5

 彼は切迫した状況を考慮してか、簡略化したお辞儀を巫女に披露した。


「ご無沙汰しております、リリィ様。モーロリーブでの、近衛騎士任命式以来でしょうか?」


 紳士然としたヘンゲルは、巫女に敬意を払ったのち、彼女のそばに仕える黒髪の少女に目をやった。


「お前も、変わらず息災のようだな、ユリア」


「はい、師匠も。先ほどは、見事な太刀さばきでした。しかし、なぜこちらに? 師匠は、モーロリーブの神殿にて新人教育係を担っていたはずでは?」


「無駄話をしている暇はないぞ。君たち、この城内にもはや安全な場所はない」


「残存したこちらの兵は?」


 ユリアの問いに、ヘンゲルは首を横に振った。


「私が来たときにはもう……。それと、城の東側には近寄るな、敵の数が多い。私も応戦し、いくらか数を減らせはしたものの、それでも奴らは無尽蔵に現れ続けている……ユリア、脱出経路は把握しているか?」


「はい。抜かりなく……」


 ヘンゲルがユリアの肩に手を置いた。武人然とした、大きくぶ厚い手だった。


「教えは覚えているな?」


「もちろんです。“犠牲なくして得られず”……もしものことがあれば、この命をなげうってでも、リリィ様をお守りいたします」


「ユリア……」


 透き通った新緑の瞳が、何か言いたげにユリアの背中を貫く。しかしユリアは、倒れた刺客から外套を取って戻ると、それをリリィに着せた。彼女の美しい髪は目を引く。その外套ならば、頭をすっぽりと覆い隠せる。


「少々サイズが大きいですが、城を出るまでの間は我慢してください、リリィ様」


「もしあなたが死んだら、私、許しませんからね」


 ふてくされた幼子をなだめる時みたいに、ユリアは、むっとしたリリィに穏やかに微笑みかける。


「言葉のあやです。その覚悟が、私を強くするのです。あなたの騎士は負けませんよ。こんな小悪党ごときには」


 フードを目深にかぶせ、リリィの目立つ亜麻色の髪が見えないよう隠したら、ユリアは守るべき主人の手を強く握った。この繋いだ手は絶対に離すまいと、固い誓いを胸に立てながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る