第44話


「あんた達が納得してるんなら、無関係な俺達には何も言う資格はないな。それで、何層まで行く予定なんだ?」


 スイレンは少し悩む素振りを見せたが、どうやら話してくれる気になったようだ。


 「……六十層だ。そこの階層主に用があってな……。おっと、内緒にしてくれよ? ふっ、酒のせいで口が軽くなってしまったようだ」


 スイレンは、そう言って舌を出して悲しそうに笑った。

 恐らく、自分達はそこまで辿り着けないと分かっているのだろう。


 「六十層の階層主……破滅の悪獅子カタストロイオンが目的なのね……」


 ナビアがボソッと呟いた言葉を、スイレンは聞き逃さなかった。


 「なぜナビア殿が知っているのだ!? これは最近まで王しか知らなかった事なのだぞ!」


 「スイレンさん、落ち着いてくれ。こう見えてこの馬鹿ナビアは、塔を専門的に調べている学者なんだ。今回の攻略もこいつの依頼なんだよ」


 セカンドのフォローにより、スイレンも渋々とだが納得したようだ。


 「そ、そうか。すまない、てっきり他の陣営の手先かと疑ってしまったよ……。ナビア殿、破滅の悪獅子カタストロイオンについて知ってる事を教えてくれないか? 今は一つでも情報が欲しいんだ……」


 『頼む』と頭を下げるスイレンを見て、ナビアも協力したい気持ちが募ってきたが、いち攻略者に肩入れしてはいけないと魂に刻まれているナビアには何も話す事は出来なかった。


 「……ごめんなさい。私には───」


 ナビアが断ろうと頭を下げた瞬間、セカンドの近くにいた給仕ロボから警報が鳴り響いた。

 

 「キュウ爺、何があった?」


 セカンドの背後に控えていた、給仕ロボのまとめ役のキュウ爺が、セカンドだけに耳打ちをした。

 

 「セカンド様、巨大な未確認生命体に襲われている集団を発見したと、ピリンキ様からご報告が……」


 「……分かった。ピリンキに繋いでくれ」


 キュウ爺がすぐにピリンキに連絡をとると、不意に何も無い空中にモニターが現れ、現場の映像が映し出された。


 「セカンド、見ましたか? まだ少し距離はありますが、屋敷の主砲で狙う事も可能ですよ」


 映し出された映像には、屋敷の二倍はありそうな象型の魔物が、巨大な象牙を振り回して暴れているところだった。



 「あれは……邪坊マンモス! それにあの旗印は……第三小隊か! すぐに助けに行かねば!」


 映像を見たスイレンが、パジャマ姿のまま窓から勢いよく飛び出していった。


 「おいおい、あの格好はヤバイだろ……。ピリンキ、遠慮はいらん撃ってしまえ」


 「了解」


 ピリンキはすぐに屋敷に備えられている主砲のメインスイッチを押した。

 すると、屋敷の天井の一部が変形し、巨大な砲筒があらわになった。

 

 「セカンド、発射までまだ少しかかります。それまでに救助者の避難を完了して下さい」


 「結局、出る羽目になるのか……。分かった、なら撃つのは俺が合図を出してからだ」


 セカンドは言い終わると、すぐにスイレンの跡を追って窓から飛び出した。

 すぐに飛行モードに移行して空高く上がると、映像で見た巨大なマンモスと、それから逃げ惑う兵士達の姿が見えて来た。

 

 スイレンはパジャマ姿のまま剣を片手に獅子奮迅の活躍をしていた。

 今も、邪坊マンモスに踏みつけられそうな女性兵士を間一髪で助け出したところだった。


 「大丈夫か!? 隊長のメルシーは無事か!?」


 「ス、スイレン様! ありがとうございます! メルシー隊長ならあそこに!」


 スイレンは女性兵士が指差した方を見ると、兵士を庇っていた隊長のメルシーが、邪坊マンモスの巨大な鼻で吹き飛ばされるところだった。

 

 「メルシー!!」


 スイレンの叫び虚しく、メルシーは派手に空を舞って行った。

 

 空高く舞い上がったメルシーを捕まえたのは、丁度飛行モードで現着したばかりのセカンドだった。


 「本当に間一髪だったな。そしてあれが邪坊マンモスか、生で見ると余計デカく感じるな」


 セカンドは、気を失ってるメルシーを丁度近くにいた兵士に預けると、出力を上げて邪坊マンモスの右前足に超高速のドロップキックを喰らわせた。

 セカンドの蹴りの威力に、邪坊マンモスはバランスを保つ事が出来ずその場で転倒した。


 「ちっ、やはり質量は正義だな。ダメージを受けてる気配が無い……。スイレンさん! 今のうちに避難を!」


 セカンドが、呆然と立ち尽くしているスイレンに避難を促すと、正気に戻ったスイレンはすぐに行動を開始した。


 「ぜ、全員! あの屋敷まで後退しろ! 急げ! 負傷者の補助も忘れるな!」


 兵士達は最初、パジャマ姿のスイレンに戸惑っていたが、そんな場合では無いと後退を始めた。


 「避難は完了した……か。後はブラド砲を放つだけだが……食後の運動でもするか。許せよ、ピリンキ」


 セカンドは右手に"ルクス"、左手に刀のいつもの戦闘スタイルをとると、体勢を立て直した邪坊マンモスに突っ込んでいった。

 

 セカンドは手始めに、邪坊マンモスの目を狙って"ルクス"を二、三発発射してみたが、あたる直前に閉じられた強靭な瞼によって防がれてしまった。


 「ちっ、硬いな」


 ルクスのレーザーでは効果が薄いとみたセカンドは、すぐにルクスを収納すると左手に持っていた刀を両手に持ち替え、邪坊マンモスに向け高速で飛翔していった。

 

 そして、セカンドは邪坊マンモスの身体全体を縦横無尽に飛び周り、邪坊マンモスの身体全体を斬りつけた。

 

 「流石は俺の愛刀だ。だが……」


 邪坊マンモスの白い体毛が自身の血で赤く染まるが、セカンドがつけた傷はすでに治っていた。

 

 しかし、痛みは感じたのか邪坊マンモスはその顔を怒りの形相に変え、膨大な魔力を象牙の先端に集め出した。


 「おかしい……。この野良のマンモスは、あきらかにさっき倒した階層主より強力な個体だ……って、言ってる場合じゃないな」


 邪坊マンモスの凝縮された魔力が、屋敷よりも大きな球体を形作ると、邪坊マンモスが怒りのままに球体を発射した。


 「ピリンキ! 撃て!!」


 セカンドは、身体に搭載されている無線でピリンキに合図を出した。

 

 セカンドもすぐに退避行動をとって空高く飛び上がったが、丁度動けない部下を救うために助けに戻ったスイレンが、マンモスが放った球体の射線上にいるのに気が付いた。


 「くっ、間に合うか!」


 セカンドはすぐにUターンして助けに戻ったが、突然自分の身体が思う様に動かない事に気が付いた。


 「な、なんだ? 身体が……」


 自分の身体の不調にいぶかしげるセカンドだっだか、スイレン達を助けるために地上へと急いだ。


 「セカンド殿ー! 私達は気にせず逃げ───」


 既に、スイレン達は避けきれないと判断して防御魔法を展開していた。

 

 見ると、前後を挟むように邪坊マンモスの巨大魔力球と、ピリンキが放ったブラド砲の破壊光線がスイレン達に迫っていた。


 「ちっ! 間に合わん!」


 セカンドは、カプセルから取り出した簡易MAGIフィールド生成装置をスイレン達に投げつけた。


 無事MAGIフィールドは展開されたが、セカンドは身体の不調もあいまって、巨大魔力球とブラド砲が衝突して起きた超衝撃の大爆発に飲まれてしまった。


 その爆発は、一瞬を生み出すと、キノコ雲を作る程の衝撃が四十五層の雪原に広がっていった。

 

 スイレンは、この世の終わりかと思うほどの衝撃に歯を食いしばって耐え忍んだ。

 

 舞い上がった雪煙が晴れると、邪坊マンモスとセカンドの姿は消え去っていた。


 

 「セカンド……ど……の……?」

 

 


 いつの間にか吹雪が止んでいた四十五層の空間に、スイレンの声だけが小さく鳴り響いた。

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