第31話

 琴音は蓮の様々なことに干渉した。

 一番過干渉だといえるのは、恋愛面でのことだった。

 蓮にはまだ早い。その女は蓮の顔に言い寄っているだけ。蓮はもっと年上がいいと思う。

 そんなことを言い、蓮に近づく女がいれば片っ端からチェックした。

 どれも彼女ではないし、友達ともいえない女であったが、琴音はおかまいなしだった。

 蓮に近づく女は排除する。

 そんな雰囲気さえあった。

 好きな女なんてできなかった。琴音を見てきたからか、性別が女というだけで遠ざけてしまう。

 琴音の蓮に対する執着は度を越していた。

 恋愛面を管理したがるのも当然のことながら、性的な欲求を隠すことなく蓮に接した。

 例えば蓮が風呂に入っていると、扉を開けてやってくる。


「蓮、一緒に入ろう!」

「やめて」

「いいじゃない、姉弟なんだから」

「出て行って」

「もう、思春期なの?お姉ちゃんが体洗ってあげるから」


 嫌がる蓮を無視し、浴槽に入ってきて嘗め回すように蓮の身体をじっくりと眺めた。

 そして自分の体を蓮に押し付ける。鳥肌が立ち、吐きそうになった。

 琴音は決定的なことはしなかった。騒がれて、親に言いつけられると思ったのだろう。兄妹だから、で済ませることができる範囲で行動していた。

 蓮は両親に心配をかけたくない、仲良い二人に悲しい思いはさせたくない、そんな思いから琴音のことを言いつけることはしなかった。

 そんな蓮の思いに気付くことなく、琴音は蓮の隣に居続けた。

 テレビを見る時は蓮を腕の中に閉じ込め、逃がさないようきつく抱きしめた。

 就寝の時は蓮と一緒に寝ようと、蓮の部屋まで押しかけて来た。

 あろうことか、蓮がトイレの鍵をかけ忘れた時は扉を開けた。


「あ、ごめん、入ってたんだ」


 分からなかった、と言いながらも食い入るように見ていた。

 トイレの電気は点けていた。暗闇の中、その光は琴音の視界に入っていたはずなのに、とぼけた振りをする。

 そんな生活がずっと続いた。

 琴音は大学生になっても家を出ることはせず、結婚して漸く出て行った。

 琴音がいない生活は快適だった。両親と三人で暮らし、平穏な日々を送れると思ったのだが琴音は頻繁に帰って来た。

 新婚だというのに、月一回以上のペースで帰ってくる。

 両親は「新婚なんだから、帰ってこなくていいの。自分の家があるでしょう」と呆れていた。

 蓮は分かっていた。

 自分に会いに帰ってきているのだと。

 今の旦那と結婚したのは、旦那を最も愛して結婚したわけではないことを。

 琴音が一番愛しているのは蓮である。自意識過剰ではなく、事実だ。

 弟とは結婚できない。血が繋がってないが、書類上は弟である。結婚できる方法はないことはないが、両親がそれを許さないだろう。

 真面目である両親は、良くも悪くも古い考えを持っている。姉弟は、間違っても結婚できないし、させるつもりはない。

 直接そう言われたことはないが、纏う空気がそう伝えてくる。

 蓮と琴音の距離感があまりにも近すぎたときは、笑いながら指摘された。本人たちは笑っているつもりなのだろうが、目は笑っていなかった。

 蓮はそれがとても有難かった。琴音に結婚を迫られたとしても、両親が許さない。両親を裏切ってまで結婚することはできない。

 それが琴音の足枷になっていた。一番好きな弟と結婚できないので、二番目に好きな男と結婚した。

 それでも、蓮には会いたい。好きだから会いたい。

 相変わらずの熱を帯びた瞳で蓮を映した。

 狂っている。

 歳が九つも離れた弟相手に欲情する姉が気持ち悪かった。

 月日が経ってもその瞳に変化がない。

 気持ち悪い、気持ち悪い。

 高校を卒業するとすぐに家を出た。

 一人暮らしを始めると、嬉々として琴音がやってきた。


「ご飯食べてる?肉じゃが作ってきたから」

「掃除ちゃんとできてる?やってあげるわ」

「食料買ってきたから、置いてあげるわ」

「近くまで来たから、ついでに寄っちゃった」

「ケーキ買ってきたから、一緒に食べよう」

「お小遣い持ってきたから、家に入れて」


理由をつけて何度も何度も押し掛けてくる。

我慢の限界に達し、扉を開けなくなった。

そのことを両親に伝えたのか、姉に優しくしてやれとメールが届いた。

いくら両親の頼みでも無理だ。

何度も会わずに追い返していると、琴音が発狂したことがある。当然のように警察に通報し、退散させた。琴音は体裁を気にする。警察を呼ばれたとなると、もう来ないだろう。

その期待通り、琴音は来なくなった。代わりに、毎月口座に五万円が振り込まれることになった。琴音が働くわけがないのだから、旦那の金だろう。金くらいなら貰ってやろう、と受け取っていた。後から返せと言われても、欲しいと言ったわけではないのだから応じる義理はない。

その金でよくレンタルショップへ足を運んだ。五万円がなければ、娯楽に費やす金はないのでラッキーだった。

動画配信サービスが普及しているためか、レンタルショップにいる客は少なかった。何を見ようか、と考える時間が好きだったし、手に取って内容を把握する作業も好きだった。

頻繁に通っていると、常連の顔を覚える。

ある日ミステリーのコーナーで立ち止まり、吟味していると隣に常連の女が立って同じように吟味し始めた。

 この女は、何が好きで何を観ているのだろう。

 今はミステリーのコーナーにいるが、この女が色々なコーナーにいるのを見かける。嫌いなジャンルがないのか、それとも選好みしないのか、はたまたその日の気分によって観たいものがころころ変わるのか。

 常連で毎回のように視界に入るからか、隣に立つ女の嗜好が気になった。

 その視線に気づいたのか、女と目が合った。

 琴音とは違う、柔らかそうな女の子の顔立ち。

 くりっとした丸い目に、熱はなかった。

 何か用か、と顔に書いてある。

 ぱちぱちと瞬きをし、軽く首を傾げる女は蓮からの言葉を待っているように見えた。


「あの、よく見かけますけど今日は何を借りるんですか?」


 急な質問に女は面食らった表情をし、くすくす笑い始めた。

 ナンパのようだったか、と発言を思い返して後悔する。


「ミステリーもいいけど今日はスプラッタかな。女が次々に惨殺される映画です」


 そんなことを笑顔で言うものだから、蓮は思わず吹き出してしまった。

 それが蓮と美沙の出会いだった。

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