第2話 抜き、爆散


 翌日、冒険者ギルドに件の彼女は現れた。


「は、初めまして! 新人冒険者のアイリーンと申します! 本日はよろしくお願いします!」


 元気いっぱいに、と言うか緊張した様子で勢いよく頭を下げる少女。


「よろしく頼む。拙者は持田 麦太郎。皆からは“ムギ”と呼ばれている」


「では、ムギさんと。お話は伺っております! 足手まといにならないよう頑張りますので、どうぞよろしくお願い致します!」


 シスターだ。

 間違いなく、シスターさんが目の前に居る。

 やはり随分と緊張した様子で、彼女はペコペコと忙しく何度も頭を下げていた。

 ベテラン冒険者が、初心者を育てる行為。

 それは別段珍しくはない。

 これも仕事の一環。

 今回ばかりは、俺がベテランと認められこういう仕事が回って来たという訳だ。

 しかも彼女の場合、俺を直々に御指名したというではないか。

 コレは色々と高まるというモノだ!

 だって本物のシスター初めて見たんだもの、長い事異世界に居るけど初めて神官に会ったんだもの!

 まぁ普通は戦闘に出る職業じゃないしね、考えてみれば当たり前かもしれないが。


「ちなみに、その。なんだ。シスターとは、皆その様な格好をしているのだろうか?」


 チラチラと顔を逸らすふりをしながら、彼女の太ももに視線は釘付け。

 だって、凄いのだ。

 深いスリットが入っていて、太ももがこんにちはしているのだ。

 おぉぉぉ……素晴らしい。

 すげぇぜコイツは、まさにファンタジー聖女様。

 何故かちょっとエッチな服装をしている神官。

 これですよ、これを待っていましたと言わんばかりのファンタジーシスター衣装。

 此方としては大歓迎ですと言いたい所なのだが。

 彼女は、少々恥ずかしそうにスカートで脚を隠した後。


「す、すみません……サムライという職分の方には、はしたない衣装は好まれないと聞いてはいたのですが。それでも、普段の修道服だと……どうしても走ったりしにくい恰好でして。なので、前線に立つ場合にはコレをと……これなら、足を上げて走っても布の隙間から出るので邪魔にならないと言われまして……すみません! 間違ってましたか!?」


「いいえ、結構なお手前で」


 全力で、彼女の太ももを肯定した。

 なるほどそうか、普通の神官衣装ではなかなかどうして走り辛いのか。

 だからこそ、滅茶苦茶スリットが入った様なふとももオープン衣装が出来上がった訳で。

 それは神様なんか信仰していない所かぶん殴ってやりたい俺の様な人間でも、おぉ神よ。と思わず言葉にしなくてはならない程神々しく降臨されておられた。

 金髪碧眼、無垢な感じの緊張しっぱなし女子。

 そんな子が、太ももをパカー! っと晒しておられるのだ。

 拝むしかあるまい。

 しかしながら。


「その、拙者からもの申すのであれば……肌は、隠した方が良いかと。あぁいえ、エッチな意味ではなく、物理的に。その身目麗しい太ももに矢を受けた、なんて事態になりましたら。拙者は矢を放った相手をみじん切りにしてミキサーに掛けても気が張れませぬ。なので、隠すべきかと」


 非常に惜しい……じゃなかった。

 この眩しい程のふとももを隠してしまうのは勿体ないが、戦地に行くとなれば話は別だ。

 野営するにも虫の心配はあるし、ヒット面積は小さいにしても“もしも”と言う事がある。

 この世界にはとんでもなく便利な道具がいくらでもあるのだ。

 タイツの様な見た目、厚さでしかないのに鎖帷子の様な強度を持つ衣服など。

 魔法的な要素が加わって、物凄い強度の代物が普通に売っている。

 ソレらを着用した方が、間違いなく安全なのだ。

 俺はふざけた能力で生き残って来たが、普通の道具だって利便性はかなり高い。

 そう言ったモノをしっかり着用するかどうかで、かなり生存率は変わると言って良いだろう。

 もっと率直に煩悩を発揮するなら、この子の黒スト姿も見てみたい。


「えぇと、今から買って来た方がよろしいでしょうか? でもあまり持ち合わせが無くて……でも、ベテランの方がアドバイスするくらいですものね! ちょっと待っていて下さい! すぐ買って来ます!」


 ふんすっと気合いを入れた様子で拳を握った彼女は、ギルドから走り出して行った。

 しまった。

 新人に対して、稼ぐ前から出費を促してしまった。

 生意気な新人なんて、普段着で狩りに出る様な手合いばかりだというのに。

 あの子はちょっと素直過ぎる。


「あーぁ、知りませんよ? 新人さんはただでさえお金のない人が殆どですから。仕事に出る前に出費を重ねて、今回の報酬で補いきれなかったらどうするんですか? 赤字だったら、下手したら宿も取れませんよ? 責任取れるんですか?」


 思い切り呆れた様子で、受付嬢が声を掛けて来る訳だが。

 ま、間違った事は言って無いし。

 身の安全は、それこそ第一に考えなければいけない訳だし。

 だからこそ、俺は正しい意見を言ったのだと胸を張れれば良かったのだが。


「ちなみに、女性用の“そういう装備”って……お値段の程は」


「防御系の加護が付いたタイツって結構高い上に、割と消耗品です。まぁいきなり鎧を買うよりマシですけど、新人にとってはそれなりな出費でしょうね? いいんですかー? 教育係をお願いされたのに、出費ばかりを促す教官になってしまってー」


 受付嬢の続く言葉に、思わずギルドを駆け出した。

 任せろ、新人シスター。

 君のタイツ代くらい、先輩が払ってあげるから。


 ※※※


「本当に良かったのでしょうか? このタイツ、銅貨三枚もしました……思った以上に高かったです。それなのに……」


「大丈夫だ、問題ない。一番良い装備で頼む」


 現在俺達は、街の外へ魔獣狩りにやって来ていた。

 そして彼女の太ももは、例の黒いブツに包まれている。

 つまり、スリット&ストッキング。

 男にとって、これ以上の御褒美があるだろうか?

 いや確かに、生足は素晴らしかった。

 だがしかし、ストッキングを履く事によって少々恥じらいが薄れたらしい彼女の笑顔は、もはや国宝。

 そもそも顔の作りが凄いのだ。

 ゲームや漫画で言えばヒロインになり得る程の顔面偏差値を持ちながら、俺みたいな冴えない侍の言う事を聞いてくれる。

 これだけで素晴らしいというか、素直過ぎて少々心配になって来るレベルだが。

 それでも彼女は、スリット生足神官からパンストスリット神官に強化された。

 どちらが好みかと言われればどっちも好きだ。

 そして何より、俺が言った事に素直に従ってくれる態度が少々、癖に刺さる。


「で、ではまずは一般的な魔獣駆除と素材回収ですね! あんまり被害を出さない魔獣とは言われていますが、頑張ります!」


 それだけ言って、彼女は杖を胸に抱えて走り出した。

 ふむ、俺の様な侍モドキから見ても実に素人。

 走ってもそこまで揺れる事の無い膨らみ……は別に良いとして、走っている姿は普通の女の子。

 パタパタと音が立ちそうな程で、正直遅い。

 神官だもんな、そういうのも教えた方が良いのかもしれない。

 そしてそして、現在街のすぐ近くの草原。

 こういう所に蔓延るのは、此方から手を出さなければ攻撃してこない様な、あまり危険度の高くない相手。

 しかしながら、可愛らしく走る彼女は。


「見つけました! 兎です! えっと、角が生えているので……ホーンラビットでしょうか!? やっつけます!」


 大きな声を上げ、続いて詠唱を始める。

 だがしかし、獣だって馬鹿ではない。

 彼女が自らに敵意を向けていると分かれば、逃げるのだ。

 小動物は特に。


「え、ちょっと待って下さい! あ、詠唱の途中だった……えっと、続きは……」


 えらく緩い感じに、彼女の初任務は続いていく。

 逃げ回る兎に、追い回す少女。

 詠唱が終わるたびに、少々可愛らしくない雷が落ちたりもするが。

 それでも、未だ一匹目を討伐出来ずにいるみたいだ。

 なんだろう、和む。

 余生はこんな光景を眺めながら庭でお茶を飲みたい。


「あ、あの! こういう場合どうすれば良いのでしょうか!?」


 必死に兎を追いかける彼女が、困り果てた様子で声を掛けて来た。

 今この時こそ、先輩の出番だろうと。

 “こちら側”に来てから強化された肉体を使って、兎の前に立ちはだかってみた。

 レベルやステータスという数字的なモノは無いが、強敵を倒す度に身体能力が上がっていったのは確か。

 これも転生者特典って可能性もあるが、出来ればステータスは見たかったなぁ……確かな数字として確認出来ないと、他者と比較が出来ないし。

 まぁ確証はなくとも、それが実感できる程に俺の体は“動ける”様になっていったと言う訳だ。

 だからこそ、兎程度に後れを取る様な実力ではない。


「拙者が正面に回る故、その間に後ろから」


「はいっ!」


 指示を出しながら獲物の正面に周り、兎が逃げようとした方向へひたすら反復横跳び。

 傍から見たら非常に気持ち悪い動きをしているだろうが、相手からしたら逃げ場を失った様に感じたらしく。

 兎はその場でビクビクしながら足を止めてしまった。

 結果。


「捕まえた! あ、わー! 暴れないで下さい! 依頼にあった、ホーンラビット。一匹目、ゲットです!」


 本来は討伐、だった筈なのだが。

 彼女は兎を捕まえてから抱き上げ、引っ掻かれながらも満足気な笑みを浮かべていた。

 冒険とは、新しい経験とは。

 本来こういう物なのだろう。

 そんな事を思いながら、弾けんばかりの彼女の笑みを見つめてみれば。


「我が生涯、一片の悔いなし……」


「あの……何で空を見上げて泣いているんですか?」


 それくらいに、素晴らしい光景だったのだ。

 十代の若くて可愛いシスターが、狂暴というか、暴れん坊の兎を抱っこしている光景。

 尊い。

 天を見上げてツゥっと涙を流していた訳だが、彼女からは不思議そうな視線を向けられてしまった。

 あまり変な事をやっていると通報されるかもしれない。


「あ、あの。良く分かりませんけど……私、もっとムギさんから色々教えて欲しいです」


 狂暴兎を必死に抱っこしながらも、彼女は随分真剣な眼差しを此方に向けて来た。

 そうか、俺に教えて欲しいのか。

 ならば全てを教えよう。

 俺の戦闘技術、生き様。

 それら全てを教えてから、この子の可愛らしい笑みを思い浮かべて生涯を終えようと思う。

 決して「おじさんが何でも教えてあげるよぉ~」みたいな、そういう雰囲気にはならない様に気を付けながら。


「覚えていないかもしれませんけど……過去私の村を守ってくれたのは貴方です。本当に少ない報酬、その他でも得の少ない依頼。だとしても、貴方だけは駆け付けてくれた。私は、貴方に憧れて冒険者になりました。“爆炎の自家発電機”と呼ばれる、貴方に!」


 その言葉を聞いた瞬間、身悶えた。

 おい待て、誰が言った。

 絶対俺と同じ世界の出身の奴だ。

 意外とこの世界にも居るのだ、“向こう側”の人間。

 爆炎の自家発電機? 確かにその通りだよ、まさにその通りだよ。

 でもこの子、絶対言葉の意味を理解していないまま憧れているだろうが。

 俺が何を使って攻撃しているのか、どのようにして戦っているのか。

 全く理解していないであろうキラキラした瞳が、俺に向けられているのだ。

 おい、誰か替われ。

 この子は無知で、シスターで。

 パンスト履いてって言ったら、すぐに買いに行くような超素直な子なのだ。

 つまり、何にも染まってないまっさらな存在。

 その子に対して、俺の特殊能力を説明するのか?

 この子の真っ白なキャンパスに、俺の白い何かをぶちまける様な罪悪感しかないんだが?

 白と白だから都合が良いねってか? 馬鹿野郎、白って色は二百種類以上あるのだ。

 この子の白と、俺の白では根本的に違いがある。

 こちとら綺麗な白ではない、対して相手はどうだ?

 真っ白だ。

 何も疑わず、目の前の事に全力になれる。

 素晴らしい“白”なのだ。

 純白と言って良い様な、何にも染まらない白。

 それこそこういう子なら、スカートのその下には同じく真っ白なソレが隠れているであろうと予想した所で。


「拙者の後ろへ!」


 彼女を背後に押し退け、俺は懐から一つの筒を取り出した。

 全体が赤く、白いラインの入ったソレ。

 そんなモノを片手に、俺は飛び出して来た魔獣に正面から向き合った。

 猪だ、この辺りでは珍しい大物。

 そんな相手に、運悪く遭遇してしまったらしい。

 だが、此方にとっては。


「襲い掛かる相手を間違ったな、獣風情が……喰らえ、我が初期装備にして威力絶大のチート。“天牙テ〇ガ”!」


 投げつけたそれは、相手の鼻っ面に触れると同時にズドンッと、腹に響く様な爆発音を上げた。

 俺の能力は、愚息が吐き出す汁が爆発する能力。

 そしてソレを補完できる魔道具性玩具の生成。

 但しそれは、俺が武器として使えば牙を向く。

 大型の獣でも一撃で粉砕する程の威力を叩き出すのだ。

 この世界にも性玩具はある。

 俺が使っているモノが何なのか認知されるくらいには、一般的な代物といえるだろう。

 つまりこの世界において、現状俺がどういう扱いを受けているかと言えば。


「また、つまらぬモノで抜いてしまった」


 侍ロールプレイングをする、変態オ〇ニー野郎だと言う事。

 性玩具を投げつけ、更には爆発して。

 異常な戦果を上げながら異世界を生き抜く、性欲モンスター侍。

 元の世界の人間からすれば完全に日本文化を侮辱する勢いで、刀ではなく別の物を抜くサムライ。

 もはや目も当てられない。

 “我、抜く事で勝利を得たり”。

 うるせぇよ馬鹿野郎って具合だ。

 だがしかし、俺の勝ち筋はこれ以外に無いのだ。

 だからこそ、日々抜き保管する。

 他者から非常に珍妙な目を向けられ様とも、コレが俺の最高戦力。

 異世界において、爆弾というのは圧倒的火力。

 刀は抜かないのに、毎日抜いている自家発電機。

 ソレが俺、ムギと呼ばれる侍モドキなのだ。


「“抜き”捨て御免。我果てようとも、満ち足りはせぬ。我が道欲望に、最果てはなし」


 一切抜いていない刀の柄を叩きながら、決め台詞っぽく言葉を紡いでみれば。


「す、凄いです。速すぎて、全然刀を抜いている姿が見えませんでした。それに、爆発しました!」


 背後に回した筈の彼女が、興奮気味にフルフルと震えながら此方を眺めていた。

 そして彼女の紡いだ言葉は……非常にズレている。

 だって俺、刀を抜いてないし。

 抜いたのは、他の物であり今抜いた訳ではない。

 しかしながら、夢を壊すのは良くないだろう。


「コレが、ベテランというモノだよ。よく勉強する事だ、新米シスター」


「はい! 先輩!」


 俺の指示によって黒ストシスターとなった彼女は。

 随分と期待の籠った眼差しで此方を見上げているのであった。

 すまない、この子を今後パーティに入れるメンバーよ。

 私は少々、間違った知識を彼女に与えてしまうのかもしれない。

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