第6話

 最近、智之は察していた。琴音からの無言の誘いに。

 浮気を疑うような発言や小言が減ったと思いきや、次は子づくりに悩まされた。

 あの話題が出た後、一度も触れることはなかったのだが、智之は見てしまったのだ。

 洗濯物の中にある、派手な女性の下着。琴音の下着にしては、明らかに派手な色をしたそれ。普段外に干されている下着は無難な色であるというのに、付き合っていた頃によく見かけた色をしたそれ。無言の圧を感じた。

 琴音がいない隙を見計らってつまみあげてみるが、使い古されていない。むしろ新品のようだ。最近購入し、着用したのも数回だろう。

 いや、気のせいだ。若い燕を捕まえるために買ったのかもしれない。そう思い頭の中から追い払った。

 しかし、その後も違う色の派手な下着をよく見かけるようになった。そして気づいた。こんなにも下着が目に入ることが、今までにあっただろうか。見てくれ、と言わんばかりに置いてある。

 そして、寝巻も変わっていることに気付いた。それまでは色気のない無難なパジャマであったのに、いつの間にかワンピースタイプになっていたり、触り心地の良さそうな生地のパジャマを身に付けている。

 更に言えば、枕元に置かれている卵型のライト。なんだか良い香りもするし、電気が消えた寝室でその卵だけが光っていると、そういう雰囲気が作られている。まさかあの香りはその気にさせる妙な物ではないだろうな。そんな心配もしたが、その気にはならなかったので杞憂だった。

 これだけ材料が揃えば、嫌でも気づいてしまう。

 琴音は、間違いなく誘っている。

 まさか、今までもこうやって無言の誘いをしていたのか。気にしたことはなかったが、馬鹿な自分はそれに釣られていたのか。

 我ながら呆れてしまう。


「ん、ねぇ、ライト消して」


 遅く帰宅したので起こさないようベッドに入ったが、どうやら起きたようで掠れた声で頼まれた。

 最近我が家にやってきた卵型のそれを消し、枕に頭を沈める。

 今の掠れた声も、誘うための演技か。

 琴音の一挙一動がすべてそれと結びつく。

 したいならそう言えばいいのに、言えないのは男から誘ってほしいという変なプライドのせいだろう。したいと言われたところで困るだけだが、琴音が言い出せないのを見ると、知らない振りをするのが一番だと思い瞼を閉じた。


 琴音は焦っていた。

 旦那である智之が、誘いに乗って来ない。

 今までこんなことはなかったのだが、今回に限って何故か無視されている。

 智之の様子を窺うと至って普通であるので、気づいていないのかもしれない。それもそのはず、レスになってもう数年が経つ。今更こんなことでは智之の欲を刺激しても意味がないのか。

 一人きりになった家で、化粧台の前に座り自分の顔を観察する。

 決して醜くない。ママ友や同級生と比べても自分は綺麗である。自分なりにケアをしているし、三十五歳には見えない。

 歳相応のダサい恰好ではなく、少し若い服を着る方が似合っている。

 二十代と比べるとしわが増えて、肌にハリがなくなってしみも少しずつ浮き上がって来た。けれど、魅力はある。色気だってあるし、身体つきも悪くない。自分が男でこんな女を妻にしたら毎日のように求めるだろう。なのに何故、智之は誘いに乗らないのか。

 そもそも性欲が薄くなったのか。有り得ない話ではない。友人や知人からよく聞く話だ。レスの家庭は少なくないし、旦那の性欲がなくなったのを実感するという話も聞く。しかしそれは妻限定であり、そういう類のビデオであれば性欲が刺激されるらしい。納得いかないが、智之もその可能性がある。妻では刺激されない性欲だが、女優であれば刺激される。

 それは、琴音の女としてのプライドが許さない。他の女を見せて性欲を刺激し、それに便乗して子づくりをする。絶対に嫌だ。

 ぎり、と歯を食いしばる自分の顔が鏡に映り、慌てて表情を元に戻す。

 子どもは一人より二人がいい。迅に兄弟をつくってあげたい。琴音と智之がいなくなれば、迅は一人になってしまう。せめてもう一人、家族を増やしてあげたい。その思いがないこともなかった。

 ママ友や学生時代の同級生は子どもを二人、三人、四人と出産している。子どもが一人なのは琴音くらいだ。子どもがたくさんいる友人たちは、なんだか幸せそうに見えた。自分も幸せになりたい。そのためには、もう一人産むべきだ。そうすれば、友人たちのように幸せが待っている。

 しかし、二人目がほしいというその思いは智之に届くことはなく、琴音はどうやって智之をその気にさせるか頭を悩ませていた。

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