第28話

 奈津江とは、高校生の時に出会った。

 席が隣同士で、休憩時間よく話すようになった。

 数学の課題を忘れてきた。明日は雨らしいよ。二時間目の体育、何をしたの。そんな、すぐ忘れてしまうような薄い話ばかりだったが、互いにその会話を楽しんでいた。

 勉強が得意な奈津江は智之によく教えていたが、体育は苦手で持久走はいつも最後にゴールしていた。

 大和撫子と評されるほど、落ち着いて淑やかで、静かな女だった。

 柔らかい雰囲気を持ち、ほんの僅かな攻撃でもされたら死ぬのではと思うほど儚げだった。

 そんな脆さに惹かれた。

 恋人になり時間が経つと、その脆さが徐々につまらなくなった。

 そこに惹かれたのだが、付き合ってみると面白味のない女という印象に変化した。意見を主張せず、笑うだけ。まるで自分を持っていないような女。

 そんなところへ、琴音が現れた。

 はきはきと言いたいことを言い、よく通る声だった。

 奈津江とは正反対な性格に惹かれた。

 仲良くなると、琴音から好意を感じるようになった。

 しかし智之には奈津江がいた。

 彼女のいる男にアプローチをする琴音。そんなに、自分のことを好きでいてくれているのか。智之は琴音を受け入れた。

 彼女がいてもいい、二番目でもいい、と琴音が言うので二股が続いた。

 そしてある日、奈津江と連絡がとれなくなった。音信不通になったが、まあいいかと楽観視した。別れるならそれでもいいし、自然消滅でもいい。二股ではなくなり、琴音とだけ付き合える。

 そう思い、自ら奈津江と連絡を取ろうとしなかった。どうして連絡がとれないのか、考えないまま時が過ぎた。

 音信不通の原因は、奈津江の友人が顔を青くして教えてくれた。

 自殺したんだって。

 まさか死んでいるとは思わなかった。

 自分のせいだろうか。何故自殺なんかしたのだろうか。琴音の存在を知っていたのか。色々と考えた。

 墓参りには行かなかった。墓の場所を知らなかったし、知る事さえしなかった。

 奈津江の実家にも行かなかった。奈津江の家族には会ったことがないし、彼氏でしたと名乗り出る気もなかった。そんなことをすると、琴音と交際しにくくなる。死んだ娘の彼氏が、早々に他の女と付き合っている、と睨まれたくなかったからだ。

 奈津江と家族の話をすることはあまりなかったが、妹の存在は知っていたし、両親が離婚していることも聞いていた。

 だが、美沙が奈津江の妹だなんてこれっぽっちも考えたことがなかった。


「な、奈津江の…?」


 琴音が震えながら美沙を指さす。

 奈津江の妹だと言われると、似ているような気がする。

 あの柔らかい雰囲気は美沙にもある。

 綺麗な眉の形と、小ぶりだが高い鼻。

 似ている箇所はある。

 顔全体の印象は似ていないが、パーツは確かに似ている。

 似ていると思うくらい、奈津江の顔は鮮明に覚えている。


「そうよ。あんたが自殺に追いやった奈津江の妹よ」


 淡々と、けれど怒気が混ざった声色。

 琴音は怯み、俯いた。


「自分がしたこと、忘れたわけじゃないでしょうね?姉が自殺した原因、もちろん分かってるでしょ?」


 自殺した原因が琴音にある。その言い方に智之は心当たりがなかった。智之に原因がある、ではなく琴音にあると言った。

 自分の知らないところで二人は接点があったのか。

 そんな疑問を抱きながら、泳がせていた目を止めて成り行きを見守る。


「あんたがした嫌がらせの数々、すべて覚えてる。手紙も、カッターの刃も、生物の死骸も、全部全部覚えてる」


 智之は理解した。

 奈津江と二股をかけていたことで、琴音は奈津江に嫌がらせをしていたのだ。

 恐らく、別れろと言いたかったのだろう。奈津江は智之に相談しなかったため、智之は全く知らなかった。

 琴音が脅迫するも、奈津江は別れる気がなかった。嫌がらせに耐えきれず、自殺した。

 あの脆さなら、ない話ではない。


「姉は優しかったわ。誰にでもね。心が弱い人だったから、ただの嫌がらせで呆気なく自殺を選んだわ。どうだった?嫌いな女が自殺して、どうだった?」


 琴音は何も言わない。

 自殺に追い込んだ自覚があるからだ。

 まさか死を選ぶとは思わなかった。

 琴音は奈津江と仲が良かったわけではない。

 あの儚さが嫌いだった。私は弱いの、か弱いの、だから守って。そう言っているようで気にくわなかった。

 自分の身くらい自分で守れ。そんな儚さを出して男を都合よく使うな。

 智之が奈津江と別れないのは、別れた瞬間に折れそうだと思ったからだろう。

 琴音に心移りしたといっても、情は捨てきれない。別れたら、奈津江が崩れるかもしれない。そう思うと、智之は踏み切れなかったのだと琴音は察していた。

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