第46話 ★


 十五層の洞窟エリアの一角を埋め尽くすかの様に布陣した、暗殺者集団【輪廻】の構成員が、ルシア達を確実に抹殺するために体勢を整えていた。


 「輪廻……ですか。魔物出現の罠を活用するために特殊エリアに入っていたのがあだになりましたね……」


 ルシア達は修行のために、塔内で時折発見される特殊エリアと呼ばれる罠部屋の密室で修行を行っていたようだ。


 「ロイロ殿、敵は目視で四、五十人はいます。何か策はありますか?」


 ルシアは正面の敵から目を逸らさずに尋ねた。


 「策……ですか。私以外は修行で疲労困憊、魔力も余り残ってはいないでしょう。それに……敵さんは私達がゆっくり作戦を練る時間をくれるつもりはない様です」


 体制を整え終えた輪廻の構成員のおよそ半数が、一糸乱れぬ魔法の大詠唱を開始した。


 「急になに? ど、どうするのよルシア!」


 「フォスカさん、落ち着いて下さい。訓練パターンBの集団戦マニュアルを思い出して」


 ロイロがフォスカを宥めつつ、敵の詠唱を中断させようと魔力で形成した斬撃を飛ばした。

 しかし、詠唱していない残りの半数の構成員が完全に防御に徹して守りを固めているせいで軽くいなされてしまった。


 「やるしかない……。みんな、私が全力で魔法を放つ……そしたら出口まで一気に駆け抜けるんだ」


 ルシアはそう言うと、魔力を高めながら詠唱を開始した。


 「なら、私達はルシアちゃんが魔法を撃つまでの守り役ね。ソフィアちゃん、頼んだわよ?」


 「ちっ、敵と同じ作戦なんて嫌になるわね。ソフィア! 良いとこ見せなさいよ!」


 ソフィアの事だからてっきり危機的状況にオロオロしているかと思ったが、しっかりと目を見開き、杖を堂々と構えていた。

 

 だが、一向にソフィアが動き出す気配は無かった。

 

 「……皆さん、ソフィアさん……気絶してますよ……」


 ロイロが溜め息をつきながら首を振り、顔を真っ赤にしたフォスカがソフィアの頭をスパーンと叩いた。


 「ば、馬鹿! ほんと馬鹿! 馬鹿ソフィア!」


 「ふぉ、ふぉぇ!? あっ! 勇め! 勇鳥の鉤爪ブレイブバードクロー! そして……闇梟の幻惑ノクト・ノクティス!」

 

フォスカの馬鹿三段活用によって目を覚ましたソフィアが、素早く魔法をかけ始めた。

 

 そしてソフィアの威力向上術式が仲間の能力を上げ、幻惑魔法が相手の視界を制限した。

 

 「ふふっ、私も負けてられないわね。はぁぁぁ……闘気解放……!」


 ヴォルヴァリーノの身体から薄白い光が溢れ出す。


 それは七聖の一人、拳聖ビスマルクから叩き込まれた、ビスマルク流派の基礎にして奥義の闘気解放によるオーラの流れだった。


 「私も……死聖流暗殺術を見せてあげるわ」


 フォスカが身体のどこかから取り出した投げナイフを十本ほど両手に構えた。


 そして、こちらの準備が終わるのを待っていたかの様に輪廻の特攻部隊が突撃を開始した。


 「皆さん! 防御を優先して下さい! 崩されないで!」


 ロイロは自分に襲いかかって来た四人の敵を相手にしながらそう叫んだ。

 

 「ロイロさん! ちっ、行くわよヴォル!」


 「ええ! ソフィアちゃんも援護よろしくね」


 ヴォルヴァリーノが強化された身体を武器に、敵の猛攻を防ぎながら反撃を喰らわせる。

 

 フォスカもヴォルヴァリーノの後ろに控え、隙を見てナイフを投合していく。


 「いけるわ! ソフィアの幻惑魔法がよく効いてる! できるだけ数を減らすわよ!」


 「ええ! うおぉぉぉ! 筋肉爆弾マッスルボンバー!」


 ヴォルヴァリーノが勢いよく地面を殴りつけ衝撃を発生させると、三人の敵が派手に吹き飛んでいった。

 その隙を見逃さず、フォスカが吹き飛んだ敵の額にナイフを投げつけ絶命させた。


 「フォスカちゃん凄い! それとみんな受け取って! 治癒鳥の祝福ヒール・グッド!」


 ソフィアが唱えた回復術式が仲間の体力を回復させていった。

 

 ロイロも何とか四人の敵を斬り伏せて一息ついているところだった。


 「黒装束に刻まれた金環の輪……まかさこいつら、全員が上級の……」


 しかし、ロイロの思考を妨害するかの様に再度敵が襲いかかってくる。

 フォスカ達の方も襲ってくる敵の数が増え、先程とは違い後手にまわっているようだ。


 「もう無理ぃ! ルシア! まだなの!?」


 フォスカは泣き言を言いながらも致命傷だけは喰らわない様に何とか立ち回っていた。


 「きっともう少しよ! 髪色が変わってきたわ!」


 ヴォルヴァリーノが敵を二人殴り飛ばしたあとにルシアを見ると、ルシアの金色だった髪が、高まった魔力によりに変化しようとしていた。


 「ヴォルちゃん! 後ろ!」


 ソフィアがヴォルヴァリーノの背後から敵が迫っているのに気づいた。


 「えっ? きゃあああ!」


 ヴォルヴァリーノは一瞬の隙をつかれ、足と肩を剣で貫かれてしまった。


 「ヴォル! ええい、離れろー!」


 ヴォルヴァリーノにとどめを刺そうとしていた敵を、フォスカが何とか阻止する事に成功した。

 しかし、ヴォルヴァリーノが崩れた事でもう相手の猛攻を止める事が難しくなってしまった。


 「か、回復! 回復しなきゃ……治癒鳥の──「みんな! お待たせ!」」


 ソフィアが呪文を唱えようとした瞬間に、最大まで魔力を高め終わったルシアが魔法の発動を開始した。


 「ルシア! 遅いのよ!」

 「ルシアちゃん、やっちゃえー!」


 仲間の声援を背中に受けたルシアが右手を前に突き出すと、何かを感じとった輪廻の構成員達が一様に退がりだして防御結界を張り出した。


 「無駄よ……。来て……停止する世界エンド・ワールド


 ルシアを中心に、吸った者の肺ごと凍らせるほどの冷気が罠部屋の密室空間を侵食していった。

 見ると、詠唱する者を守っていたおよそ半数がその命ごと凍りついていた。


 「凄い……。さすがはルシアちゃん!」


 「ふふっ、これくらいやってもらわなきゃ困るわよ」


 「ふぅ、何とかなりそうね。あとソフィアちゃん、早く回復してくれると嬉しいのだけれど」


 既に勝ちを確信している三人とは違い、厳しい顔をルシアとロイロは浮かべていた。


 「殿下、奴等輪廻は本気で殿下の首をお取りになるつもりらしいですね。あの奥にいる男を見て下さい。黒の外套に二つの金環の輪……間違い無ければ、輪廻の副統領の印です」


 「どおりで……。私の攻撃も、あの男に威力を大幅に抑えられてしまった……」


 そんな会話をしている間に、なんとかルシアの大魔法に耐えた敵が魔法の詠唱を終えようとしていた。


 「「「───天は天に……地は地に……百動万里を持って改悟せよ……天地開闢ラ・ドンナ!」」」


 総勢二十名による大詠唱がもたらした大魔法により、部屋全体を埋め尽くしてもおかしくないほどの巨大な岩盤が生成された。

 

 そしてその岩盤はルシア達を圧殺せんと、もの凄い勢いで落下を開始した。


 「皆んな! 早く逃げて!」

 「逃げるってどこによ! 出口は塞がれてるのよ!」


 輪廻の構成員達は、自分達の上から降って来る岩盤などまるで眼中にないかの様に出口を守り続けていた。


 「強行突破しかないでしょ! 行くわよ!」


 回復を終えたヴォルヴァリーノが血路を開こうと駆け出すのを、ロイロが無理矢理止めた。


 「待って下さい! 皆さん、一か八かです……あの右奥にある欠けた岩のところまで走って下さい!」


 有無を言わさない気迫でそう指示するロイロに、全員が一つ返事で従った。

 しかし、既に岩盤は高い天井の半分を通り過ぎようとしていた。


 「ロ、ロイロさーん! あの欠けた岩に何があるんですかー! ぜぇぜぇ……も、もう岩が落ちてきちゃいますよー!」


 ソフィアが肩で息をしながらロイロに問いかけた。


 「ここが何部屋か思い出して下さい! 殿下達の修行のために勉強した資料に書いてありました。あの欠けた岩は────」


 ロイロが続きを言おうとした瞬間、走行を妨害しようと輪廻の構成員が最後の攻撃を仕掛けてきた。


 「何考えてんのよ! 自分達の命さえいらないって言うの!」


 激昂のままにフォスカが叫ぶが、敵は止まるつもりはないらしかった。


 「皆さん! ここは私が引き受けます! 走って!」


 走るのを止め、ロイロはルシア達に背を向けると剣を構え始めた。


 「駄目だ! ロイロ殿、貴方も早く……ぐはぁっ!」


 足を止めたルシアを、ヴォルヴァリーノが素早く気絶させて抱えだす。


 「ごめんね、ルシアちゃん……。ロイロさんも……」


 「ヴォルさん、ナイスです! さぁ、あの欠けた岩に早く触れて!」


 ロイロが敵の攻撃を防ぎながら大声で叫んだ。


 ロイロに感謝を捧げながら、欠けた岩まで辿りついたヴォルヴァリーノ達はすぐに岩に触れた。


 その瞬間、地面に魔法陣が浮かび上がると、ヴォルヴァリーノ達は一瞬にして姿を消してしまった。


 それを見ていた輪廻の副統領達は、苦い顔を浮かべると急ぎ部屋から出て行ってしまった。

 

 部屋に残っているのはロイロと、それを足止めする為に残った数人の刺客だけだった。

 


 「ふふっ、無事に転移の罠が発動しましたね……。ですが、最後に見るのがかわいい女の子では無く貴方達だとは……人生とはままならないものです」


 敵の刃と魔法に飲まれながら、ロイロが最後に力を振り絞り敵を全滅させる。

 そして長年連れ添った愛剣を地面に突き刺すと静かに目を閉じた。


 


 この日、剣を愛した一人の剣士の命が塔へと還っていった。


 

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