第55話 ★



 塔で奮闘する他の二人の王太子候補とは裏腹に、バレット城のとある一室で何やら神妙な面持ちを見せる主従の姿があった。




 「サーガ、輪廻への通達は抜かりないか?」


 「はい、殿下。ルシア様とそのお仲間達は、今頃塔の中で袋の鼠になっている事でしょう」


 にこやかにそう答えるサーガに、カルバレンも紅茶を一口飲んで顔をにやつかせた。


 「ふん、これであの愚妹ともお別れだな。残るはアルスニクスか……」


 「雷鳴の異名を持つ第二王子様ですか……。排除するには骨が折れますね」


 学生の頃から賢武に秀で、人望も厚いアルスニクスにカルバレンは幼い頃から嫉妬していた。

 そして年を追うごとに嫉妬から憎しみに変わるのを感じていた。


 「出来る事なら……無事に塔から帰って来て欲しいものだな」


 「おやおや、どういった心境のご変化で? 流石に、歳が近い弟君おとうとぎみには愛着が残っているのですか?」


 「……馬鹿を言うな。奴だけは俺の手で葬ってやりたいだけの事よ。それより、計画を最終段階に進めるぞ」


 カルバレンがそう言うと、懐から禍々しい魔力を放つ小箱を取り出した。


 「良い具合に溜まってきましたね。五年間も民を虐げてきた甲斐があったというものです」


 「ふっ、言い方を考えろ。それにしても、五年前にこの宝石をオークションで見つけた時に運命は決まっていたのかも知れんな」


 カルバレンが箱から取り出した真っ黒い宝石は、【闇の黒陰石】と呼ばれる精霊石だった。


 精霊石とは、とある条件を満たす事で膨大な魔力を蓄積できる秘宝中の秘宝だった。


 「戦争による憎悪、政治による生活の不安……。全てが闇の精霊石に魔力を溜めるのに適した環境でしたね」


 「そうなる様に仕向けたのだから当たり前だ。そう言えば、例の魔族とは連絡が取れたか?」


 カルバレンが精霊石を見つめながらサーガに問いかけた。

 しかし、サーガは肩をすくめて苦い顔を浮かべた。


 「一応、手紙は渡せたみたいですが、機嫌が悪かったのか、使者は殺されてしまったと報告がありました」


 「ふん、蛮族め。外交の決まりも知らぬか。まぁ、よいわ。奴等はあくまで保険……。後は……余がこのを取り込むだけだな……」


 そう言って摘み上げた精霊石は、カルバレンすらも飲み込まんとばかりに妖しく光輝いていた。


 「闇の魔力に適正のある殿下なら大丈夫だとは思いますが……。本当におやりになるのですか?」


 「今更引き返せるものか……。それに今、王国には絶対的な力を持った王が必要なのだ。誰も逆らえぬほど絶対的な力をな……」


 そう言って精霊石を握りしめるカルバレンの目には、人を呪い殺せそうな憎しみの炎が浮かんでいた。


 「殿下……いまだに母君の事を……。いえ、何でもありません。殿下に拾われたこの非才な身……最後までお付き合いさせて頂きます」


 精錬された仕草で頭を下げるサーガを一瞥したカルバレンは、一つ息を大きく吸い込むと勢いよく椅子から立ち上がった。


 「サーガ……。精霊石を取り込めば、私は私では無くなるかもしれん。その時は……」


 「分かっております……。全く、子供の頃から私に世話をかけっぱなしでしたね」


 『抜かせ』と呟いたあとカルバレンは、精霊石を口に含むと覚悟を決めて飲み込んだ。

 そして、すぐに激しく苦しみ出したカルバレンの姿を見ないよう配慮したサーガはゆっくりと部屋を出た。

 


 「殿下……。必ずやお戻りを……」

 

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