起こされたのは日の出間近まぢか

「チェッ! 東の山が邪魔しちゃって朝陽が差し込んでこないじゃん」

寝ぼけまなこを擦りながら、ピエッチェがそんなクルテの愚痴を聞かされる。


 不満なのはピエッチェだ。まだまだ眠い。

「日の出を見せるために、起こしたのかよ?」

怒りが滲むピエッチェに、クルテは悪びれる様子もなくサラリと言った。

「いいや、すぐに出かける。森に行こう」

途端にピエッチェの眠気も覚める。


「こんな時間からか?」

「村人たちに内緒で行くんだ」

「なんで内緒にする?」

「一緒に行くって言われたら面倒だから」

「一緒に行って貰えばいいじゃん」

「だぁ~め」

「なんで?」

「森に着けば判るよ」

「そんなに危険なのか?」

「それは不明。行けば判る」

「俺はおまえが意味不明」


 音が立たないよう慎重に部屋の扉を開け、忍び足で廊下を行く。玄関扉がギギッと少し音を立てたが、外に出てからは森に向かって一目散に駆け抜けた。


「村から逃げ出したって誤解されないか?」

「大丈夫、部屋に書置きを残したから」

「なんて書いたんだ?」

「朝の散歩。今日もいい天気だねって」


 森の入り口に到着し、ピエッチェが空を見る。

「今にも降り出しそうだぞ?」

「そこはご愛敬――きっとそのうち雲は消える。たぶん」

「また『たぶん』かよ……で、こっからどうする? 街道を行く気はないんだろう?」


「右に行けばわたしたちが下ってきた川、左に行けば東の山に続く。どっちに行く?」

「一日で両方回れる?」

「無理。今日の目標は森全体の四分の一――右か左かさっさと決めろ」

「そんなに大きな森だったっけ?」

「長すぎる散歩はヘンだから、朝食までには宿に戻る」

「なんか奇怪おかしいな……おまえ、何か隠してるだろ?」

「例えば何を? いいから動こう、歩きながら話そう」


 結局、左に向かうことにしたピエッチェ、

「昨夜は例の魔物は出たか?」

と割合まともなことを訊いてきた。


「来た……なんか探してる」

「探してる?」

「きっと今夜も来る。よく見ておくよ」

「いっそ、対決してみるか?」

「不用心に動かないほうがいい」

「度胸がないな」

「おまえのは度胸じゃなくてただの向こう見ず」

「そうなのかな? それにしても気持ちのいい森だな」

「……いろんな野鳥が鳴いてる。その木の枝にはリスがいる。あ、サルナシが生ってる。この袋に摘んどけ」


 差し出された袋を何も考えずに受け取るピエッチェ、袋を手にしてから、なんで俺が? と思うが、逆らうのも面倒なので実を摘み始める。


「腹が減ってるなら食ってもいいよ」

「むしろ喉が乾いてる。まぁ、コイツをかじっとけば少しはしのげそうだな。で、なんでおまえは摘まない?」


「ほかにも何かあるかもしれないから」

「ほかにも?」

「サルナシやプラム、チェリー、ブルーベリー、今の時期だとこんなもんかな?」

「この森にあるのか?」

「そんなの知るか」


「見つけたらおまえが収穫するんだな?」

「ピエッチェに決まってる」

「なんで?」

「サルナシはそろそろいいよ、先に進もう」


 ピエッチェが袋を覗き込むと三十個は入っていそうだ。一つ取り出したところでクルテに袋を奪われる。


「持たせとくと無くなる」

「ふん! しかし、気持ちのいい森だな。吹く風が爽やかに感じる」

「もうすぐ雨が降りそうだったんじゃないの?」

「なんだ、雨は苦手?」

「人間の姿の時に濡れたくはないね」

「おまえ、風呂嫌いか?」

「入ったことない」

「今度一緒に入ってゴシゴシこすってやるよ」

「無理だし、不要。汚れたら姿を消して再度作ればきれいさっぱり」

「服は?」

「内緒」

「またか」


 ケラケラ笑うピエッチェを横目に、

「今度はプラムだ」

と立ち止まったクルテが袋を差し出した。

「なんだ、また俺かよ?」

「食べないわたしに食料を集めさせる?」

「村人たちと一緒になって何か食べてなかった?」

「あの場で何も食べないのは不自然」

「食べなれないのに食べたから体調が悪いとか?」

「そうなのかな?」


「ものを食べたのも初体験?」

「だいたい、人間に混じって談笑したのも初体験」

「初めての事ばかりで楽しそうだな。今度、どこかで酒を飲んでみるか?」

「酒場は好きだ。秘密を抱えた人間がたくさんいる」

「酒は飲むんだ?」

「まさか。人の姿でなんか行かない」


「食えそうな実はこれくらいだな――次はなんだ?」

「あの切り株だらけのとこが東の山の端っこ。あそこで少し休む」

「えっ? もう? いくらも、っておい、待てよ!」


 ピエッチェを置き去りにさっさと行ってしまうクルテを慌てて追いかける。クルテは切り株に辿り着くと、すぐに腰を降ろしてしまった。

「なんだ、そんなに弱っちかったっけ? って、あれ?」


 森の領域から出た途端、何かが変わったと感じたピエッチェだ。

「この森、精霊の森なんだよ」

疲れ切った様子のクルテが苦笑する。


「お陰でもうヘトヘト……精霊の加護を受けた果実にわたしは触れない。だからピエッチェに採って貰ったのさ」

「って、この森には魔物がいるんじゃなかったのかよ?」

「居ると思うよ、精霊に対抗する能力を持つタイプがね。ソイツが精霊を操ってるんじゃないかな?」


「それじゃあ温泉を掘らせたのは精霊で、その精霊が魔物に操られて温泉を枯らせた?」

「それは魔物と聖霊に訊かなきゃ判んない」

「見つけられるのか?」

「魔物は巧く姿を隠してる。気配だけは感じる……もう少し鳥とかリスとか、森の生き物たちから情報を集めてみるよ。何かヒントをくれるかもしれない」


「って言うか、おまえ、大丈夫なのか? 本当に今にも消えそうだぞ?」

「脅すなって……こうなることは判ってたんだけどね、入って確かめたかった」

「まさかまた明日も来る気か?」

「明日は新しい情報をもとにピンポイントで攻めようと思ってる」

「おまえは宿で待ってろよ、俺が一人で行く」

「だぁ~め。ピエッチェに見付けられるはずないよ――さて、東の山のふもとを通って村に帰ろう」


立ち上がって森の縁を行くクルテ、不満げな顔でピエッチェが追った。

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