第19話

 とある休日。久しぶりの、美沙との宿泊だった。

 金曜日の昼間に琴音から、今日は迅を連れて実家へ帰ると連絡があったので、独身である友人に泊めてもらうと嘘を吐いて美沙と旅行に来ていた。

 金曜日に琴音が実家へ帰る時は、必ず日曜日の夕方か夜に帰宅する。

 琴音から連絡があった時は歓喜した。久々に美沙と連泊できると。その期待通り、金曜日の仕事終わりに美沙と隣県まで旅行に来た。

 土曜日の朝、起きると隣には美沙がいる。

 透明感のある顔ですやすやと眠っており、瑞々しい肌には何も纏っていない。

 長い睫毛が震え、ゆっくりと瞼が上がる。


「おはよう。今日はどこへ行こうか」


 目を擦りながらまだ夢の中にいる気分の美沙。

 そんな美沙の髪を整えながら、未計画な今日のことを尋ねた。


「あそこ行きたい」

「どこだ?」

「ミラクルランド」

「遊園地か」


 宿泊したホテルの近くに、ミラクルランドという有名な遊園地がある。子どもが好みそうな場所だが、意外にも学生から大人まで楽しめる場所だ。

 アトラクションや旬なキャラクターとの触れ合いも多く、乗り物が苦手な人にも配慮した遊園地は、当然人気な場所だ。

 今日は土曜日であるため、混んでいるだろう。

 そう予想したが、美沙が行きたいと主張するので付き合うことにした。

 散らばった下着を片付け、ホテルへ来る途中にコンビニで購入した下着を身に付ける。

 急な旅行であったため、美沙の家に寄っただけで智之の家には寄らず、ここまで来た。

 美沙は新しい服に袖を通し、髪を整える。そんな身支度を見つめながら、智之は幸せをかみしめていた。

 可愛い美沙が可愛い服を着ている。それがとても可愛い。愛らしい。

 そのまま老いることなく可愛いままの美沙でいてほしい。

 昨夜コンビニで調達した朝食を食べ、準備を終えるとホテルを出た。


 やはり休日の遊園地は人が多い。

 どこを見ても人ばかり。

 迷子にならないように、と美沙と手を繋いだ。

 知り合いがいても気づかれないよう、キャラクターの帽子を買って遊園地を楽しむカップルになりきる。

 互いに帽子を深く被り、顔が分からないよう配慮する。


「美沙はアトラクションが好きなのか?」

「好きだけど、それよりも智くんと一回来てみたかったの」

「そ、そうか」


 照れたように呟く美沙。

 女からすると、好きな男とこういう場所に来たいものなのか。

 そういえば琴音と付き合っていた時も何度か訪れたことがある。

 好きな人と遊園地に行きたい。女はそう思う生き物なのか。

 智之はそんな美沙の心理をにやにやしながら想像し、満足した。


「美沙、ジェットコースターに乗るか?」

「うん」


 美沙に提案すると嬉しそうに頷いた。

 人は多く、長蛇の列であるが美沙は気にせず最後尾に並んだ。

 結構長い列だな。待ち時間が勿体ない。言いそうになるが堪えて、笑顔をつくる。

 美沙が喜んでいるし、待つくらいいいか。

 どうせ自分はミラクルランドに興味はない。琴音と何度も来たことがある。今更楽しむ気はないし、楽しいとも思えない。

 美沙の希望を叶えるためにやってきただけだ。

 長蛇の列に並び二時間が経過する前に、乗ることができた。

 美沙ははしゃいでいたが、智之は乗り終わると吐き気と眩暈でベンチに腰掛けた。

 浮遊感で乗り物酔いをしてしまい、恰好悪い姿を晒してしまった。

 心配そうな表情で水を渡す美沙と目を合わせることができなかった。

 恰好悪い。

 暫く動けそうにない。

 一度ジェットコースターに乗っただけで、こんな姿を見せることになってしまった。

 水を持ったまま項垂れる智之の隣に座り、美沙は頭を撫でてやった。


「よしよし」

「…美沙」

「落ち着いたら、今度は乗り物じゃないのにしよう」

「ごめん」

「いいよー」


 気を遣ってくれる美沙に罪悪感を抱く。

 美沙は可愛い顔で笑っているが、智之は醜態を晒したことで笑うことはできなかった。

 正反対の二人の間に、少しの静寂が訪れた。


「明日はどこに行こうかなー」

「ホテルでゆっくりしないか?」

「えー、どこか行きたいよぉ。美味しいもの食べに行こうよ」

「そうだな。ホテルに帰ったら調べてみるか」

「食べ歩きもいいよねー」

「食い意地が張ってるんだな」

「あ、馬鹿にしたでしょ。智くんと違ってまだまだ胃は頑丈なんですぅ」

「俺だって頑丈だ」

「この前、焼き肉行った時に胃もたれするって言ってたじゃん」

「あの時だけだろ」

「意地っ張りだなー」

「男はみんなそんなもんだ」


 気を遣って話題の提供をする美沙に、自己嫌悪する。

 もっと恰好いい男になりたい。

 この程度で弱みを見せるような男に、いつなったのだろう。昔はこんなことで酔うことはなかった。老化だろうか。

 その答えにたどり着き、一人で落ち込んだ。

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