第14話

「悪いことをした自覚がないんじゃない?私に口出しできる立場なの?」

「いや、悪かったと思ってる。でも、俺の友達とは関係ないだろう」

「どうしてそこまで消したくないのよ。まさか本当にこの女と何か関係があるんじゃないでしょうね?」

「だからないって」

「じゃあ別に連絡先を消したっていいじゃない」

「だから、それは俺の友達なんだよ。お前が消す消さないって判断するなよ」

「はぁ!?」


 顔を真っ赤にさせ、鬼の形相で智之を睨みつける。

 ここで退くと、この先もずっと友人関係まで琴音が管理しかねない。


「あんた、本当に分かってんの?若い女と浮気しておいて、よくそんな偉そうに言えるわね!」

「浮気って…」

「浮気でしょう!完全な浮気よ!それを離婚しないでいてあげるのに!!」


 浮気ではない。

 話はずっと平行線だ。

 このまま言い合いを続けると、睡眠時間が削られてしまう。

 友人関係を管理されるようで非常に不愉快だが、仕方ない。


「分かった、分かったよ。その子は消す」

「ふん、当たり前でしょう」


 連絡は何年もとってなかった。けれど、一度できた縁だ。連絡先を消すことは縁を切るようで、嫌だった。

 琴音は親指で操作し、簡単に消去ボタンを押した。

 一人、友人が減ってしまった。


「じゃあ、この人は?」


 再開する確認作業。

 まだ半分も到達していない。

 名前を見せられ、どういう関係か答える。

 まるで犯罪者にでもなった気分だ。


「じゃあ、これは?」


 そう見せられて、どきりとする。美沙だ。


「職場の人だよ」


 平然と答える。


「同じ部署?」

「いや、受付の子だよ」

「受付?受付と関わりがあるの?」

「そりゃ、あるだろう。毎日前を通るんだから」


 嘘は得意になった。

 平然を装い答えると、琴音は何もないと判断したのか「あっそう」と言って次の連絡先に目を移す。

 バレていない。ほっとした。

 美沙をクリアしたならもう怖いものはない。聞かれることに対して簡単に答えていく。

 先程は「友達の元カノ」と言ったから消去された。元カノという恋愛要素が入っていたのがよろしくなかったのだと考えたので、それ以降はそのような表現を避けた。

 結局、消去されたのはその一人だけで終わり、それ以外はすべて残った。

 やりとりの確認もされたが、美沙以外と関係を持っていないので見られて困るようなものはない。琴音の悪口も、残す形では言わない。日常会話程度しかしていないので、すぐに携帯は返却された。


「これから、帰宅したら必ず携帯を出すこと。分かった?」


 一応、世間的に見て非があると認識している智之は首を縦に振った。

 美沙とのやりとりは事前に削除しているので、今更そんな新ルールが追加されても問題はない。


「はぁ、本当に気持ち悪い」


 その後もぶつぶつと文句を言いながら寝室へ向かった。

 残された智之は舌打ちをしたかったが、琴音に聞こえてはいけないので我慢して、夕飯を口に入れた。

 冷めきった料理は相変わらず美味しくも不味くもない。コンビニで買ったと言われても疑わない味。

 結婚相手を間違えた、と思う。

 料理が得意なわけでもない、掃除だって掃除機をかけて水回りを綺麗にする程度。働きに行くこともせず、家でのんびりしているか高価なものを身に付けて出掛けるかのどちらかだ。家計は琴音が握っているので、どこにいくら使っているのかさえ智之は詳細を知らない。

 元カノを思い出し、あいつと結婚していたら幸せだったのかなと、仮定の妄想をする。

 琴音と離婚しないのは、体裁があるから。たったそれだけだった。離婚した後、職場でどう思われるかなんて嫌でも分かる。散々陰でネタにされ、深堀され、探りを入れられ、噂を流され、肩身の狭い思いをしながら過ごすことになる。それが原因で退職した上司もいた。

 離婚したい気持ちと社会的な体裁を秤にかけたとき、体裁の方が重く、それは深く考えずとも出る答えであった。

 体裁を守りたい。離婚はしたくない。

 その一心で琴音を耐えている。

 他の家庭では智之以上に苦しんでいる旦那がいるのかもしれない。琴音はまだ優しい方なのかもしれない。そう思ったこともあったが、他所は他所だ。

 琴音がストレスの種であるのは紛れもない事実であり、帰りたくない家というのも事実である。離婚はしないけれど、日々の癒しを求めて美沙と関係を持っている。

 美沙に振られたら落ち込む。美沙の代わりになる女が身近にいるとは思えない。

智之にとって美沙は心の支えであり、癒しだった。

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