第58話


 先手はセカンドからだった。

 

 セカンドはまず、小手調べとばかりにルシアの胴に突きを放つ。


 しかし空中にいきなり氷の丸盾が現れ、セカンドの突きを自動で防せぎ出した。


 「おいおい、正気の時より技が冴えてるじゃないか」


 休む事なく繰り出したセカンドの流れる様な連撃も、ルシアは一歩も動く事無く氷の丸盾で弾いていく。


 「……憎い憎い憎い……殺す殺す殺す……」


 ルシアは顔を憤怒の表情に変え、眩い輝きを放つ宝剣を横薙ぎに構えると、セカンドに高速で切り掛かった。

 

 ルシアは、地獄の特訓で身体に刻みつけた剣技をセカンドに遠慮なく披露して行った。


 「いい技だ……。だが、まだ甘い」


 十合も打ち合う頃には、セカンドはすでに技の癖を理解し終えていた。

 すぐに剣を打ち落とし、ルシアの首に刀の切先を当てがう事も出来たが、そうはしなかった。


 「まだだ……。お前の思いの丈たけを俺にぶつけてみろ!」

 

 セカンドの声が届いたのか、ルシアは声にならない声を叫びながら剣をメチャクチャに振り回してきた。

 

 まるで子供のチャンバラの様な、剣技とも呼べないルシアの一撃一撃を、セカンドはしっかりと受け止めていった。


 「あぁぁぁぁぁ! 返せ! 返して……。母様……」


 荒々しかった剣の振りも鳴りをひそめ、最後には虫も殺せない程に弱々しいものになっていた。


 「もういい。もう十分だ……。今は休め」


 涙で顔を濡らしているルシアから剣を優しく奪い取ると、ルシアは魂が抜けた様に気を失ってしまった。


 セカンドはルシアを優しく抱き抱えると、後方でヴォルヴァリーノを回復していたソフィア達の元へと歩いていった。


 はるか後方に避難していた三人に被害はなさそうで、ヴォルヴァリーノもすでに意識を取り戻しているようだった。


 「待たせた。ヴォルさんも生きててよかったな」


 セカンドは、眠っているルシアをゆっくりと床に降ろすと、自分も近くに座り込んだ。


 「セカンドきゅん……ありがとう。みんなにも迷惑かけたわね……」


 珍しく落ち込んでいるヴォルヴァリーノの背中をフォスカが強く叩いた。


 「なっさけないわね〜。魔物の精神魔法にやられただけでしょ! 心の筋肉は何処にいったのよ!」


 「おやめなさいフォスカさん……人間だれしも失敗はあるものです……。そう……たとえばガーゴイルの鼻を……フォベラ!!」


 ソフィアは死んだ。


 「思い出したわ! 元はと言えばコイツソフィアのせいだったわ! それよりアンタ! ルシアに傷つけてないでしょうね!」


 ビシッと指を差しながらそう聞いてくるフォスカに、セカンドは久しぶりに溜め息をついた。


 「……見ての通りだ。ピンピンしてるよ、身体はな……。……なあ、王女様の母親は死んだのか?」


 「何よ急に……。私もあまり詳しくないのよね。確か、ルシアが子供の頃に病死……したんだっけ?」


 自信なさげなフォスカがヴォルヴァリーノに丸投げした。


 「そうね……。表向きはそうなってるわ」


 「表向きって事は……本当は違うのか?」


 セカンドの問いに、ヴォルヴァリーノは苦い顔を浮かべながらもポツポツと語り始めた。


 「本当なら、ルシアちゃんの許可を取るべきなんでしょうけどね……。そう、あれはまだ私が城の兵士をしていた頃─────」


 十二年前、ヴォルヴァリーノがまだ十八歳の上等兵だった頃、ルシアの十歳のお披露目の為に少し離れた港街に行った帰りに事件は起きたらしい。


 「まさか……襲われたの!?」

 「そのまさかよ。それは突然の事だったわ」


 ルシア達の護衛は、七聖人の一人である勇聖の嫡男……ダリオ率いる騎士中隊が任されていた。

 

 そして、事件は港街からだいぶ離れた山道の中腹で起こった。

 先頭にいた騎士小隊の前に、魔物を連れた謎の集団が突然現れたのだ。


 総勢百五十名の騎士による大名行列の後方に位置していたヴォルヴァリーノは、最初何が起こっているのか分からなかったらしい。


 「それでどうなったのよ!?」

 「ふふっ、慌てないでフォスカちゃん」


 先頭の騎士小隊が怒号をあげながら戦闘を開始したのと同時に、ヴォルヴァリーノがいた後方にも襲撃者達が現れた。


 ヴォルヴァリーノも命令されるがままに襲撃者達を撃退せんと突撃を開始した。

 

 襲撃者達は手強く、魔物を盾にこちらの体力を確実に減らす作戦の様だった。

 

 徐々に旗色が悪くなっていくヴォルヴァリーノ達だったが、そこに喝を入れたのは次期勇聖と名高い、ダリオ騎士隊長だった。

 

 「勇聖……って言ったらマルゲリータ様よね? えっ、あそこの跡継あとつぎってラギア様じゃなかった?」


 「今はそうね……。フォスカちゃんは当時まだ子供だったから知らないのね……」


 雄叫びと共に先頭にいた刺客達にダリオが斬り込むと、次々と敵を殲滅していった。  

 

 一気に体勢を立て直しす事に成功したダリオが副隊長に檄を飛ばして残党達の処理を任せると、崩されに崩れている後方の襲撃者達の元へと馬足を早めた。


 「ヴォルがいたのに? そんなに敵は強かったの?」

 

 「プププッ。フォスカちゃん……その頃はまだヴォルちゃんは十八歳だよ? 今みたいに強いわけ……フォンベラ!!」


 ソフィアは死んだ。


 「ふふっ、ソフィアちゃんの言う通りね。でも敵も強かったのよ? だけどダリオ様の方がもっと────」


 

 後方の敵も瞬時に切り崩したダリオは、すぐに兵達を再編し直した。


  的確な指示のもと襲撃者達を全て殲滅すると、浮き足立つ兵士達に王都への馬足を速めるように命令を降した。


 「ふーん。ダリオ様って強いのね。あれ? このままじゃハッピーエンドじゃない?」


 「ふっ、ハッピーエンドで終わってくれればよかったんだがな……」


 

 フォスカの当然の疑問に答えたのは、いつの間にか目を覚ましていたルシアだった。


 

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