第13話

「気持ち悪い、気持ち悪いわ。いい歳して何をやってるのかしら!」


 過去のやり取りを見ながら延々と「気持ち悪い」と連呼する。

 いい歳して何をやっているの、と琴音に言われたくはない。服装や化粧など、己を振り返ってほしいものだ。


「はぁ、この子なんて未成年じゃない。こんな子にも声をかけて…」


 自分より十以上も若い子に言い寄る夫を心底軽蔑する。

 写真を見れば分かるが、女たちはどれも加工を重ねている。実物は写真と違うだろうと容易に想像できる画像だ。恐らくそんなことは想像できなかった智之は写真と年齢だけ見て声をかけたのだろう。封筒の中に入っていた写真の女も、可愛いとは言い難い容姿だった。

パパ活サイトでの詳細な検索を見ると、年齢の制限をしており、若い女にしか興味がないようだ。

 琴音は眩暈がした。

 確かに自分はもう三十五歳だ。若くはない。若くはないが、努力はしている。歳には勝てないと分かっているものの、いつまでも若いままでいたいのは当然のことだ。綺麗に見えるよう、姿勢や服装、化粧や髪型など自分なりに気を遣っている。そんな努力なんて無駄だと言わんばかりに、年齢を絞り込んでパパ活を楽しんでいた夫。

 古くなった女は不要だ、と言われているような気がした。


「最低ね。三十五になっても若い子が自分に言い寄ると本気で思っているの?自分にそこまでの魅力があるとでも?」


 悪口が止まらない。


「気持ち悪いったらないわ。こんな若い子たちとデートだけで終わらせるつもりなわけないわよね?絶対にその先も望んでいたんでしょう。気持ち悪い、あー気持ち悪い」


 二人目の話をしていたのに、子づくりを進める気がない智之は若い子とならせっせと行う予定だったのだろう。

 想像すると吐き気がする。


「はぁ、もう、はぁ」


 言葉が出ない。

 言いたいことは山ほどある、罵倒したい気持ちもある。

 呆れて言葉も出ないとはまさにこのことだ。


「ごめん」


 謝罪をするが、琴音はため息を吐くだけだ。

 琴音に対して罪悪感がないわけではないが、パパ活は浮気ではないと少しだけそう思っている。

 美沙との関係は不倫であるが、パパ活は違う。

 迅のこともあるし、琴音は専業主婦だ。こんなことで離婚になるとは思えない。

 美沙との不倫が露呈した時はどうなるか分からないが、たかがパパ活が離婚の種になることはないだろう。


「この際だから他にもチェックするわよ」


 パパ活サイトから連絡先へと移動する。

 美沙の連絡先はあるが、やりとりは消去しているので見つからないはずだ。はずだが、もしもこのタイミングで美沙が連絡してきたらまずい。連絡してくるなよ、と祈りながら鼓動は早くなる。


「これは誰?」


 琴音がケータイを見せながら、登録している女を指す。


「あぁ、大学の時の友達だよ」

「じゃあこれは?」

「友達の奥さんだよ」

「これは?」

「職場の人だよ」


 上から順に、女を一人ずつ指していく。

 恐らく連絡先の一番下まで確認するつもりだ。

 連絡先の交換なんて気軽にしている。聞かれれば教えるし、その場の空気で交換することだってある。学生時代の友人から職場の人間、取引先などの連絡先が入っている。

寝たいというのに、すぐ終わる作業ではない。勘弁してくれと項垂れたい気持ちを押しとどめる。


「この人とはどこで出会ったの?」

「友達の紹介だよ」

「紹介?どうして紹介なんてされるのよ」

「当時、共通のゲームをしていたから一緒にやろうって話になって紹介してくれたんだよ」

「どうだか」


 本当のことを話しているのに信じてくれる様子はない。


「じゃあこの人は?」

「友達の元カノだよ」

「元カノ?じゃあもう関係ないじゃない。なんで連絡先を残してるのよ」

「なんでって、消す必要もないだろ」

「はぁ、意味分からない。チャンスがあれば、って狙ってたからじゃないの?」


 疑うような視線を向けられ、ため息を吐きたくなる。

 そもそも一度連絡先に入れたなら、消すことはない。消す必要がないからだ。そのまま放っておく。もしかしたら、いつか用があって連絡をとるかもしれない。それに、連絡先をチェックして「あ、この人とはもう関わらないだろうから消しておこう」なんて整理をするタイプではない。


「この人の連絡先は要らないのよね?消していい?」

「いや、なんでだよ」

「はぁ!?だってもう関係ないのよね!?じゃあ要らないじゃない!それとも何、消したくない理由があるの?」

「いや、そうじゃなくて、一応縁あって連絡先を交換したんだから、消すことはないだろう」

「あんた自分の立場分かってる?パパ活してた分際でよくもまあ私にそんなことが言えるわね!?」


 勝手に連絡先を消されるのは不愉快だ。

 確かに年下の女と会ったのは夫として非があると思うが、それとこれは話が別だ。何故、自分の友達関係に口を出すのか。連絡先を交換したのは自分であるのだから、消すのも残すのも自分の判断でいいだろう。そこに妻が介入する必要はない。

 智之はこの時パパ活に罪悪感を抱いておらず、勝手に連絡先を消そうとする妻への怒りが湧き出た。夫としてパパ活をするのは良くないことだと理解しながらも、でもそれは、琴音の普段の態度が悪いからだ、とも思っている。普段から良妻であればパパ活をすることもなかったのだから、そうさせた琴音に原因がある。

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