第5話「壁に耳あり障子に目あり」
え?
どういうこと?
オレはわけが分からず、身動きが取れなくなった。フフッと、渡辺は鼻を鳴らす。
「年上の、おねーさんだったんだよ」
オレは思わず絶句した。
「名前は友香さんって言ってさ、ちょっと垂れ目でかわいいの」
……っ!
「女のアソコって、実際グチャッとしてて気持ちわ……」
オレは自分の顔が、熱くなるのをまじまじ感じた。
「おまえ、な、なんでっ」
「壁に耳あり障子に目ありってコトワザ、知ってる?」
「ど、どこで、聞いて……」
「隣の理科準備室。あーゆー話はさ、女の子がいるかもしれないところで、得意げに話さない方がいいよ? なんかモテない男って、アピールしてるみたいだし」
渡辺は嫌みったらしく、ニッコリほほ笑んだ。今、浴びせられた言葉だとか、渡辺にあの理科室での猥談を聞かれてたことだとか、どこまで聞かれたのだろうとか、オレは頭がごちゃごちゃになった。
そして、頭に上った血が、寒々と引いていく音が聞こえる気がした。この図書室の奥っこに、人がいなかったことを、オレは心底幸せに思った。
「で、相葉君にやってもらう仕事なんだけど、おいおい説明していくから、とりあえず今日は、この書類に書いてある新書の分別を、色分けして欲しいの」
淡々と、仕事内容を説明する渡辺は、もう笑っていなかった。
渡辺って、こんなやつだったのか。
城内の隣にいる時の彼女は、もっと控えめで、目立たなくて、大人しそうなイメージだったのに。
女って怖い。
オレはバツが悪くなり、渡辺と目を合わせられなかった。居心地が悪くて、ここからすぐにでも逃げ出したかったが、それは今日起こったすべての負の出来事に、負ける気がした。
というかここで逃げたら、女に泣かされたも同じだ。オレは半ばやけくそに、渡辺の向かいの椅子に腰掛けた。
「おいおい説明してくって、今日いっぱいで、終らないってことかよっ」
オレは乱暴に切り出したが、渡辺はまったく動じない。
「当たり前でしょ。佐々木先生に大変だからって、言われなかった?」
「言われたけどさ」
「人手足りないのよね。部活持ち多いし。あ、相葉君部活は?」
「入ってない」
「じゃ、いいじゃない。だいたい遅刻するのが悪いのよ。一学期中で遅刻しないで来た日って、入学式のときくらいじゃない? あれもギリギリだったし」
「うるせーなっ、やればいいんだろ、仕事をっ」
渡辺の、高圧的な物言いは腹立たしかったが、口で女に対抗するのは、絶対無理だ。にしても、オレが遅刻せずちゃんと来た日が、入学式だけとか、良く知ってるな。
イヤミな女だよ。
もしかして、オレの遅刻って、そんなに有名?
つづく
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