宿では朝食の支度が整うところだった。サルナシとプラムは勿論喜ばれた。

「朝から散歩だなんて、やっぱり貴族さまは違うねぇ」

ババロフが少し皮肉を込めて言う。


「どうして僕たちが貴族だと?」

「騙そうなんて無理だぞクルテ。あんたたちはどう見たって貴族のお坊ちゃんだ」

「お坊ちゃんって言われるようなとしじゃないよ」

「ま、確かにピエッチェはお坊ちゃんなんて言ったら失礼になるな、立派な若者だ。でもクルテ、おまえはまだまだヒヨっ子って感じだし、十八だろ? 子どもみたいなもんさ」


 今朝のメニューは芋のポタージュで、どうもやら昨夜の雉の骨からスープを取ったようだ。深いコクが感じられた。それと平たく焼いたパンだった。

「こんな田舎の料理じゃ、貴族さまの口にはあわないだろうけど、まぁ、食いな」

どうにもババロフは機嫌が悪いらしい。


 何かあったのかと聞こうとしたピエッチェの頭にクルテの声がする。

(ほっとけ。夫婦喧嘩のとばっちり。聞けば収拾つかなくなる危険あり)

秘魔が仲間って便利だな、と思うピエッチェだった。


 その日の昼間は薪割りや三頭いる牛の世話を手伝ったりして過ごした。と言っても働くのはピエッチェだけ、クルテはウロウロしているだけで、それでもピエッチェから離れずにいた。


 そんなクルテにババロフが

「女たちや子どもらのところに行ってもいいんだぞ?」

と、朝の不機嫌さが消えた様子で言う。

「そんなこと言わないで、ここに居させてよ」

少し拗ねた調子でクルテが答えた。


「やっぱりうちのカミさんが苦手かい?」

ババロフが苦笑する。

「会ったその日にこのを嫁にしろなんて言われても、なぁ、困っちまうよな?」

「へへ、バレてた? てかさ、僕、まだまだ嫁なんて早いよね?」

「うーーん、貰っても奇怪おかしくはないけどな。俺はクルテのとしであのカミさんと一緒になった。だけどクルテはあん時の俺よりずっと子どもな感じだな」

「僕ってそんなに子どもっぽい? ねぇ、どうやって口説いたの?」

「俺が口説かれたんだよ」

「言うよね、それって本当?」

こいつ、疑ってやがらぁ、とババロフが大笑いする。


「この村はな、なぜか昔から女のほうがそういう事には積極的でな。大抵の夫婦モンは女房の方が口説いて一緒になってるんだ」

「へぇ、でも、たまには男のほうからってのもあるんでしょう?」

「俺が知る限りないなぁ……昔はさ、夜になると女が被り物をして男の家を訪ねるって祭りがあった――七日間に渡って、女たちが夜ごと狙いの男にところへ行く。相手は何人いたっていい。一晩に数人でも、毎晩違う男のところでも、おんなじ男のところでも構わねぇ。で、一番よかった相手と一緒になったそうだ。気に入らなけりゃあそれっきり。なもんで、男に自分が誰だか知られないように被り物で顔を隠したんだとさ」

「それって浮気性ってこと?」

「祭りの期間に限ってはな。まぁ、一人って決めたら他の男とは縁切りさ」


「選ばれなかった男は怒りそうだよね?」

「自分のところに来たのが誰だか判らないんじゃ怒りようもないさね」

「バレたことはないの?」

「さぁ、どうなんだろうね?」


「でもさ、男が女にところに通うってのはなかったんでしょう? だいたいなんでそんな祭りが始まったんだろうね?」

「大昔からあった祭りとしか判らんね。そのあたりの言い伝えはないしな」

「その祭りっていつまで続いてたの?」

「俺の祖父ジイさんのころまでだから百年くらい前までじゃないか? 俺も子どもの頃、祖父さんから、祭りの夜に女が鉢合わせして困ったなんて自慢話を聞かされた」


「ババロフのお祖父さんはモテたんだ?」

「ははは、クルテ、判っちゃないねぇ、祖父さんが見栄を張ったのかもしれないじゃないか。何人の女が来るかとか意中の女が来るかとか、そんなことが祭りの夜の男たちの楽しみだっただろうさ。それに言ったモン勝ちだ。どの女がどこに行ったは、その女しか知らないんだからな」

「なるほど。一人も来なかったなんて恥ずかしくて言えないってことだ」

クルテもババロフに合わせて笑った。


 牛たちは見慣れないピエッチェを馬鹿にして、なかなか言うことを訊かなかった。それを見て笑うクルテ、

「牛たちよ。後悔したくなければ、ピエッチェの言うことは聞いておけ」

とババロフに聞こえないよう、そっと呟く。


 急に怯える牛たちをババロフが宥め、ピエッチェもそれを手伝う。すると牛たちはババロフではなくピエッチェについて行った。

「おや、いきなり懐いたね、ピエッチェ、どんな魔法を使ったんだい?」

ババロフの冗談に目を白黒させるピエッチェ、クルテはババロフに冗談を返す。

「牛もきっと、乳を絞られるならジイさんよりニイさんのほうがいいのさ。三頭とも牝牛めうしだろう?」

「そうか! きっとそうだな!」

ババロフがガハハと笑った。クルテが魔物の力で牛たちを従わせたと判っているピエッチェは笑うどころではない。

「牛に好かれてもな」

とボソッと言っただけだった。

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