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なんの前触れもなくやってきた騎士たちは入隊希望者を募っていることを明らかにすると、当時村一番の宿に部屋を取った。希望者は明日、入隊試験を行う。広場に来いという事だった。
「条件は体力に自信のある者、給金は猟師や木こりの稼ぎの倍はあるって話だ。王都に住むことになるが、落ち着いたら家族を呼び寄せることも、村に仕送りすることもできる。 休暇には村に行くことだって 許可される。 しかも騎士だ。 兵役とは話が違う。身分だって保証される……猟師も木こりも辛い仕事だ。希望する者は多かった。そして五人が選ばれた。全員独り身だったのはたまたまだ。それに約束通り、その五人のうち三人は年に一度くらいは村に帰ってくるし仕送りもある。帰って来ない二人は親も死んじまって兄弟もいない。帰ってくる意味もなければ仕送りする先もない」
「騎士たちの話に嘘はないってことだな」
「村に来た三人の騎士の一人は王都の治安を守る騎士団の隊長だった。なんでも騎士団にもいろいろあるらしいが、五人は辺境に行かされることもなく王都で幸せに暮らしている。嫁を貰ったヤツもいる――騎士って貴族のご子息とやらばっかで、どうにも頼りないんだと。荒くれ相手にビビっちまうんだってさ。それで屈強な部下が欲しいと隊長自ら出張ってきたって話だ……ほれ、そこで酔い潰れてる男、アイツの息子も騎士になった一人だ。その息子がそんな話をしていた」
「そうか……そうなると、五人に続けって気になっても不思議はないな」
「最初はな、俺たちだってそう思ったさ。でもよ、幾らなんでも極端すぎるだろう? しかも男だけじゃない。十七になったばかりのか弱い娘っ子まで騎士になると言い出す始末だ」
「なにが原因だと思う?」
「それが判りゃあ、さっさとなんとかするよ。若い連中にとって、こんな村は面白味がないのも判るけどな……あぁ、でも同じ時期に温泉が枯れた。温泉目当ての客は遊びに来てるんだ、結構金を落としていった。それが無くなって、村の景気が悪くなったのも一因かもしれない」
「猟師や木こりになる以外なくなった?」
「そういう事だな。金持ち相手の宿は閉鎖に追い込まれるし、そこで働いてた連中は失職だ。だけど、猟師や木こりが勤まらないヤツが騎士? 騎士だって体力と度胸が必要なんじゃないのか? 納得いかねぇ」
「ババロフの言うとおりだな……なんで温泉は枯れちまったんだ?」
「それもさっぱり判らねぇ。もちろん見に行ったさ。
「源泉が枯れちまったってことかな?」
「そうだとしても、少しずつ湧出量が減るならまだしも急にだからなぁ。まぁ、自然の不思議なんだろうな」
その時、ピエッチェの頭の中でクルテの声がした。いつから温泉が湧いてたか訊いてみなよ。
すぐそこで、十五歳の少女を相手に苦戦しているクルテをチラリと見てから、ピエッチェがババロフに聞いた。
「その温泉、昔っから湧いてたんだ?」
「うん、いつからかはよく判らない。こんな伝説がある……ある日びっくりするような
「拝みたくなるような美女って事か――で、その女神、その後どうなったんだい?」
「温泉を掘り当てたあとは村に引くよう指示を出したりしてたらしいが、いつの間にかいなくなっちまった。で、あれは神の使いだ、いいや、女神だってことになったんだよ」
「神ねぇ……ま、どこにでも伝説の一つや二つあるよな」
さて、少女を相手に苦戦中のクルテ、どうやら
「いいじゃないか、決まった相手はいないんだろう? だったらこの
「この
要は村には若い男がいないと言う事だ。少なくとも、若い娘が憧れそうな、都会の匂いを漂わせた繊細なタイプはいない。蜘蛛の巣に掛かった獲物同様、女たちはクルテを絡めとろうという魂胆らしい。クルテで娘を村に引き留められるかもしれないという思惑もあるだろう。
「でも、ほら、僕、旅の途中だし」
「気ままな旅って言ってたじゃないか。だったらこの村を終着地にしなさいな」
「そうそう、ここに住んじまえばいい」
「いや、僕の一存じゃ決められないし」
「連れの男も勿論大歓迎さ。ちょっといい男だしね」
女たちが目配せしあってニヤリと笑う。狙いはクルテだけではないと心を読んで判っている。少女を餌に、まずは言いくるめやすそうなクルテを説き伏せる。成功すればピエッチェもオマケで付いてくる。女たちの
「あんたは十八だって言ったけど、ピエッチェは幾つさ?」
「
「二十かぁ、それじゃあわたしらじゃ相手にして貰えないか? こう見えてもまだまだいけるんだけどねぇ」
下卑た冗談で年配の女たちがガハハと笑う。
「なんだったらクルテ、この
「ちょっと待ってよ!?」
「えっ! なんだよ、それ?」
慌てたのはクルテだけじゃない。黙って聞いていた少年たち……幼い子を除いて、が異を唱える。
「それじゃあ、俺らの嫁が居なくなるよ」
「あんたら、この村を出て行かないって約束できるのかい?」
「出て行くもんか――俺たちが出ていったらバアちゃんたちの面倒を誰が見るんだよ?」
「みんなそう言ってても十七になったらいきなり出て行っちまうんだ」
年配の女が悲しげに笑う。
「そんなことになるもんか!」
少年たちは不満げだ。
でもさ、とクルテが女に訊く。
「この
そんなこと言わない、少女が小さな声で呟いた。が、少女を横目で見た女が溜息を吐く。
「それまでに子を産ませてくれりゃあいいよ。子が居りゃあ、村は死なない」
「でもさ、ネエさんたちだって、こう言っちゃあなんだけど寿命には逆らえない。子どもたちだけになったらどうするつもり?」
「そん時はクルテ、あんたが面倒見るのさ、連れのなんだっけ? と一緒にね」
「あのさ、僕もピエッチェもこの村の人間じゃないんだよ? 都合よすぎない?」
「それほどわたしらは追い詰められているのさ」
「だったら、いっそ、廃村に――」
「できるか!」
怒鳴ったのは少年だった。
「村の外れには先祖代々の墓地がある。それを捨てろって言うのか?」
「だったら、この村から人が出て行かないようにするしかないな」
「それができればそうしているさ」
少年を宥めて女が呟く。
「どうしてこんなことになっちまったんだか――とにかくさ、どうしてもいやなら無理にとは言わない。暫くこの村に滞在して、じっくり考えてみてくれない?」
「そうだよ、そうしなよ。その間に、あんたもこの娘が気に入るかもしれないじゃないか」
年配の女の隠れて少女が頬を染める。その様子にうんざりするクルテ、
(そんな事には絶対にならないんだけどなぁ……でもまぁいいか。村に滞在するいい口実だ)
と考えていた。
ピエッチェとクルテが通されたのは寝台が二つあるだけの部屋だった。他には小さなテーブルと椅子が二脚、商人相手の安宿だったのだろう。
「随分と女たちに気に入られてたな」
とピエッチェが笑う。
「見た目を変えときゃ良かった……か弱そうな相手には警戒心を持ちにくい。だからこんな姿にしてるんだけど、ここでは裏目に出ちまった」
「で、僕? 十八?」
「この姿ならそのほうが自然かなって思ったんだけど、どうも調子が狂う――女どもは飢えてる、おまえ、襲われないように気を付けろ」
「男どもはもう役立たずなのか?」
「そう
「あれは戦いなのか?」
ケラケラ笑うピエッチェ、それを無視してクルテが言う。
「明日、枯れた温泉を見に行こう。女神伝説が気になる」
「伝説なんかどこにでもある。関係あるのかな?」
「だからさ、関係あるかないか、確かめに行くんだよ」
「一人で行ってきたら? 鳥にでも化けりゃすぐ行けるだろう?」
「だーめ。おまえを一人にしておけないし、村人にも一緒に行って貰う」
「俺は一人でも大丈夫だぞ?」
「そんなこと言うな」
「なんで?」
「それは……それは秘密だ」
「やれやれ、人の秘密は根こそぎ知ってるくせに、自分は秘密にしておくんだな――ま、いいよ、どうせ待ってるのも暇だ。一緒に行くよ」
「よし、じゃあ今日はもう寝ろ」
「そうか、おまえは寝ないんだったっけ?」
「寝たふりして寝台に潜り込んどく。鍵はしたけど、合鍵がないとは限らない」
「村人が盗みに入るとは思えないぞ?」
「盗みたいのは貞操さ」
「おまえ、そん時はどう対処するんだ?」
「わたしはどうとでもなる。おまえの心配をしてるんだ。こんな寒村のおバアと寝たなんて、ナリセーヌに知られたくないだろ?」
「くはっ! それがあったか!?」
「それともおまえ、オバさんに襲われてみたかった?」
「あるか、馬鹿者! まぁいいや、寝るよ、オヤスミ」
その夜、クルテが心配したとおり、三人の襲撃者がいた。が、ピエッチェは気付くことなく眠っていて、クルテも無視しているうちに帰っていった。きっとこの村に滞在している間、こんな夜が続くのだろうと思うクルテだ。
窓から外を見ると、月が高く
(……うん?)
そして村をうろつく影――
(人? いや違うな、心が読めない。ってことは魔物か?)
クルテが見詰めていることに向こうは気付かないまま、建物の裏手に隠れて見えなくなった。
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