闘中であり、戦地で「御免」とか言いながら抜いた記憶がある。

 だってこの子のパーティは女の子だけなのだ。

 しかもその、異世界あるあるなのか知らないが……結構際どい恰好とかしてるし。

 近接戦を主にしているのに、タンク役以外は結構軽装なのだ。

 確かに動きやすいのかもね? 便利な服もいっぱいあるしね?

 でも色々チラチラ見せられちゃったら興奮くらいするでしょうが。

 という訳で、その地での爆発物生成には困らなかった記憶がある。


「言っておくけど、私達はアンタを警戒してるの。顔の良い男が女を食い荒らすとかならまだ普通だけど、アンタの場合は生死に関わるわ。自分でも分かってるんでしょう? だからこの子を心配してる。木っ端微塵にならない様にね?」


 そこまで言われてしまうと、本気で反論出来ない。

 おろろとばかりに、枯れ果てた表情を浮かべながら。

 声を掛けて来た彼女に掌を向けて。


「この方は“戦乙女”というパーティのリーダーでな? 主に女性冒険者を育てる活動をしておられる。かなり多くのメンバーが居る故、この方に付いた方が色々と教えてくれる幅も広がるであろう。だからどうだ? 彼女もベテラン。こちらの方から教えを乞うなどしてみては――」


「嫌です。私はムギさんから教わりたいです」


 超スリットパンスト神官は、良い笑顔を浮かべながら真っすぐ此方を見つめて来た。

 あぁ、今日も太ももと素直さがが眩しい。

 黒いソレに包まれていても、とてもとても美しく肉感を主張しておられる。


「私は、ムギさんから習う為に冒険者になりました」


「しかしコイツは……正直異常だ、性欲の化け物だと言って良い。だと言うのに、コイツに付いて行こうと言うのか? はっきり言おう、危ない。性的な意味でも、物理的な意味でも」


「貴女は何を言ってるのですか? 彼は一切そういう動作を見せなかった上に、仕事が終わった後には宿まで送迎してくれた程の紳士ですよ? 正直、貴女が何を心配しているのか理解しかねます。他の男性に声を掛けられた事はありますが、彼ほど紳士的な行動を取っている方にお会いした事はありません。まさに書物に残るブシ、サムライという名にふさわしい方だと思いますが」


 キリッと、物凄く自信満々に答えるシスターを横目に。

 俺は全力で視線を逸らした。

 紳士、紳士ですか。

 俺の場合、多分その単語の前に“変態”という二文字が追加される訳ですが。

 という訳で、頑張って顔を逸らしていたのに。

 相手方から、グワシッと頭を掴まれ正面を向かされてしまった。


「おい、ムギ。お前の所の新人、マジで純白だぞ」


「あぁ、承知している……だからこそ、全てを教えてやろうと心に決めてはいるのだが……だがっ!」


「だが、なんだよ! お前本気で気を付けろよ!? 普通の冒険者のヤッたヤらないの話じゃ済まないからな!? この子殺すなよ!? まさかとは思うが、こんな若い子に興奮とか――」


「小生、ストライクゾーンは広い質でして」


「おい受付嬢! コイツ駄目だ! 早く新しい教育係を用意しろ!」


 相手はもはや話にならないとばかりに怒鳴り声を上げ、カウンターに居る受付嬢も困った様子を浮かべている。

 ですよね、そうですよね。

 俺、この世界においてはかなり異質ですものね。

 皆がモンスターなハンターしている所を、俺は性玩具投げつけて爆弾魔していますからね。


「拙者とて心得ている」


「何を、だよ変質者。適当な事を言っても、私は信じないからな?」


 ジトッとした瞳を向けて来る相手に正面から向き直り、力強い瞳を向ける。

 そして、宣言した。


「我、生涯童貞と心に決めた。例え恋心や劣情に邪魔され様とも、コレだけは貫く所存。欲望に負けそうになる度、己の心に問いかけよう。この劣情は、相手を殺してまで叶えたい願いなのか? と。それを言葉にすれば、どうして女人を抱けようか。誰かの命を天秤に掛けるのなら、そんな行為は不要。拙者、誰かを殺してまで女を抱きたいとは思えん」


「お、おう……何か、ごめん。お前も大変だって事は分かってるんだけどさ……うん、何かごめん」


 胸を張って童貞宣言してみれば、相手は少々気まずそうに視線を逸らした。

 確かに、相手も女性。

 性的な話を堂々とするのは些か配慮が足りなかっただろう。

 なので、静かに頭を下げてから。


「拙者ではこれ以上は無理だ、そう判断した暁には……貴殿を頼る事になるやも知れない。その時は、どうかお頼み申す。男女の差は勿論、小生の戦い方は少々特殊。今後長く生きる為には、皆様方の下で勉強する事も必要かと」


「あ、うん……そうね。そん時は、協力するよ……」


 何とか相手からの了承も取れた所で、ニコニコ笑顔のまま横を通り過ぎ受付嬢の元へと向かってみれば。


「すっごい笑顔ですね、ムギさん。馴染みの女性以外と、久し振りにちゃんと会話出来て嬉しかったですか?」


「はい! とても!」


「そうですか、それは良かった。それじゃ、お仕事の話をしましょうか」


 とても理解のある受付さんは、一つ溜息を溢してから此方に依頼書を並べ始めた。

 よし、とても良い感じで女性と会話が出来た。

 噛まなかったし、多分キモイ感じにはなっていないだろう。

 良いじゃないか、元の世界では言葉を交わす事さえ出来なかったのだ。

 という訳で、今の俺は非常に満足感に包まれていたのであった。

 ツンツンした子も、こう……良いよね!


 ※※※


「相手との距離を常に意識しろ、君は術師だ。むやみやたらに近づいては本領を発揮できない。だが、一人だった場合は?」


「はいっ! 常に動き続けます!」


「足捌き、俺も専門家ではないが。俺が見様見真似で覚えた術は教えた筈だ、スカートだから、女だから。そんなモノは戦場では通用しないぞ、あと今日も太ももが良いぞ!」


「はいっ! ……はい? ふともも?」


 良く分からない会話をしながら、本日も魔獣狩り。

 とはいえやはり、危険度の高い仕事を任せられる訳もなく。

 今日も今日とて初心者向けのお仕事な訳だが。

 彼女は必死で動き回りながら術を行使していく。

 本来神官である彼女はヒーラー、というのはどうやらゲーム知識に塗れた思考らしい。

 神官というお仕事は本当に言葉通りらしく、回復魔術を行使出来ない方々もいらっしゃるのだとか。

 しかし彼女は回復魔法が使える。

 だが回復だけしていればお仕事があるかと言われると……そうではないのだ。

 もしも誰も怪我をせず、彼女が術を一度も使わぬ事態が発生したとしよう。

 その場合、その者に報酬の山分けは平等か?

 そんな話は、そこら中で聞く。

 一度の戦績が原因で喧嘩が始まり、不信感が募り、パーティを抜けてしまう。

 逆に追放するような行動を取る冒険者達は少なくない。

 慢心は隙を呼び、大怪我をする所までが大体セットなのだが。

 うわぁ、集団行動メンドクセェ……という本音は声を大にするだけで我慢しておき、俺は基本ソロなので問題ない。

 だが彼女の場合はどうだ?

 今後他の誰かとパーティを組んだ時、そう言った事態に巻き込まれたら。

 きっと彼女は、仲間に食いついてまで報酬を求めたりはしないだろう。

 しかし、それでは駄目なのだ。

 生きる為には、金が必要。

 今回役に立ったかどうかが重要なのではなく、ヒーラーが居るという事がそもそも重要な訳で。

 その“保険”の役割を果たしている時点で、仲間は彼女に金を払う義務がある。

 だがそこを理解出来ない者は、若い子達には特に多く。

 このまま若い集団の陽キャコミュニケーションに放り込めば、おそらく彼女は搾取されるだけの存在になってしまうだろう。

 であれば、どうするか。

 簡単だ、彼女が主戦力に加われるくらいに強ければ良い。


「ヒーラーや付与術師は安く見られる事が多い! そうならない様、どうすれば良い!」


「私が強くなれば良い! 周りに文句を言わせないくらい、強くなれば全く問題ない! です!」


「その通りだ! いけぇ! 神官の底力を見せてみろ! 神の鉄槌をくれてやれ! 所詮コミュニティというのは上下関係、力があるかどうかだ! 叩き潰せ! そして戦況を支配する程の能力を付けるんだ!」


「はいっ! “ホーリーライト”!」


 戦場には光が降り注ぎ、眩しそうに目を細める魔獣達は一瞬だけ動きを止めた。

 上出来、そう言う他ないだろう。


「いけぇ! シスター! 隙が出来だぞ!」


「行きます!」


 彼女は詠唱しながら杖を振り回し、周りに居た魔獣に打撃を叩き込んで行く。

 そうだ、それで良い。

 陰キャ引っ込み思案の俺だったが、この世界に来て良く分かった。

 生きる為にまず必要なモノ……それは、筋肉だ。

 普段爆発物(白濁液)に頼ってはいるが、長時間戦うにはそもそもの体力と肉体能力が必須。

 現地に向かうのだって徒歩の事も多いし、何より何度も“天牙”を投げつける為にも体力と投擲のコントロールが必要とされる。

 その為、最初はひたすら食べる事と筋トレに従事したほど。

 ヒョロガリでは、異世界を生きていけないのだ。


「一つ! 二つ! みっ……っ! すみません! 仕留め損ないました!」


「そういう時はすぐ撤退! まずは距離を置け! 君の得意分野は何だ!?」


「ま、魔法です! でも、詠唱の時間が……」


「それを稼ぐのが、前衛の仕事という訳だ」


 スッと彼女の前に立って、“天牙”を構えた。

 本来なら彼女一人で対処出来れば言う事無しだったのだが、流石にそれは新人に対して求めすぎというモノ。

 彼女は既に、下半身の見た目がエッチなシスターという重責を負っているのだ。

 慣れない内は、俺が手を貸してやる事も重要だろう。

 これこそパーティ戦。

 俺が、異世界であまり味わって来なかったモノの一つ。


「前面は押さえる! 詠唱を!」


「了解です!」


 叫ぶと共に“天牙”を投げつけ、爆炎で正面の数匹を退治する。

 今目の前に居るのは狼、今日の依頼にある魔獣という訳ではないのだが。

 ズンズン森を進んだ結果、出くわしてしまった。

 甘く見れば平気で死人が出る。

 だが初心者卒業の相手と認識されている魔獣でもあるのだ。

 少々彼女には早いかもと思ったのだが……彼女自身も、強い意気込みがある。

 だからこそ、挑む事に決めた。

 その要因とは。


「やはり術師は防御が弱いですから、こういうのを前回の報酬で買ってみました。如何でしょう? これで少しはマシになりますかね?」


 チラっと服を捲って見せる彼女は、神官服の下にピチッとしたスポーツウェアの様な物着ていたのだ。

 多分、アレも何かしらの付与が施されているのだろう。

 おそらく普通で言うなら、服の下に鎖帷子を装備した様な感覚。

 しかしながら、“異世界人”の俺にとっては。

 ボディーラインがそのまま出る様な服を着ている、という認識でしか無かったのだ。

 しかも鎧代わりとして身に着けている為、普通に見せてくれるというオマケ付き。

 だったら、テンションは上がるだろう。

 お礼にちょっとくらい格好の良い姿を見せたいと思うじゃないか。

 高望みはしないが、もうちょっと見せて欲しいと思うじゃ無いか。

 その想像だけで、俺のやる気はうなぎ上りだ。


「正面は抑えた! 魔法はどうだ!?」


「行けます!」


「イっちゃいなさい!」


 宣言と同時に、残る魔獣に雷が落ちていく。

 神官、回復や光魔法などに特化した職業。

 なんて勘違いをしながら異世界を生きて来たが、適正次第では色々と教えている様だ。

 基本的にそれら全ては“魔術”であり、神様の力がどうとかはあまり煩く言われない世界らしい。

 なので教会でも魔術は普通に教えるとの事。

 そんでもって、彼女の場合は結構他の魔術への適性もあるらしく手札が多い。

 コレはまた……期待できる新人さんが来たものだ。


「よくやった! コレだけ出来れば十分過ぎる程の後衛だ!」


「やりました! やりましたよムギさん! 数日にして狼の魔獣を討伐しました!」


 ピョンピョンと飛び跳ねながら、非常に喜びを表現する彼女は。

 あろう事か俺の胸に飛び込んで来た。

 劣情は抱かない、ギルドで会った彼女にもそう宣言した訳だが。

 すまない、我が愚息が上を向く程度は……許してくれ。

 女子と触れ合う事すら、俺の人生ではウルトラレアな出来事なのだから。

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