1章 夢見る村

 小さい上にさびれた村、いや、小さいと言うには語弊ごへいがあるか? 民家はそこそこの戸数がある。ちょっとした街と言っていい。ただしその多くが空き家だ。宿や酒場、もちろん商店もある。だが営業している気配がない。

「奇妙な村だな……人がいるのか?」

ピエッチェがポツリと言った。


 クルテが鳥たちから集めた情報によると、この村に来るには森を通る一本道を抜けるしかないらしい。

「七年前まではこの村も賑やかだったそうだ」

「七年前? 何かあったのか?」

「騎士が数人やってきて、入隊希望者を募ったそうだよ。その時は村で入隊試験をして、五人が合格、騎士たちと一緒に村を出た。で、それ以来、十七になると全員この村を離れて王都に旅立ってしまうそうだ」


「皆が皆、騎士になりたい?」

「どうもそのようだな。残っているのは年寄りばかりだ」

「うん? 三十代や四十代とかは?」

「それがそんな年齢のヤツもある日突然、騎士になると言って、出て行っちまう。誰が引き留めても聞かないそうだ」

「家族は?」

「それがさ、 男だけじゃないんだ。 小さな子どものいる女まで 同じことを言い出して、村を出て行く」

「子どもを連れて?」

「置き去りだ。仕方なく村に残った連中が面倒を見てる」


「奇妙な話だな……志望したところでみんながみんな騎士になれるわけではないだろう? 村に帰ってくる者はいないのか?」

「それがいないんだな。しかも探しに王都に行っても見つけられない。七年前に騎士になったヤツに聞いても来ていないぞと言われる。暇を見て探してみるとは言ってくれるが一度も見つけたって連絡はない。要は行方不明だ」

「ますます奇妙だ」


「村に残っているのは六十を超えたジジババと三歳から十六歳。出産できる女は二年前に出て行ったのが最後、この村にはいない」

「あと十四年もすれば、この村には誰もいなくなる?」

「まぁ、少なくとも七十も半ばを過ぎた年寄りだけになるって計算だな――今、この村には子どもが十一人と年寄り二十三人、村の奥にある宿屋で一緒に暮らしてる」

「たった三十四人…………七年前はどれくらいの人口だったんだ?」

「百五十くらい居たらしい」


「七年で百人以上が王都を目指した? 奇妙というより異常だ――子どもたちの面倒を見ている年寄りは夫婦者か?」

「九組は夫婦、連れ合いに先立たれた男が二人に女が一人、あとの二人は年下の女房が王都に行ってしまった」

「女房に逃げられた、なんて単純なものじゃなさそうだな――生計はどうやって立てている?」


「以前は狩猟や木こりで稼いでいたらしいが、今はたきぎを売るくらいしかできない。荷車に 薪を積んで 牛に牽かせて街に行き、 薪を売った金で 必要な物を買って帰ってくる。季節が良ければ子どもたちも総出で山に行って食べ物を探す」

「村の三方は山だったな――食べるのがやっとと言ったところか……」


 呟いたピエッチェが立ち止まる。

「で、クルテ。なんで俺をこの村に連れてきた?」

するとクルテがニヤリとする。

「おまえが興味を持ちそうだと思ったからさ」

「興味ねぇ……」


「異常だと、おまえも思ったのだろう? 原因究明に乗り出してみないか?」

「まずは村人に話を聞いてみてからだな。七年前、騎士はどんな話をしたかも知りたい」

「あぁ、それでは鳥どもも知らなかったな――ところで、村人の前に出る前に、お互いの関係性を決めておこう」


「お互いの関係性? おまえと俺との関係か?」

「おまえの従者だなんてのは嫌だ。せいぜい女房ってとこだ」

「おまえが俺の女房? 男か女か判らないのに?」

「お望みとあらば胸を膨らませるぞ。どれくらいの大きさがいい?」

「やめろ、気色悪い」

「そこまで言うか?」


「ったく、面白がってるし……ニヤニヤするな!――そうだな、友人で手を打て。友人二人で旅をしているでいいだろう?」

「わたしはおまえの友人か? ふふん、悪くない、初めて友人ができた」

「いやさ、便宜上だってば」

「なにを慌ててる? あ、そこだ、あの建物に村人がいる。夕餉の支度したく最中さいちゅう のようだな」


「もうそんな時間か?」

「おまえ、けっこう長時間寝てたんだぞ?――今夜泊めてくれるといいな。泊めてくれなくても空き家を使わせてもらえるよう、交渉しろよ」

「俺が交渉するのか?」

「わたしとおまえじゃどう見ても、おまえが主導権を握っているようにしか見えないよ?」


 ピエッチェが改めてクルテをじっくりと見る。

「ふむ……確かに男としては小柄だし、おまえ、細いな。か弱そうだ」

「人間に化けるときはこれくらいがわたしには動き易いんだ――な、交渉はおまえがしろ。それともそんなこともできないのか?」

「なんかかんに障る言い方だ……いいよ、おまえに任せるとトンでもないことになりそうだから自分でやる」


「村人に聞かせたくない話は意識に直接話しかけるから、おまえも声に出すな。要領は蛇の時と同じだ」

「あの時、俺は喋ってた」

「言わなきゃいいだけだ。勝手にわたしが読み取るから」

「なんかそれ、いやなんだけど……」

「仕方ないだろ? そのうち慣れて不感症になるよ」

「なんだ、それ?」

「おっ、 向こうもこっちに 気が付いた…… 見慣れないヤツがいるって 騒ぎ始めてるぞ。早く行こう」


 クルテが言い終わらないうちに窓がバタバタと締められる音が聞こえた。見るとカーテンが引かれていく。ピエッチェとクルテが玄関前に着くころには六十代と見られる男が三人中から出てきた。元は猟師か木こりか、六十代と言ってもかなり屈強そうだ。

「この村になんの用だ?」

「た――」

「気ままな旅の途中なんだ。ここはなんて言う村?」


 交渉はおまえがしろと言ったくせに、ピエッチェをさえぎってクルテが言った。

「あの森に流れている川を小舟で下ってきたんだけど、陸に上がっているうちに流されちゃってね……地図も持ってかれちゃったから、どうにも困ってる」

すると一番怖そうな男がフッと笑った。


「なんだよ、ちゃんともやっておかなかったのか?」

「杭を打ち込んで繋いどいたんだけど、打ち込みが甘かった。抜けちゃってさぁ」

「それでここに辿り着いたって? まぁ、それは運が良かったな。森の中で迷ったらそのまま死んじまったかもしれないぞ?」

「うん、ホント、ここを見つけた時はホッとしたよ」

「でもガッカリしてたんじゃないか? この村にはこの宿にしか人がいねぇ」


「そうなんだよね……もうそろそろ陽が暮れるから、今夜寝る場所を探してるんだけど、このあたりは獣や魔物は出る?」

「魔物が出たって話は聞かないな。でも獣はたまに迷い込んでくる。夜は出歩かないほうがいい」

「やっぱ、獣はどこにでもいるよね、まして山間やまあいだ――ねぇ、空き家を一晩貸してくれない? いくら空き家でも 勝手に 借りるわけには いかないしさ、会えてよかったよ。もちろん借り賃は払うから」


 すると男たちが相談し始めた。

「いや、空き家は貸せない。所有者が不在だからな、あんたが言うように勝手なことはできないんだ――その代わり、うちに泊まればいい。見た目は宿だが、とっくに営業してない。でも部屋には空きがある。宿賃はそっちで決めてくれ」

「この村に客が来ることはないの?」

「昔はなぁ、温泉が出たんでそれなりに客も来たけどよ、枯れちまってからはさっぱりだ。猟師や木こりがいた頃は商人も来たけど、それも途絶えた……ま、中に入れ。これから晩飯なんだが、よかったら食うかい? 大したもんはないけどな」


 連れて行かれたのは食堂だった。五十人ほどが入れる広さだ。クルテが背負っていた革袋から『良かったら一緒に』と言って酒瓶を取り出すと年配者のほとんどが喜んだ。


「酒なんか何年ぶりだ?」

玄関前で対応してくれた男が言うと

「なに言ってるんだい? 新年だけは用意してるじゃないか」

男と同じくらいのとしの女が、それでも嬉しそうに笑う。男の女房なのだろう。

「年に一度になったのはいつからだ?」

「三年前からだよ。今、コップを用意するね。飲みたいヤツは挙手!」


 おうっ! と一斉に手が上がる。ざっと十五人はいる。クルテが慌ててもう一本酒瓶を出した。

「ごめん、これで酒は終わりだ」

「えっ? いや、なんか催促しちゃったみたいでイケないよ。これはしまっとくれ。わたしらは一口ずつでも飲めりゃあ嬉しいんだ」


「ううん、どうせ飲むのはコイツだけだし。またどこかで買うからいいよ」

クルテがピエッチェを顎で指しながら答えた。

「確かにそっちのおニイさんは強そうだけど……あんたは飲まないんだ? なのに背負わされてるのかい?」

「いいんだよ、僕が管理しないと……こいつに任せるとロクなことにならない」

「なるほどね」

女がクスッと笑った。納得したようだ。面白くないのはピエッチェだ。が、顔をしかめただけで何も言わない。頭の中ではクルテの『ごめん』が繰り返し聞こえていた――


 酒は希望者に コップ一杯ずつ、それでもみんな 上機嫌だ。 中には久々の酒だからか、酔い潰れそうな者もいた。食堂が笑い声で満ちている。


 テーブルに並んだ料理は確かに大したものではないが、この村では今やご馳走なのだろう。芋を煮た中に慌てて干し肉を入れたようなものがある。それでも子どもたちは大喜びだ。滅多に肉を食べさせて貰ってないらしい。子どもたちと酒を飲まない者に干しリンゴが二切れずつ追加されたのは、公平を考えてだろう。


 そんな中、玄関で対応してきた男――ババロフと話し込んでいるのはピエッチェだ。もちろん話題はこの村の現状、どうしてこの宿にしか人がいないかの話だ。


「しかし不思議な話だな」

「なんかさぁ、流行病みたいなもの? 次から次へと、日によっちゃあ、四・五人が村から出て行く。みんな騎士になりたいって言う。どんなに引き留めようと無駄さ。中には暴れ出したり泣き叫ぶのもいた――いつの間にか俺たちも、引き留めることすらしなくなったよ」

コップの酒をちびちびと舐めながらババロフが言う。


「思い返せば三人の騎士がこの村に来てからだ。俺たちは騎士病って呼んでる」

「その三人の騎士って、どこか奇怪おかしなところがあったのかい?」

ピエッチェがさりげなさを装ってそう訊いた。


「いや、気付かなかった……そもそも、ヤツらに何ができる?」

ババロフがうっすらと笑った。

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