第5話

 美沙が提案した一週間が過ぎ、人気がなくなった社内の一室で美沙と会話に花を咲かせていた。

 唯一の癒しである美沙と久しぶりに会えて歓喜する。


「それでさ、妻が二人目を欲しがってるんだ」


 この一週間互いに何をしていたか話していると、つい正直に先日のことが口から出た。

 慌てて口を閉じるが時すでに遅し。美沙はこてんと首を傾けた。

 気にする様子のない美沙を見て安堵するが、この話を続けていいものかと口をもごもごさせていると「何よ、そこまで言ったなら話してよー」と笑うので、それならばと再び口を開く。


「最近、妻の同級生が妊娠したり出産したりしているみたいで、それに影響されたのか二人目が欲しいって言い出してさ」

「へえ、奥さん三十五歳でしょ?」

「そうなんだよ。三十五でも子どもを生めるのか?」

「やだー、三十五で生む人だっているよ。多くはないと思うけど。いいじゃん、二人目」


 肯定的な美沙はこの話題で胸を痛めているようには見えない。

 美沙以外と不倫の経験がないので分からないが、こんなものなのだろうか。束縛することなく、二人目を「いいじゃん」と言えるのか。智之はもやっとした。


「智くんは乗り気じゃないの?」

「当たり前だろ。まずうちはレスなんだ」

「子どもは欲しいけどセックスはしたくないってこと?」

「妻とセックスなんてしたくないし、子どもも欲しいと思わない。レスなのも妻を女として見ることができないからで、子づくりの使命感を持ってするセックスも当然無理だ」

「ふうん、奥さんはどうなの?奥さんも智くんを男として見ることができないからレスなの?」


 そう言われて、どうかなと妻を思い出す。

 迅を腹に宿して以来、一度もしていない。妊娠中の琴音としようとは思わなかったし、迅が生まれてからは琴音に魅力を微塵も感じることができなかった。

 今まで、琴音から誘われることはなかった。すべて自分から誘い、迅を宿した。そして当然その後も琴音から誘われたことはない。したくない、ということかもしれないが琴音の性格を踏まえるとプライドが邪魔しているだけ、ということもある。


「琴音から誘われたことは一度だってないから、義務感でやっていたのかもしれない」


 その線が強そうだ。


「智くん、奥さんの尻に敷かれてるからなぁ。きっと二人目も断れなくてつくっちゃうんじゃない?」

「や、やめてくれ」

「でもそうなったら、一緒にいる時間が減っちゃうね」

「えっ?」

「だってそうでしょ?生まれる前は、子ども一人と妊娠中の妻一人。生まれてからは子ども二人と小言の煩い妻一人。その世話で忙しくなるよ」

「そ、そうだ…あぁ、どうしよう」

「そうなったらあたしも嫌だなー」


 二人目をつくったところで良い未来は見えない。

 やはり、断りたい。

 しかし、琴音に言えるだろうか。子どもはいらないと、遠まわしに言いたいがどう言っても憤慨する琴音が浮かぶ。


「奥さんから誘われたことがないなら、二人目の心配も不要かな」

「どうだろう。二人目が欲しい余り迫ってくるかもしれない」

「積極的な奥さん笑える。奥さんを女として見ることができないなら、行為自体難しいかもしれないねー。不甲斐なさを責められるかもよ」

「やめてくれよ」


 家に帰りたくない。

 二人目の話が出てからというもの、家では常に気まずい。

 一度話題に出たものの、それ以降はどちらも触れていない。

 まさか誘われるのを待っているのか、と考えたりしたが、そうだとしても知らない振りをするに限る。


「身体を心配していることを理由に、断り続けるしかないか」

「年齢を重ねるにつれてリスクが上がるもんね。それがいいと思うなー」


 美沙は子どもに興味ないのか。そう聞きたいが、自分が美沙と結婚するわけでもないのにそんなことは言えない。

 琴音とは良い関係を築けているわけではないが、離婚して美沙と一緒になる予定はない。

 美沙は可愛いと思うが、一緒になりたいと思うような女性ではなかった。浮気相手としての距離感が丁度いい。

 遊び相手にはしたいが、本命にはできない。そう思わせるような雰囲気を美沙は持っていた。美沙と結婚したいとは思わないが、手放したいとも思わない。

 自分の手元に置いておきたい。一緒にいて癒してほしい。若くて可愛い美沙が傍にいると自信が湧いてくる。

 都合の良い女でいてほしい。

 可愛い顔で妖艶に微笑む美沙を前にし、欲望を瞳に宿して顔を近づけた。

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